予測不能


—―信じられない。



 本当にそう思った。



 学校が終わってそのまま地元の繁華街がある駅に向かって、電車でやってきた「不思議の国」の駅前に立ち、自分がこんな場所に何度も来てる事を信じられなく思った。



 地元のラブホテル街で、何故かミヤビに連れ去られてから今日でちょうど一週間。



 その一週間という期間を、長く感じる部分もあるし、短く感じる部分もある。



 ただ、これまで数えるほどしか地元外そとに行く事がなかったのに、一週間に二度も「不思議の国」に来てる事が不思議でならない。



 初めてミヤビに会ったあとはもう二度と会う事はないだろうと思ってたのに、一週間前から目まぐるしく現実が変わっていってる。



 だからこそ、この変化を激流だと感じる。



 ミヤビに関する事以外には何も変わっていないのに、全てが変わってしまったように思う。



 そんな風に思うのは、もう引き返せないところまであたしが流されてしまってるって事なんだろうか。



 そんな事を、「不思議の国」の駅前の景色を眺めながら考えてた。



 駅前近くにある時計台を見ると、十六時半を過ぎたところだった。



 薄暗くなり始めた世界を照らすように、「不思議の国」は既に人工の光が瞬いてる。



 いつ見ても「不思議の国」は綺麗。



 ミヤビに言われた通り連絡しようと思って、今日はちゃんと着てきたモッズコートのポケットからスマホを取り出した。



 連絡してこいとは言われたけど、どんな連絡をすればいいのか分からなくて、「持ってきた」とだけ打ったメッセージを、メッセージアプリに送った。



 そのメッセージに、ミヤビがいつ気付くか分からないから、もしかしたら結構待つ事になるかもと思った直後、スマホから通話着信音が鳴ってびっくりした。



 画面に表示されてる着信相手の名前は、ミヤビ。



 色んな意味で驚いたのと表示されてる名前の違和感に、思わず通話拒否をタップしてしまった。



—―ヤバッ。



 そうは思ったけど、すぐにかけ直す事はしなかった。



 どうしようって思ってスマホを眺めてたら、また着信音が鳴った。



 もちろんそれはミヤビからの着信で。



『お前今、俺の通話拒否ったか!?』


 今度はちゃんと通話ボタンをタップしたら、途端に騒がしい声が聞こえてきた。



『てめえ、俺をぞんざいに扱うとかいい度胸してんじゃねえか! 俺の事、ナメてんのか!?』


 通話拒否しちゃったのは悪いとは思うけど、それにしたってうるさい。



 別にそんな事くらいで、そこまで喚き散らかさなくてもいいのにって思うのに。



『おい、コラ聞いてんのか!』


 ミヤビはうるさい。



 でもそうなる理由はすぐに分かった。



『俺が女に通話拒否られるとかマジ有り得ねえだろ!』


 女に関しても「強者」側であるミヤビにとって、通話拒否は未経験の領域だったらしい。



 だとしても、そこまで騒ぎ立てるものでもない気がするけど。



『てめえ、聞いてんのかよ! おい、聞いてんのか!』


「……聞いてる」


『顔見えねえんだからちゃんと喋れや! 聞いてんのか聞いてねえのか分かんねえだろうが!』


「だから聞いてるってば」


『声がちいせえんだよ! 何でそんなに——って、お前スマホ離してんだろ!? スマホ顔から離して喋ってんだろ!?』


「うん」


『マジお前いい加減に——』


 ミヤビがそこまで言った時だった。



 うるさくて耳から遠ざけてたスマホを耳元に戻したタイミングでもあった。



 ミヤビの言葉を遮るかのように、「ミヤビ、シャワーどうすんの?」って言った女の声が遠くから聞こえた。



 それに対してミヤビが「浴びるけど、通話中だから待て」と、スマホから少し顔を離した感じで返事したのも聞こえた。



 そして。



『――アリス、お前今どこにいる?』


 あたしとの通話に戻ってきたミヤビからは、喚き散らかしてたテンションが消え失せてた。



「……駅前」


『四十分くらい待てるか?』


「……いいけど」


『お前今日はちゃんとアウター着て来てんだろうな』


「……着てる」


『寒かったらどっか店入ってろ。駅前行ったら電話する』


