ヤバいのちヤバい
ルナが普段してるバイトは、世間一般で言うところの運び屋のような、頼まれた物を人から人へ配達するってもの。
箱だったり袋だったり封筒だったりと、その時々で違う、中に何が入ってるのか分からない「何か」を、配達したり受け取ったりしてる。
その「何か」が、ヤバい物だって事は分かってる。
誰が誰に渡したのか分からないようにするくらい人を介して渡す物だから、マトモな物である訳がない。
それでも、そんな事は気にもしないで、大した危機感もなくそんなバイトをするのは、そういうバイトが地元にとっては有り触れたものだから。
ジュンヤだって似たような事をしてるし、たまに小学生くらいの子供がやってたりもするから、よくあるバイトのひとつみたいな感覚で、そのヤバさに関しての部分が麻痺してる。
だけど流石にこれは拙い。
地元以外に「何か」を運ぶのは大概拙いと思うのに、何をどうしたって「不思議の国」に運ぶのは洒落にならないくらい拙い。
だから本当は帰りたかった。
絶対に関わりたくなかった。
なのにそれでも帰らなかったのは、何を言ってもルナはバイトを終わらせない限り帰らないと思ったし、もしルナが「不思議の国」で誰かに捕まったらって考えたら、あたしだけ帰るなんて出来なかったから。
誰に何を渡すのか分からないけど、一見繁華街に遊びにきた普通の高校生にしか見えないルナに行かせるくらいだから、間違いなく「不思議の国」を取り仕切ってる「獣神」の怒りを買う物だと分かってる。
そもそも「獣神」と仲が悪いうちの地元から、配達する物なんてロクでもない物に決まってる。
それに何より兄貴を使ってる奴らが、「獣神」に目を付けられてるあたり、もう絶対的にヤバい物でしかない。
ホームから改札に向かうルナのあとを追いながら、無事に帰れるのかと不安だった。
そんなあたしの不安を知ってか知らずか、ルナはあたしの方を見ようとしないで足早に階段を下りていく。
本当にいいんだろうか。
このまま改札を抜けて「不思議の国」に入っても。
てか、この「配達」は本当に大丈夫なんだろうか。
まさかあの時みたいに「獣神」が仕掛けた罠って事は——。
「――ルナ、待って!」
今正に改札を通ろうとしたルナの手を掴むと、ルナはビクリと体を震わせ足を止めた。
そして緩々とあたしの方に振り返って、「何?」と聞いた。
そのルナの目が怯えてるように見えるのは気の所為――なんだろうか。
「何渡された?」
「……え?」
「配達する物。何渡されたの?」
「封筒だけど……」
「見せて」
「な、何で……?」
「いいから見せて」
「で、でも——」
「何だろうとついて行くからあたしに見せて」
あたしの言葉を聞いたルナは周りの目を気にするように周囲を見回して、ひと目につかない場所へとあたしを連れて行った。
そうしてルナが体で隠すようにして鞄から取り出したのは、中が透けないタイプの長三サイズの分厚い封筒だった。
糊付けで封がされてて何が入ってるのか分からないけど、何となく予想は出来た。
手に取って封筒を軽く振ってみたら、予想はほぼ確信に変わった。
「これ、お金だよね?」
感触と振った時の感覚からほぼ確信した封筒の中身についてルナに聞くと、ルナは小さい声で「多分」と答えた。
拙さが増した気がした。
封筒の分厚さからしてかなりの額であろうお金を、「不思議の国」に運ぶなんて
それが故に、運ばないって選択肢もないって事を嫌でも理解した。
指示通りにしなかったら、地元でルナがヤバい事になる。
でも配達先に「獣神」が張ってる可能性だってあるから、それだってヤバい。
どっちにしてもヤバいこの状況なら、もう一か八か罠じゃない方に賭けるしかないのかもしれない。
「行こう、ルナ」
ルナを促して歩き始めたあたしの足は微かに震えてた。
まさか「獣神」の罠である可能性があるとは微塵も思ってないルナは、あたしの少し前を歩いていく。
改札を出て、スマホの地図アプリを見ながら歩いていくルナの少しあとを、あたしは胃が口から出てくるんじゃないかと思うほどの緊張感を抱きながら、無言でついて行った。
駅前から離れて、「不思議の国」の繁華街から裏道に入って、飲み屋街を行き過ぎ、いくつかの路地に入ったり出たりした。
徐々に周りから人やお店が減っていって、気付けば繁華街から遠く離れた、古ぼけすぎて廃墟と化してるような店舗ビルが建ち並ぶ通りに入ってた。
一体どこまで行くのかと、緊張と不安で呼吸まで乱れ始めて、吸う量よりも吐く量の方が断然多くなってた。
帰りたくて仕方なかった。
一か八かの賭けだと決めた覚悟が、時間が経つごとに薄れていってるのを感じてた。
だから、あとどれくらいで着くのかをルナに聞こうとした、その時。
「――ひッ」
