繋がり


「は……?」


 第一声が分かりやすく寝起きの嗄声させいになった。



 それが功を奏したらしい。



『何だ、お前。寝てたのか?』


 聞こえてきたミヤビの二言目はかなり静かで。



「……寝、てた……」


『早くね? まだ日付も変わってねえぞ』


 寝惚けた頭に、響いてくるようなミヤビの低音が心地好かった。



「……疲れ……」


『のらりくらり生きてる学生が何を疲れる事があんだよ』


「……んっ」


『おい』


「……うん」


『アリス?』


「……ん?」


『アリス』


 あたしの名前を呼ぶ、いつもより優しく感じるミヤビの声が心地好い。



 バカみたいに心地好くて、体が布団の中に沈んでいく感覚に抗えなかった。



『お前は本当に——』


 呆れてるような笑ってるような何とも言えないミヤビの声を聞きながら、あたしは深い眠りに落ちた。





 朝に目が覚めてすぐは、ミヤビから電話がかかってきた事が現実かどうか分からなかった。



 当然通話は切れてたし、スマホは枕元から離れてたし。



 スマホの着信履歴を見て、ようやく現実だったと理解したけど、何を話したのか殆ど覚えてなかったし、何の為にミヤビが電話をかけてきたのかも分からなかった。



 だから。



—―寝ちゃった。



 メッセージアプリでミヤビにそのメッセージだけを送っておいた。





 ミヤビから返信が来たのは、あたしがメッセージを送った日の夕方だった。



—―お前マジすげえな。



 何を感心されてるのか分からないそのメッセージには、ジュンヤとのセックスが始まったから、すぐに返事は出来なかった。





—―用事、何だった?



 返信する事をすっかり忘れてたミヤビにそのメッセ―ジを送ったのは、週明けだった。



 学校の昼休みにメッセージを送った直後。



「アリス、お昼食べよ!」


 ルナがお弁当を持って教室にやって来た。





—―紙袋に入ってた封筒の金、あれ何だよ?





 日に日に寒さが増して、本格的に冬に入っていくのを感じる。



 兄貴に持っていかれたダウンのコートをどうやって取り戻そうかと考えてる。





—―タクシー代の残り。





 夏に比べて日が暮れるのが早い冬が好きなのは、昼より夜が好きだからかもしれない。



 夜の闇は、全てを隠してくれるような気がして安心する。



「月デカッ」


 ルナの「受け取り」バイトに付き合って来た廃工場の前で、夜空を見上げて呟いた声が、やけに廃工場に反響した。





—―いらねえよ。





 兄貴とは全然会えないままの生活が続いてる。



 最早兄貴はあたしを避けようとしてるんじゃなく、仕事で忙しいだけなのかもしれない。



 生きてさえいてくれたら文句はないけど、ダウンのコートを返せとは思う。





—―会わなかったら返さなかったけど会ったから。



—―律儀か。つーか、俺のコート、クリーニング出したろ。いくらかかった? 結構クリーニング代かかっただろ、あのコート。金渡すからいくらかかったか言え。





「……いらっしゃいませ」


「煙草。カートンで」


 バイト先にやってくるリオンさんは、特に何かを言ってくる事はない。



 ただ、勘違いかもしれないけど、リオンさんがバイト先に買い物に来る回数が以前に比べて少し増えたように感じる。



 リオンさんの狂気を孕んだ目は、いつ見てもおぞましい。





—―あれは別にいい。お金かからなかったから。



—―はあ?



—―知り合いがやってくれた。





 十二月に入って、地元の繁華街はチラホラと早めのクリスマスカラーに染まり始めた。



 いよいよモッズコートじゃ寒い。



 だからって新しいアウターを買うお金もないから、ダウンのコートを取り返すしかない。





—―クリーニング屋に知り合いいんのかよ。





「アリス、冬休みになったらまた倉庫のバイト行くの?」


「そのつもり」


「ルナも一緒に行こうかな」


「夜から朝までのバイトだよ? 眠くなんない?」


「大丈夫だよ。ジュンヤも一緒に行くんでしょ?」


「うん。行くとは言ってた」


「じゃあ、ルナも行く! ルナだけ仲間外れ嫌だもん」





—―そうじゃないけど。





 快適ってものが皆無のボロいマンションは、夏はバカ暑いし冬はバカ寒くって嫌になる。



 エアコンもなけりゃ他の暖房機器もない部屋じゃ、毛布を被って過ごす以外に寒さを凌ぐ手立てがない。



 つかこの部屋、どっか穴が開いてんじゃないだろうか。





—―お前の言ってる事マジ分かんねえ。脳みそ大丈夫か?





「なあ、アリス。クリスマスプレゼントに欲しいもんある?」


「クリスマスってまだ結構先じゃん」


「聞くだけ先に聞いとこうかなって」


「あたしお金ないからジュンヤに何もあげられないよ」


「別に俺はいいよ。俺はアリスが一緒にいてくれるだけで充分。なあ、何欲しい?」


「安全靴」





—―こっちのセリフ。



—―俺の何がおかしいっつーんだよ。





 バイト先の店長に、買い替えるからって使い古したの電気ひざ掛けを貰った。



 有り難い。



 マジ有り難い。





—―全部。





 久しぶりに学校帰りにルナと地元の繁華街に行ったら、街が完全にクリスマスカラーに染まってた。



 店から流れてくる音楽がどれもこれもクリスマスソングで、繁華街につどってる人間がみんな浮足立ってるように見えたから、クリスマス如きで何をそんなに浮かれる事があるのかと思った。





—―はあ? そりゃお前だろうが。





 誰かと眠るのが苦手だから、出来るだけジュンヤの家に泊まらないようにはしてるけど。



「泊まってけよ、アリス」


「……そうしようかな」


 どうしたって夏場や冬場は、快適なジュンヤの家に泊まる事を選んでしまう。



 学校がある前の日だと、翌朝いつもより早めに起きて一回家に帰って着替えなきゃいけないのが面倒だけど、寒い夜寒い部屋に帰る方がキツい。



「なあ、アリス。もう一回ヤっていい?」


「眠い。無理」


「ちょっとだけ」


「はあ? ちょっとって何」


 ただやっぱり隣に誰かがいると眠りが酷く浅くなるから、次の日はバカみたいに睡眠不足になる。

 




—―友達に何考えてるか分からないって言われない?



—―言われねえよ。お前はどうなんだよ。あっ、悪い。お前友達いねえんだったな。



—―いるし。





 ミヤビとはあの電話以降、何故かメッセージのやり取りが続いてる。



 返信のやり取りは、基本的に数日おきで、たまにすぐだったり一週間くらい経ってからだったりする時もあるけど、メッセージが完全に途切れる事はなかった。



 そんなミヤビからクリスマスイブの夜、色とりどりの電飾が施された大きなクリスマスツリーの写真が送られてきた。



—―特別仕様。



 何が特別なのかさっぱり分からなかったけど、ミヤビもクリスマスってイベントに浮かれるタイプって事は分かった。

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