移ろい


 リオンさんが凄い人だと改めて痛感する事になったのは、断る事の出来ない頼み事をされた翌日だった。



「あたしの兄貴が家から勝手に持っていった黒いロングコートを、あたしの元に戻してください」


 リオンさんに対して得る事が出来た、頼み事を聞く代わりにこっちの頼み事も聞いてもらえるという特別な権利を行使したあたしのバイト先に、翌日もやって来たリオンさんの手には、クリーニング屋の袋に入ったミヤビのロングコートがあった。



 たった一日で、兄貴を見つけ出したどころか、コートを手に入れてクリーニングまで済ませてしまうリオンさんの能力ちからは計り知れない。



 そんな事を何の苦もなくって感じでやってのけてしまう人だからこそ、絶対に逆らっちゃいけないと思った。



 もしかするとリオンさんの早すぎる行動には、あたしに改めてそう思わせる意図もあったのかもしれない。



「クリーニングは俺からのサービスだ」


 リオンさんはそれだけ言って、レジカウンターにコートの入ったクリーニング屋の袋を置くとすぐに帰っていった。





 ミヤビのコートが手許に返ってきた事で計算外の事が起きた。



 バイトが終わって家に帰ったら、あたしのダウンのコートが消えてた。



 当然ダウンのコートが消えた理由は兄貴が持っていったから。



 今度アウターを買う時は絶対にユニセックスにするのはやめようと思った。



 ミヤビのスカジャンを肌身離さず持ってて、マジで良かった。





 その日、なかなか眠りに就けなかったのは、明日の放課後ミヤビにコートを返しにいこうと決めてたから。



 出来ればミヤビに会いたくない。



 そう思ってるのに、それが叶わない状況が憂鬱で眠れなかった。



 ミヤビと出会った事を悔やんだ。



 コートやスカジャンを貸してきたミヤビに腹が立ちもした。



 ミヤビの予測不能な言動や、バグりすぎてる距離感に、翻弄されるのももう嫌だ。



 あたしの意思に反して変わっていく現実が受け入れられない。



 眠れなくて寝返りばかり繰り返してた時、枕元に立てて置いてた紙袋が倒れてるのに気が付いた。



 倒れた紙袋からは、ミヤビのスカジャンが少し飛び出してた。



 だから何となく。



 本当に何となく、そのスカジャンを掴んで自分に引き寄せた。



 スカジャンからは微かにミヤビの甘い匂いがした。



 ミニバンの中で嗅いだ時には息苦しさしか感じなかったその匂いに、何故か少し心が落ち着いた。



 だからだと思う。



 気付けばミヤビのスカジャンを抱き締めて眠っていたのは。





 受け入れられないのは本当に、変わっていく現実だけなんだろうか。

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