モッズコートのポケットに入れてたスマホの着信音が突然鳴って、ビビって変な声を出してしまった。
あたしの声にびっくりしたのか、それとも着信音に驚いたのか、こっちに振り向いたルナは目を見開いてた。
「ご、ごめん」
動揺丸出しの声でルナに謝って、ポケットから取り出したスマホの画面を見たあたしは更に動揺した。
スマホの画面には、通話着信の相手の名前。
その名前が、今のタイミングでミヤビだったから背筋が凍った。
通話を取るか否か迷った。
でも電話をかけてきたくらいだからそれなりの用事があるって事なんだろうし、何よりこのタイミングでってのが気にかかる。
たまたま今だったって事はどう考えてもない気がする。
だとしたら無視する方がヤバいと思ったから、人差し指を口許に置いてルナに「静かにしてて」って伝えて、通話のアイコンをタップした。
直後。
『おい』
聞こえてきたミヤビの声が低かったから緊張した。
『こっち来る時連絡しろっつったろ』
続けて聞こえてきた言葉に、まさか近くにいるのかと、焦りに焦って周りを見回した。
だけど見える範囲には誰もいない。
だったらどうして——。
『来てんだろ、こっちに。カナタが駅でお前を見かけたっつってたぞ』
—―最悪だ。
カナタに見られてた。
駅で見かけたって、まさかホームとか改札の内側でルナと揉めてるのを見られたんじゃ——。
『おい、聞こえてんのか?』
「あ――あたしを見たって言ってた?」
『あん?』
「あたしだけ?」
『そりゃどういう意味だ?』
「い、意味はないけど……」
『お前まさか駅で誰かに喧嘩売ったんじゃねえだろうな』
「は?」
『つかその話はあとでいい。ちょうどお前に聞きたい事があったんだよ。今どの辺りにいる?』
「な、んで」
『だから聞きたい事があるっつってんだろ』
「今聞けばいいじゃん」
『直接会って聞く。どこにいる? 行くから言え』
「今、は——迷子」
『はあ?』
「だからどこだか分からない」
『マジで言ってんのか?』
「うん。だから——」
『探せってか』
「――は?」
『探してやってもいいけど』
「ち、違——」
『周りに何があって、お前どんな格好してる? すぐに見つけ——』
「来た道戻るから絶対やめて」
『あん? 遠慮すんな』
「してないやめて」
『まあ、どっちでもいいけど。戻ってくんなら駅前まで来て連絡してこい』
「……結構時間かかるかも」
『ああん?』
「ちょっと遠くで迷子になってる」
『お前、どこに行こうと思って迷子なったんだよ』
「どことかない」
『はあ?』
「どことかじゃない」
『お前またおかしな事言ってんなあ? どうなってんだ、お前の頭の中』
「とにかく時間かかるけど、駅前行くから——」
『十分な』
「は?」
『十分過ぎたら探してやるから安心して迷子になってろ』
そこで通話を切られた。
反論なんて言わせてもらえなかった。
でもそれより何より時間がない。
探すなんて、ミヤビが冗談で言ったのか本気で言ったのかは分からないけど、本気だった場合がヤバすぎる。
「ルナ、ヤバい事になったからよく聞いて」
通話の切れたスマホを握り締めて、逸らしてた顔をルナに向けると、ルナは「え?」と困惑した声を出した。
その困惑の中に不安が混じってるのは、あたしとミヤビがどんな会話をしてたかは分からないにしろ、あたしが話してた内容やあたしの声色から、何か良からぬ事が起きたとは予想出来てるからだと思う。
「あたし、行かなきゃいけない」
「い、行くってどこに?」
「あたしが今ココにいるって知られちゃヤバい奴に知られちゃって、そいつに会わなきゃいけなくなった」
「知られたって何で? 誰に?」
「今その説明してる時間ない。配達先、まだ遠い?」
「この近くだけど——」
「ひとりでも大丈夫?」
「う、うん」
「聞いてルナ。あたしもう行かなきゃだからついて行けないけど、もし配達先で何かあったら、あたしの名前出して」
「な、何かって何?」
「誰に言われて来たのかとか聞かれたりしたら、あたしの代わりに来たから自分は何も知らないって言って」
「どういう事? そんな事聞かれないでしょ?」
「もし聞かれたらの話。その時は絶対に兄貴の名前も他の奴の名前も言っちゃダメ。いい? 分かった?」
「分かったけど……」
「で、配達終わったら先に帰って」
「え? でもアリスは?」
「あたしは多分すぐには帰れないから先に帰って。途中であたしを見かけても声かけちゃダメ。でもルナの配達が終わって電車に乗ったらあたしにメッセージで教えて」
「……うん」
「さっきの件は明日話そ」
「分かった」
「じゃあ、あたしもう行くから——」
気を付けてね——と、言うが早いかあたしは駅前に向かって走り出した。
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