動揺


 何であたしが。



 何でミヤビと。



 何で一緒に。



 何でご飯を。



 そんな沢山の「何で」を。



「――な、んで」


 ひとつにまとめてミヤビに言えたのは、さっさと歩いていくミヤビを追いかけて、ミヤビのブルゾンの背中部分を抓むようにして掴んだ時。



 ブルゾンを掴んだのは、ミヤビの足を止める事も考慮してたのに、ミヤビは「あん?」と振り向いただけで、止まってはくれなかった。



 その所為で。



「何で、ご飯」


「腹減ったからに決まってんだろ」


 あたしの手はミヤビのブルゾンを掴んだまま。



「そ、そうじゃなくて、何であたし」


「目の前にいたから」


 ミヤビの斜め後ろを、釣られたカタチで歩きながら。



「ほ、他の人と行けばいいじゃん」


男友達ツレが全員出払ってんだよ」


 手を離すタイミングが分からない。



「じゃ、じゃあ、さっきの人と行けばいいじゃん」


「さっきの人?」


「さっき一緒にいた女の人、通話の時にいた——」


「あれはそういう女じゃねえ」


「そ、そういうって何」


「さっきのはヤるだけの女で、一緒に飯食うような相手じゃねえんだよ」


「……は?」


「お? こんな話、女子高生には刺激が強すぎたか?」


「は?」


「女子高生っつーか、お前には刺激強すぎって感じだな」


「はあ?」


「色気の欠片もねえもんな、お前」


—―いや別に。



 あたしが「は?」って思ったのは、ヤるだけの女がいるって部分じゃなくて。



 別にヤるだけの女とでもご飯食べればいいじゃんって思っただけで。



 ヤる事と一緒にご飯食べる事に境界線みたいなのを引いてる意味が分からなかっただけで。



 刺激の「し」の字もないんだけど。



—―何か。



 ムカついた。



 色気の欠片もないって言った時のミヤビの表情かおがムカついた。



 分かりやすくバカにして笑ってたからムカついた。



 だから。



「……体質なんだって」


 脊髄反射みたいに、そんな事を口にしてた。



「体質?」


「あたしの体質」


「色気がねえのが体質ってか? んな体質聞いた事——」


「吸い付くみたいになるんだって」


「――は?」


「奥が」


「はあ!?」


「あと、三個所くらいキツイらしい」


「お、お前、それって三だ――」


—―バカが。



 驚きと焦りみたいなものが入り混じったような表情と声をしたミヤビに、そう思ったあたしの気持ちは十二分に顔に出たらしい。



「――て、冗談かよ! お前どんな冗談ぶっ込んできてんだ!」


 ミヤビはバカみたいに喚いて、「つか、お前がシモネタの冗談とか似合わねえ事言うんじゃねえ」と訳の分からない文句まで言ってきた。



—―バカが。



 そう思って、さっきのムカつきが少しすっきりした。



 ただ所詮は「少し」だけだった。



 心の中に僅かなモヤッがある。



 でもそのモヤッは、今よりも前からあった気もする。


 

