理想論
あたしがカナタに対して思う「あんなにヤバイ奴」の「あんな」っていうのは、もちろんリオンさんレベルのって意味であって、実際のカナタがどこまでヤバい奴なのかは知らない。
それでも、リオンさんと同じような目をした奴が、まともな訳がないのは間違いないし、そのヤバさは誰だって気付くものだと思う。
だから信じられなかった。
最も敬遠するべきであろう人間に、寄っていく女がいるって事が。
想像する中で、カナタとリオンさんが重なってるから余計にそう思うのかもしれない。
リオンさんに寄っていく女なんて、想像出来ないくらい有り得ない。
そんな女、命知らずか命を粗末にしてるとしか言えないから、カナタに寄っていく女は一体何が目的なんだろうかと、あたしには全然関係ない事まで考えてしまった。
そのタイミングで。
「お前がカナタをどう思ってんのか知らねえけど、カナタには惚れた女がいるぞ」
ミヤビが表情以上に怪訝な声でそう言ったから、下世話な事を考えてたのがバレたと思って焦った。
まさか
でもそれにしたって、
つまりカナタは惚れるって概念を持つ人間って事。
だとしたら、リオンさんよりは人間らしさがあるって事になりそうだけど——。
「カナタに惚れた女がいるのがそんなにショックか」
テーブルの料理に一点集中してカナタの事を考えてたあたしは、ミヤビのその言葉に目線を上げた。
ミヤビは怪訝な表情のままただジッとあたしを見てる。
それがあたしの返事を待ってるんだとは分かったけど、どう答えていいのか分からなかった。
ショックって言うよりも衝撃って感じなんだけど、それをそのまま言ったら、何が衝撃なんだって聞かれるだろうし、聞かれたところで思ってる事を全部言える訳じゃないから返事に困る。
なのにミヤビはこっちを見てる。
何も言わない訳にはいかない。
だから。
「……あんたにも好きな女か付き合ってる女いる?」
話を逸らす為にどうでもいい事を聞いてみた。
途端にミヤビが表情を変えた。
眉を限界までって感じでハの字にして。
「はあ?」
表情そのままの声を出した。
「お前、マジでどういう脳みそしてんだ? さっきの俺の話聞いてて、どういう脳みそしてたら、俺に惚れた女か付き合ってる女がいると思うんだよ」
「は?」
「ヤるだけの女がいるっつったろ。それ聞いてて何でそんな事聞いてくんのか不思議でしょうがねえ」
「……は?」
「惚れてもねえ女と付き合うのは面倒
「……それって一途って事?」
「知らねえよ」
「はあ?」
「過去に何とも思ってねえ女と適当に付き合ってた時は他の女ともヤってたし、女に惚れた事なんか一度もねえから知らねえんだよ。んでも——」
惚れるって当たり前にそいつだけになるもんなんじゃねえのかよ——と、何故かミヤビは不貞腐れた感じで言った。
ミヤビの言いたい事は分かる。
でもそれが、理想論であるのも分かってる。
だって現に。
「でもカナタって人、惚れた女がいるらしいのに、色んな女の人から引っ切り無しに電話かかってきてた」
現実は違う。
人それぞれだって言えばそれまでだけど、少なくてもミヤビは実際にそうである訳じゃないし、ミヤビの近くにいる
「カナタはカナタで色々あんだよ」
ミヤビの言う、カナタのその「色々」が何なのかは分からないけど、何があるにしても結局「そいつだけ」になれないなら、やっぱりただの理想論でしかない。
—―でもまあ別に。
ミヤビやカナタの恋愛観なんてどうでもいいんだけど。
「ねえ」
「あん?」
「そもそも何であの人のスマホがあのコートのポケットに入ってたの?」
「あいつはそういう奴なんだよ」
「そういう奴?」
「物に執着しねえ上にボケッとしてっからすぐに物失くすし、何でもかんでも適当に置いたり入れたりする奴なんだよ。だからあいつが入れたんだろ、俺のコートに。んで、その事も忘れてたんだろ。あいつあのあとスマホがねえってずっと言ってたし」
「……何か」
「あん?」
聞けば聞くほどカナタのイメージがリオンさんとかけ離れていく——と思ったけど、そんな事は言えないから「凄い」と言っておいた。
当然ミヤビに「何がだよ」って言われたけど、無視しておいた。
これまでミヤビの事を予測不能だと思ってたけど、予測不能なのはミヤビだけじゃないらしい。
ミヤビの周りにいる人間も大概意味が分からない。
でももしかしたらそれくらい、人として意味不明な奴らだから、「強者」側でいられるのかもしれない。
理解出来ない人間は、確かに怖い。
予測不能な人間を相手にするのは——。
「つーかお前、カナタに興味あんのかと思ったけど、そういう訳じゃなさそうだな」
またしても、どういう思考回路を辿ったのか全く理解出来ないミヤビの言葉に、「は?」って言葉しか出なかった。
「カナタに惚れただ何だって言い出すのかと思ったけど——
続けられた言葉にも、「は?」としか言えなかった。
マジで意味が分からない。
頭がおかしいとしか言いようがない。
本当ミヤビって何考えてんのか——。
「聞いた事に大した意味はねえ。お前はマジでどんな脳みそしてんだって感じで、やる事成す事おかしいから、一応確認したってだけだ」
—―はあ?
ミヤビにだけは言われたなくないって事を言われて呆然としてしまった。
呆れに呆れて言葉って概念が吹っ飛んでしまった。
そんなあたしの顔を見たミヤビは、口許だけで少し笑って、それ以上もう何も言わなかった。
当然、完全放心状態のあたしも何も言えなかった。
会話の終了と共に、ご飯の時間も終わった。
ミヤビは当たり前って感じで奢ってくれた。
小料理屋を出ると、何も言わずに駅前まで連れてってくれた。
改札の前で「ご馳走様でした」とご飯のお礼を言って紙袋を差し出すと、今度はちゃんと受け取ってくれた。
別れ間際、ミヤビは「じゃあな」と言った。
またな——と言わないところが、もうあたしとミヤビには何の接点もないって事を物語ってた。
確かにそうだと思う。
もう会う理由なんかない。
本来なら出会った事さえ有り得ないんだから。
だけど、そんなあたしとミヤビに「次」が訪れたのは、余りにも早かった。
関わる理由がなくなったあたしに、ミヤビが電話をかけてきたのは、「不思議の国」から家に帰って数時間後の事。
『おいコラ、何の金だ!』
通話中になってすぐに聞こえてきた喚き声に、布団に入って完全に夢の中にいたあたしはげんなりした。
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