ひとつの出来事
些細なひとつの出来事が、思いもよらない展開を引き起こすというのを、これまで経験した事がない訳じゃない。
誰が関わるかによってその出来事の変化の仕方が違うという事を、知らない訳でもない。
それでもミヤビに付随する出来事の展開は、今まで経験した事がない広がり方や進み方をして、あたしは制御が出来ないまま、その激流のような展開に呑み込まれる。
それは、ミヤビのような人間が今まであたしの周りにいなくて、ミヤビが何を考えてるか分からない所為なのかもしれない。
言動の予測が出来なければ、先手も打つ事が出来ない。
ミヤビはいつだってとんでもない角度から、とんでもない展開を切り込んでくる。
言うつもりはなかったのに、コートを持ってくるって言ったのは、ミヤビがうるさかったからに他ならない。
とにかく黙らせたくて言ってしまった、脊髄反射みたいな「持ってくるってば」って言葉は、言ってすぐに後悔した。
ただ後悔したところで手遅れではあった。
しかもあたしとしては、持ってくるって約束が最終的にミヤビと連絡先を交換するって事態に発展するとは思ってなかった。
あとから考えても、連絡先を交換するって流れになった意味が分からなかった。
あのあと。
あたしのスマホと自分のスマホを手慣れた感じで操作し終えたミヤビは。
「こっち来る時、連絡して来い」
そう言ってあたしにスマホを返してきた。
返されたあたしのスマホのメッセージアプリの友達欄にミヤビの名前が追加されてた。
しかもミヤビはメッセージアプリだけじゃなく、スマホ番号までもしっかり交換してて、電話帳にもミヤビの名前が入ってた。
「一週間経っても連絡なけりゃ鬼電すんぞ」
笑って言ったから冗談か本気か分からないミヤビのその言葉を聞きながら、どうやったら一週間以内に兄貴を捕まえられるか考えてた。
過去の例から考えても、本気であたしから逃げてる
学校休んで家で張ってたって、そういう時に限って兄貴は帰ってこないし、兄貴の居場所を知ってそうな奴らには関わりたくないし、そいつらに聞いたところで教えてもらえる可能性はほぼない。
でももうそんな事は言ってられない。
出来る事は何でもして、何としてでも兄貴を捕まえなきゃミヤビに追い込まれる。
鬼電なんて冗談じゃない。
ヴィンテージ物だかの高いスカジャンなんて着るのも持ってるのも嫌だから、ミヤビに何度も「いらない」って言ったけど、ミヤビは聞く耳持ってくれなかった。
それでも「いらない」って言い続けたら、最終的に「可愛げってもんがねえな、お前は」と言われた。
別にミヤビに可愛いと思われたいとは爪の先ほども思ってないけど、ミヤビの言い方に何かムカついた。
だから。
「駅まで送って欲しいか?」
意地の悪い笑みを浮かべたミヤビのその言葉を、聞こえなかった振りしてスルー決め込んでひとりで駅に向かった。
そんなあれこれがあって帰って来た家で、改めてスマホのメッセージアプリや電話帳を見て、変な気持ちになった。
これまで家族か地元の知り合いの連絡先しか入ってなかったスマホに、ミヤビの連絡先がある事を異質に感じて、自分のスマホなのにまるで他人のスマホのようで酷く落ち着かなかった。
その落ち着かない感じが薄れてきた就寝前、タクシー代の余った分のお金を返し忘れた事を思い出した。
結局、わざわざ「不思議の国」にまで行って、受付係だか用心棒だかに腕引っ張られて、ミヤビにバグった距離感で接されまでしたのに、出来た事と言えば本当にミヤビのだったのか分からないスマホを返した事だけ。
嫌な気分になった甲斐がないくらい目的を果たせた事が少なくて、自分のぼんくら度合いに呆れた。
しかもヴィンテージ物の高いらしいスカジャンまで持つ羽目になって、そのプレッシャーは半端なかった。
センスがいいのか悪いのか分からない
その紙袋を肌身離さず持ってたのは、あたしの生活水準が庶民以下だから以外にない。
ミヤビのスカジャンがどれくらいのヴィンテージ物かは分からないけど、ネットで調べた限り、ミヤビのスカジャンに似た物は、失くしたり汚したり破れたりした場合にあたしが弁償出来るような値段じゃなかった。
そんな値段がする物を、よくもまあ平気で着てた挙句にあたしに貸したものだと、ミヤビの神経を疑ったほどだった。
だから当然、バイト中も肌身離さず持ってた。
持ってる事さえ怖いけど、持ってるしかない。
レジカウンターの
椅子に座って、足許に置いた紙袋をあたしは両足で挟んでる。
その格好でスマホを手にしてやり続けてるのは、兄貴にメッセージを送りまくる事。
とにかくコートを返せと、一分おきにメッセージを送ってるのに、いつもの如く全然既読にならない。
—―マジいい加減にしろ!
イライラが募って、スマホを握る手に力が入りまくってた。
メッセージを打ちながら、腹が立ちすぎてスマホを床に叩き付けてしまいたい衝動すら起こり始めてた。
それほど必死だったから。
「おい」
レジの前からそう声をかけられるまで、またしてもお客が来てる事に気付かなかった。
「煙草」
第一声で声をかけてきたのが誰だか分かってた通り、目を向けた先のレジ前にいたのはリオンさんだった。
「カートンで」
いつもと変わらない目であたしを見るリオンさんは、 何故だか口許に少しだけ笑みを浮かべてた。
それを酷く嫌だと思った。
嫌な予感がしたのかもしれない。
「いらっしゃい——ませ」
吐いた言葉は歯切れが悪くなって、あたしは誤魔化すように煙草のカートンがある後ろの棚に振り返った。
そんなあたしに向かって。
「なあ、アリス」
かけられるリオンさんの声が低い。
その所為で「はい」と返事をした声が小さくなってしまった。
「この間、
—―
嫌な予感しかしない。
「面白い事って……」
「
「あ、の……」
「攫われたんだってなあ」
「あ——」
「ミヤビって『騎士』に」
どうしてそれを知ってるんだろうなんて、リオンさん相手に思うのは愚問だった。
あんな珍事を、リオンさんほどこの地域の情報に精通してる人が知らない訳がない。
だから知られてる事はどうでもいい。
問題なのは。
「お前、『獣神』と関わりあるのか」
その情報を元に、何が起きるかって事。
ヤバい事が起きるかもしれないって事。
「か——かわってないです」
焦って振り返ったら、リオンさんは真っ直ぐあたしを見てた。
その目に狂気が増してるように感じたのは気の所為かもしれない。
けどもうあたしは完全に、蛇に睨まれた蛙状態だった。
「だったら何で攫われた」
「わ、分からないです」
「なあ、アリス。俺には本当の事言っといた方がいいぞ。お前が『獣神』に関わってるってこの辺の奴らが知ったらどうなるか分かるだろ。そん時お前を守ってやれんのは俺くらいしかいねえんだぞ」
「で、でも本当に分からな——」
「ミヤビは知り合いか」
「ミ、ヤビ……」
「知り合いなのか」
「し、知り合いってほどじゃないです……」
「んでも知ってんのか」
「す、少しだけ……」
「なあ、アリス」
「……はい」
「俺の頼み事、聞いてくれねえか?」
最悪だ——と思ったところでどうしようもない。
あたしなんかがリオンさんに逆らえる訳がない。
仮令リオンさんのする話が、あたしにとってどれだけ嫌なものだったとしても、あたしには拒否する権利なんてない。
ただそれをきっかけに、リオンさんに対して行使出来る、とある権利をひとつだけ得られたのは確かだった。
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