怒涛の冬休み


 地元ここで働くとなると、殆どの場合が体を使う事になる。



 どんな体の使い方をするのかは選べるけど、楽なものはない。



 あたしは運良くマトモなバイトにあり付けてるけど、ジュンヤやルナが普段やってるバイトはマトモな内容じゃない上に、そこに関わってるのがヤバい奴らだから、いつ何に巻き込まれるか分かったもんじゃない。



 でもそういうバイトは確かにバイト代が高い。



 地元ここでそれなりにお金を稼ぎたいなら、多少なりヤバい事に手を出すしかない。



 学生にすらそんな事を悟らせるんだから、やっぱこの地域はこの国の底辺だと思う。



 そんな地域に住む学生あたしたちの大半が、長期休みに挙っていくバイトがある。



 他に比べて安い賃金で人を雇えるこの地域には、肉体労働を主とする職種の会社がいくつかあって、そのひとつに物流倉庫がある。



 地元の端の方にある、いくつかの物流倉庫会社が建ち並ぶ通りの、二十四時間稼働してるその倉庫の深夜バイト枠に、長期休みの期間には学生たちが溢れ返る。



 労働基準法ガン無視のこの地域ならではの事ではあるんだろうけど、高校を卒業した人間の三分の一以上がこの物流倉庫通りのどこかで働く事になるんだから、就職前に仕事を覚えられるって意味では、働く側も会社側も効率がいい。



 あたしも高校を卒業したら、どこかの物流倉庫に就職するつもりだから、どこの倉庫がいいか下見するって意味でも、長期の休みには絶対にバイトを入れる。



 普段のバイトとの掛け持ちになるから体力的にキツくなるけど、あたしにとっては長期休みが稼ぎ時でもあるから、時給が少し高めの深夜枠のバイトをする事を躊躇ってられない。



 それに倉庫の深夜バイトに行く期間だけは、普段のバイトの終わり時間を少し早めてもらえるから、一日十四時間労働だと思えばやってやれない事はない。



 冬休みに入ってすぐに倉庫でのピッキング作業の深夜バイトを始めた。



 去年の長期休みと今年の夏休みの時に倉庫のバイトで使ってた安全靴がもうボロボロになってたから、クリスマスプレゼントとしてジュンヤに安全靴を貰えた事が有り難かった。



 ジュンヤとルナは週に四日くらいしかバイトを入れなかったけど、あたしは日曜しか休みがない倉庫に、殆どフルでバイトを入れた。



 夜の十一時に倉庫に行って、朝の七時に帰路に着く。



 普段のバイトがある日は、夕方から倉庫のバイトの時間までレジ打ちをする。



 そんな生活を繰り返してた。



 毎日クタクタで、バイトの時間以外はずっと家で寝てた。



 年末年始も休みなく働いた。



 そんな風に、ずっとバイト漬けで新年って感覚もなかったあたしの元に、三が日を過ぎてから、「新年の挨拶はどうした」とミヤビからメッセージが届いた。



 ミヤビからのそのメッセージは、クリスマスイブ以来のものだった。



 しかもそのメッセージを受け取った時に、クリスマスイブにミヤビが送ってきたメッセージに対して、あたしは既読を付けただけで返信するのをすっかり忘れてた事にようやく気が付いた。



 でも結局そのメッセージにも、返信が出来たのは、三学期の始業式がある前々日の倉庫のバイト最終日。

 