 もしかしたら脊髄反射みたいに口走ったのも、その所為かもしれない。



 何か——。



「でもそれ以外でもいるでしょ」


 感情を探るように巡り始めた思考を、何故か止めるかのようにそう口にした。



 未だぶつぶつ文句を言ってたミヤビが「あん?」と聞き返してくる。



 ただその顔は、まだ文句を言いたげではあった。



「ヤるだけの女以外でも、一緒にご飯食べたいって思ってる女」


「そういう女とは飯食わねえ」


「そういう女?」


「俺を好きだとか付き合いてえとかって下心がある女」


「何で」


「勘違いとか期待されんだろ。そういうの面倒臭えし鬱陶しい。――つーか」


「つーか?」


「お前、いつまで服掴んでんだよ。伸びるだろうが」


 そう言われて、離すタイミングが分からなった手が未だミヤビのブルゾンを掴んでる事に気付いた。



 気付いた途端、何でか急に恥ずかしくなって、慌てて手を離そうとした矢先。



「掴みてえなら腕掴め。お前は本当に可愛げのねえ女だなあ」


 そう言って、体を少し捻って、あたしがブルゾンを掴んでる右手の手首を右手で掴んだミヤビは、そのままあたしの右手を自分の左腕の肘裏辺りに持っていく。



 さも当然って感じで。



 特別どうって訳じゃない風に。



 自然な感じでそうされたから、当たり前みたいにそこを掴んでしまった。



 だから思った。



—―勘違いとか期待されんだろ。



 それは、ミヤビのそのバグった距離感の所為だろうって。



 好きとか付き合いたいって思ってる女なら、誰だってミヤビのバグった距離感に勘違いも期待もするだろうって。



 なのにその結果、面倒臭いだとか鬱陶しいって思われるんだから、女からしたら堪ったもんじゃないだろうって。



 それをミヤビ本人は多分気付いてない。



 距離感のバグり方とか、悪びれないところとか。



 思うにミヤビは天然の女誑しだ。



「お前、何か食いたいもんあるか?」


 ミヤビはそう聞いてきたはずなのに、あたしが何かを言う前に「オッケイ、焼き鳥な」と言った。



 でもすぐにあたしの全身を見て、「てか、お前制服じゃねえか」と今更な事を口にする。



 そして。



「学生に手え出してるって思われたらやべえか。やべえな。店変えるか」


 ぶつぶつと独り言を言い始めたから、だったらひとりで食べに行けばいいのにと思った。



 でも言わなかった。



 言ったところで無駄な気がするし、訳の分からない因縁付けられでもしたら腹が立つし、ここまでついてきといて今更な気もするし。



 なんて思うのは、自分に対しての言い訳――なのかもしれない。



 ミヤビは腕を掴んでるあたしを連れて、駅前から随分離れた小料理屋に連れて行った。



 地元じゃないから地理的によく分からないけど、「不思議の国」の端っこの方だと思う。



 ただその小料理屋は、ミヤビの馴染のお店のようだった。



 お客がまだ誰もいないその小料理屋の、カウンターの中にいたおじさんに「おう、いらっしゃい」と声をかけられたミヤビは、「座敷」と言って勝手に店の奥に歩いていった。



 腕を掴んだままのあたしももちろん一緒に店の奥まで連れて行かれて、一番奥の障子扉の向こうにあった、一段高くなってる座敷に、靴を脱いで入らされた。



 座敷に入る前にようやく腕を掴んでた手を離したあたしに、さっさとテーブルの前に腰を下ろしたミヤビは、テーブルを挟んだ正面に座れと目顔で言う。



 だから言われるまま、正面に座ったら、メニューが書いてる紙を目の前に置かれた。



「おっさん、焼き鳥食いてえんだけどあるか?」


 カウンターの方に向かって声をかけるミヤビには、メニューを見るつもりがないらしい。



 あるぞ—―というカウンターからの返事に、「んじゃ、焼き鳥とあとは適当に何か持ってきて」とミヤビは言った。

 


 適当に何か持ってきてもらうなら、あたしがメニューを見る必要もないかと思ってたら、「食いたいもん頼め」ってミヤビに言われた。



 ミヤビのくせに気を遣ってくるから何かキモいって思ってたら、「そんな貧相な体でもちゃんと胃はあんだろ?」ってバカにした笑みを浮かべられた。



 ムカついたけど無視決め込んだら、「ウーロン茶でいいな」と勝手に飲み物を決められた。



 それからは特に会話はなかった。



 ミヤビはずっとスマホを見てるし、あたしから何を話していいのか分からないし。



 ウーロン茶ふたつと色んな食べ物が運ばれてきても何の会話もなくて、時間が経つにつれてどんどん居心地が悪くなった。



 だから。



「あのスマホ」


 食べ物が半分くらいなくなった頃、どうにもこうにも居心地が悪くて、あたしから話しかけてしまった。



 食べながらスマホを見てたミヤビの目が、あたしに向けられる。



 俯き加減で目を向けてきたミヤビは「あん?」と言って、見てたスマホをテーブルに置いた。



「コートのポケットに入ってたスマホ」


「スマホが何だ?」


「……誰のだったの?」


「何で?」


「引っ切り無しに電話かかってきてたから、持ち主が困ってたかなって思っただけ」


「別にあいつは困らねえよ」


「あいつ?」


「カナタ。って言って分かるか? お前と初めて会った時――」


「わ、分かるけど、あの人の? 本当にあの人のスマホ?」


「何を疑う事があんだよ」


「だ、だって、凄い電話――女の人から——」


「あん?」


「色んな女の人からいっぱい電話かかってきてたんだけど」


「だから?」


「え——あの人――」


—―あんなにヤバい奴なのに寄ってくる女がいるの?



 なんて言いそうになった言葉は吞み込んだ。



 喉元まで出てきた言葉を無理矢理呑み込んだ所為で、あたしは変な表情をしてたらしい。



 訝しげな表情をつくったミヤビは「何だ、お前」と怪訝な声を出した。

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