「……別に寒くない」


『とりあえず風呂入って急いで行くから——』


 そこで通話を切った。



 唐突に、喋ってるのが面倒臭くなったから切っておいた。



 ミヤビからまたすぐ通話着信がくるって事はなかったけど、代わりに「ぶっ殺す」ってメッセージが届いた。



 既読スルーしようと思ってたら、ふたつ目のメッセージが届いた。



—―俺が行くまで誰にも喧嘩売るんじゃねえぞ。



 そう書かれたメッセージを見て、ミヤビは一体あたしをどんな人間だと思ってるんだろうかと思った。



 あたしの人生に於いて、喧嘩を売られた事は数あるけど、兄貴以外の人間に売った事なんて無いに等しい。



 そんなあたしに対して喧嘩を売るなとか意味が分からない。



 あたしに喧嘩を売ってくるのは、いつだってミヤビの方のくせに。



 因縁付けられた気分になって腹が立ってきたから、このまま帰ってやろうかと思った。



 それを思い止まった理由は、鬼電される可能性があったから。



 連絡先を交換した弊害が凄い。



 仕方ないから駅前をウロついて時間を潰してた。



 華やかな「不思議の国」は、そこに並ぶ店すらも華やかに思えて、やっぱり何だか落ち着かなかった。



 結局、その落ち着かない「不思議の国」の駅前近くで、ミヤビを待ってたのは三十分ほどだった。



 駅前から少し離れた場所にある雑貨屋の前で、店の前に置かれたワゴンの中のモコモコ靴下を眺めてる時、ミヤビからの通話着信音が鳴った。



『どこだ?』


 通話中になった途端聞こえてきたミヤビの声は、周りの雑音に少しかき消されてた。



『駅の改札前にいるから来い』


 雑貨屋の前って答えたらそう言って通話を切られたから駅に向かった。



 改札の前。



 沢山の人が行き交うその場所でも、ドピンクの髪色をしてるミヤビを見つける事は容易かった。



 カーキ色のブルゾンを着てるミヤビは、スマホを見てた。



 だから、近付いていくあたしに気付かないだろうと思ってたのに、ミヤビはあたしが傍に行くよりも先に、顔を上げてこっちに気付いた。



おせえよ」


 待たせてたのはそっちのくせに——と思う事を言ったミヤビは。



「腹減った」


 目の前で足を止めたあたしに、聞いてもないのに自分の状態を伝えてくる。



 だからどうした——と思うしかないあたしはすぐに、持ってきたミヤビのアウターふたつとタクシー代で余ったお金を入れた封筒の入った紙袋を差し出した。



「ありがとう」


 殆ど強制的に貸されたアウターだったのに、お礼を言ったあたしは偉い。



 だけどどういう訳だか、そんな偉いあたしの手から、ミヤビは紙袋を受け取らない。



 それどころか、無言であたしの顔を見てくる。



—―は?



 そう思うしかなかった。



 まさか「ありがとう」のあとに「ございました」を付けろとでも思ってるのかと思った。



 当然、誰が言うかとも思った。



 そんなあたしに。



「俺の話聞いてたか?」


 ミヤビは訳の分からない事を言いだす。



 次いで。



「お前今、これ渡してサクッと帰ろうとしてたろ」


 当たり前じゃんと思う事を言う。



 今度は何の因縁を付けられるのかと思った。



 また、予測不能な言動が飛び出してくるんじゃないかと身構えた。



 でも身構えたって意味はない。



 ミヤビみたいな奴はいつだって、物事の主導権を握ってる。



「行くぞ」


 そう言って突然歩き始めたミヤビに、唖然とするしかなかった。

 


「何やってんだよ。さっさとついて来い」


 数歩先で足を止めてこっちに振り向いたミヤビを見て、呆然とするしかなかった。



 ミヤビの思考回路がどうなってるのかマジで分からない。



 何をどう考えて、その結論に達したのか全く想像が出来ない。



「腹減ったっつっただろうが」


 最早、通常の人間とは違う思考回路を持ってるとしか思えないミヤビは。



「飯食い行くぞ」 


—―は?

 


 そうとしか思えないあたしを置いて、また歩き始めた。

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