――おめでとう。



 バイト終わりに更衣室からそれだけ打って、冬休み期間のバイト代を貰ったあとルナと帰路に着いた。



「めっちゃ疲れたね!」


 なんて、あたしからすればまだ体力の余裕があるように見えるルナの言葉に、あたしは返事すら出来ないくらい疲れてた。



「ジュンヤは昨日までだったんだっけ?」


 ルナのその問いには、辛うじて「うん」と答えた。



 アウターが薄手のモッズコートだからめちゃくちゃ寒いのに、それでも眠気が吹き飛んでくれないあたり、体力が限界を超えてるらしい。



 眠ったまま凍死する人って何で寒い中で眠れるんだろうと不思議だったけど、今なら分かる気がする。



 今ここで眠っていいって言われたら、あたしも余裕で眠れる。



「アリス大丈夫?」


 顔を覗き込んできたルナに頷くだけの返事をした。



「この冬休みでめちゃ痩せてない?」


 そう言ったルナは、「寒そうだから」と自分が首に巻いてたマフラーをあたしの首に巻いてくれた。



 ありがとう——と言いたかったけど、口を動かすのも面倒臭かったから、ありがとうの気持ちを込めて頷いておいた。



「今日はもう帰ったら寝るでしょ?」


 その問いには、「ん」と鼻から息を出した感じで答えた。



「明日、何か予定ある?」


 次の問いにも「んん」と鼻から息を出して答えた。



「ルナ、明日の夜にちょっと行く所があって」


「ん」


「ひとりで行くの嫌だなって思ってて」


「ん」


「あっ、でもそんなに時間かかったりしないんだけど!」


「ん」


「アリスについて来て欲しいなって思ってて」


「ん」


「ついて来てくれる?」


「ん」


「えっ、本当にいいの? 疲れてない?」


「ん」


「良かった! ルナひとりで行くの本当に嫌だなって思ってたから、めちゃ嬉しい!」


 なんて、満面の笑みを浮かべるルナを見ながら、マジで元気だなと思った。



 それだけ元気があるなら背負って連れて帰ってって頼みたいくらいだった。



 そんな風に、もう家まで帰るのさえ困難に思うほど疲労困憊なのにも拘わらず、翌日の夜の事とは言え、ルナの「ついて来て」を承諾したのは、ついて行くのがバイトにって事だろうと思ったから。



 ルナはあたしがバイトについて行くと、必ずバイト代の何割かをくれる。



 正直それが有り難い。



 結局そうやってルナからバイト代の何割かを貰ってるんだから、あたしもヤバいバイトをしてるって事に変わりない。



 その、限りなく黒に近いグレーな部分を全く気にも留めないところが、あたしがこの地域の住人である証拠だと思う。



 でも、予想に反してルナの「ついて来て」はバイトじゃないようだった。



 待ち合わせの時間と一緒に伝えられた待ち合わせの場所が駅前だったから、バイトではないんだと分かった。



 ちょっとだけ電車で移動する——と言われたけど、喋るのが面倒だからどこに行くのかは聞かなかった。



 その日は帰ってすぐに眠った。



 夕方前に起きて、普段のバイトに行った。



 バイトから帰ったあともまたすぐ眠った。



 泥のように眠り続けて、目が覚めたのはルナとの待ち合わせの一時間前だった。



 急いでシャワーを浴びて、急いで用意をして、急いで家を出て、急いで駅に向かった。



 外はもうすっかり夜の世界に侵食されていて、空には星が瞬いてた。



 待ち合わせの駅に行くと、待ち合わせの時間を少し過ぎてた。



 ルナは「そんなに待ってないから大丈夫」と言って、先に買っておいてくれてた切符を渡してくれた。



 そうしてすぐにホームに行って乗った電車の中では、連日のバイトで溜まりに溜まった疲れと駅まで急いで来た所為でぐったりしてて、椅子に座って目を閉じてたあたしは会話もままならない状態だった。



 だから聞いてなかった。



 どこに行くのか聞きそびれてた。



 その所為で。



「……は?」


 ルナに手を引かれてホームを降りた駅が「不思議の国」だったから、あたしは困惑の声を出す羽目になった。



 訳が分からなかった。



 今までもルナが「不思議の国」に来た事があるならまだしも、そんな話を聞いた事は一度もないし、そもそもルナもあたし同様地元から滅多に出ない。



 だからどうして今「不思議の国」の駅のホームに降り立ったのか訳が分からなくて——。

 


「どうしたの? アリス」


 眉間に力が入ってるのが分かるあたり多分怪訝な表情をしてるであろうあたしの顔を、ルナが心配そうに覗き込んできた。



「ど、どうしたのって、何でここに——」


「何でってバイトで」


「バイト!?」


「えっ、うん」


「な、何でバイトでこんなトコ来んのよ! あんたココがどんなトコか分かってんの!?」


「な、何でって言われても、頼まれたから——」


「頼まれたって何!? 今まであんたバイトで地元外ソトに来る事なんかなかったでしょ!」


「そ、そうだけど今回はココに配達に行けって言われて——」


「誰に!? 誰に言われたの!? つかあんた今、誰の仕事やってんの!?」


「え? 何? どうしたの、アリス」


「ねえ! 誰の仕事やってんの!? あんたまさか——」


「だ、誰ってハクトさんが——」


「は!? 何!?」


「――え?」


「あんた今、兄貴の名前言った!?」


「え? あっ、うん」


「あんた、兄貴を使ってる奴と同じ奴に使われてんの!?」


「え——そうだけど」


「いつから!?」


「え?」


「いつからそいつらに使われてんの!」


「な、何? どうしたの?」


「あんたそいつら——」


「待って! 待ってアリス! 時間ないからその話あとにしよ! 遅れるとヤバいから!」


 いつの間にかルナの肩を掴んで、焦ってる感丸出しの大きな声を出してたあたしに、そう言ったルナの顔は蒼白気味だった。



 でもそんなルナよりも絶対に、あたしの顔の方が蒼白してる。

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