条件を満たす方法


「兄貴は確かに斡旋の仕事をしてるけど、大元の事は知らない」


 あたしのその言葉に、ミヤビは何も言わなかった。



 ただあたしに細めた鋭い目を向けるだけ。



 そうする理由は分かってる。



 ミヤビはあたしが紡ぐ、特に兄貴に関しての言葉を信用してない。



「だから兄貴に何をしても、欲しい情報は聞き出せない。兄貴は下請けの下請けって感じの存在だから、本当に大元を知らない。会った事がないって言ってた」


 伝えてるのは本当の事だけど、あたしがミヤビの立場だったら、信じられないと思う。



 そう思うから、話しながら自分でも上滑り感が拭えなかった。



「あたしは詳しい事を知らないんだけど、今この地域はややこしい事になってるって。……もちろん知ってるんでしょ?」


「……ああ」


 問いかけたから返事をしてくれたけど、ミヤビの声は低い。



 そうなってるのは仕方ないと思ってるけど、今日はずっとそんな感じだから、いつものミヤビが少し恋しい。



他所ヨソから来た奴らが、この地域を乗っ取ろうとしてるって聞いた」


「ああ」


「そいつらが斡旋の大元。――ってところまでは、きっと『獣神』も分かってるんだよね?」


「ああ」


「分からないのはそいつらの上の方の人間。顔も名前も分からない。そうでしょ?」


「そうだ」


「うん。だから——」


—―兄貴を助ける方法は、多分これしかない。



 ミヤビたち「獣神」の目的は、売春の斡旋をしてる大元を探す事。



 兄貴を捕まえたのは、その大元の情報を聞き出す為のもので、ただの過程に過ぎない。



 それが分かってるから、ミヤビが兄貴を捕まえたと言った時、あたしは「獣神」の目的を果たすという条件を満たす為の腹を括った。



 途中で話の流れがちょっと変わって、予定外に兄貴を解放して欲しい理由を話す事になったけど、あたしが兄貴を連れて行かないで欲しい理由がどんなものであれ、それを話しただけで兄貴を解放してもらうのは難しいとは思ってた。



 結局は、「獣神」にとってのメリットを提示しなきゃならない。



 だから。



「兄貴を解放してくれるなら、あたしがそいつらの情報集めて『獣神』に渡す」


 それをすると、腹を括ってた。



 あたしが提示出来る「獣神」のメリットは、それくらいしかない。



 そんな条件を言い出すと思ってなかったらしいミヤビは、驚いたように目を開いた。



 でもすぐにその目を細め、険しい表情をつくった。



「お前にそんな事出来ねえだろ」


 ミヤビがそう指摘するのは当然だと思う。



 ミヤビの立場からすると、正しい反応だと思う。



 だってミヤビは知らない。



 この地域に住んでるって事がどういう事なのかを、よそ者のミヤビは分かってない。



「簡単に出来るとは言わない。けど、絶対に無理って訳じゃない」


 あたしが地元の事に関して疎いのは、知らないようにしてるからなだけ。



 わざと遮断して、地元のあれこれに関わらないようにしてる。



 遮断するのをやめれば色んな情報は勝手に入ってくるし、強引に知ろうと思えば深くまで知る事も出来る。



 あたしに限っての事じゃない。



 この地域に住んでる人間なら誰だって同じ。



 ただ、あんまり深いところまで知ろうとすると、何に巻き込まれるか分からないし、自分の身に危険が及ぶ可能性があるから、みんなある程度のところで止める。



 今回の件もきっと同じ。



 乗っ取ろうとしてる奴らの上の方の人間が上手く隠れてるのも確かにあるだろうけど、この地域の人間が深くまで探ろうとしてないって側面もあると思う。



 現に、この地域の事をどこまでも深く知ってるリオンさんは、そいつらの事を知ってるみたいだった。



 多分、他にも知ってる奴はいる。



 だからあたしもやろうと思えば——。



「周りはそういう人間ばっかだからやってやれない事はない。もちろん兄貴にも手伝わせる。それに、そういう事に詳しい人間も知ってる」


 その人間リオンさんに聞くのは最後の手段になるけど——と、それは口には出さないでおいた。



「だから兄貴を連れて行かないで。代わりにあたしが必ず——」


「その話はあとだ」


 そう言ったミヤビの表情は尚も険しいままで、あたしを不安にさせるものだった。



「まずはお前が話の裏を取る」


 当然とも言える事を言ったミヤビは、一度あたしから目を逸らすと、何かを考えるように遠くを見つめた。



 そして。



「家は近いのか」


 ゆっくりと視線を戻してきたミヤビは、やっぱり「獣神」のミヤビのまま、そんな事を聞いてきた。



「家……?」


「お前の家」


「近くはない」


「帰ってろ」


「でも——」


「連絡する。お前の兄貴を解放するにしてもしないにしても——どっちにしても連絡する」


「……分かった」


「さっさと行け」


「……うん」


「行け、アリス!」


 業を煮やしたように大きな声を出したミヤビに背を向けた。



 歩き始めてすぐに振り返りたくなったけど、やめておいた。



 兄貴から話の裏を取られても本当の事を言ったから問題はないけど、ミヤビがどこまで信じるかが問題ではある。



 兄貴とグルになって嘘を吐いてると思われるかもしれない。



 そんな風に思われるくらい、ミヤビに信用されてないって分かってる。



 ミヤビに嘘を吐いたのは、あたしなりの事情があったからだけど、そんな事ミヤビには関係ないし。



 ミヤビに委ねるしかない現状は、どうしたってあたしは不利だ。



 家に帰る道すがら、嫌な想像ばかりして不安で仕方がなかった。



 その不安は当然家に帰ってもなくなったりはしなかった。



 時間の流れを遅く感じた。



 待つ事しか出来ない状況が酷く辛かった。

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