進むも地獄退くも地獄
怖かった。
コートのポケットにスマホが入ってたのが何の罠でもなかったとして、ただ単にミヤビがポケットに入れてたのを忘れてただけだったとしたら、スマホがないって気付いた時点でミヤビがスマホに通話をかけてくるだろうと思ってた。
だからタクシーに乗って家に帰ってスマホの着信音が鳴った時、通話に出る気は満々だった。
でも、画面に表示された着信相手の名前が女だったから出られなかった。
もちろん女のスマホを借りてミヤビが掛けてきてるのかもしれないとは思ったけど、そうじゃなかった場合を考えると出たら面倒臭い事になる気がして、とりあえず画面に表示される着信相手の名前が男のものか、登録されてない番号から掛かってくるまで無視するのがいいと思った。
そう思ったから、女からの通話着信音が切れた時はホッとした。
なのに、それから十五分もしない間にまた着信音が鳴って、画面を見るとさっきとは違う女の名前が表示されてた。
その次も。
そのまた次も。
そのまたまた——。
お風呂に入って就寝する為に布団に入るまでの二時間の間に、着信があったのは十件以上。
画面を確認出来た限りは、そのどれもが女で、全てが違う名前だった。
怖かった。
何回も鳴る着信音がうるさいから電源を切ってしまいたかったけど、スマホを操作してる時に通話が掛かってきて間違って通話中になってしまうかもしれないと思うと、怖くてスマホを触れなかった。
ミヤビのスマホは朝方まで何度も何度も着信音が鳴りまくった。
やっぱりどれもが女で、全てが違う名前だった。
いい加減スマホをぶっ壊してやろうかと思った頃、ようやくスマホの充電が切れてくれた。
その頃には睡眠を散々邪魔されて腸煮えくり返ってたから、「死ね、ミヤビ」と心から思ってた。
ミヤビのスマホの所為で睡眠不足になった土曜日は、スマホを返しに行こうなんて気持ち全くなかった。
それどころか本当に捨てて、知らん顔してやろうかと思ったくらいイラついてた。
ただ、そんなイラつきの中でも分かった事がひとつある。
初めてミヤビに会った時、「不思議の国」の通りでミヤビとカナタが話してる内容に出てきた「リスト」ってのは、多分渡された名刺の「Black List」ってクラブの事なんだろうって。
コートを持って来いって言ってた事からも考えて、「リスト」と呼んでるクラブに、ミヤビたちはよく行ってるんだろうと思われる。
だけどまあ、それが分かったところで何がどうって訳でもないんだけど。
スマホを返さないとヤバい事になるかもしれない——と、冷静に考えられるようになったのは、日曜の夜遅くだった。
ミヤビがスマホを落として失くしたと思ってくれてたらいいけど、コートに入れた事を覚えてたら、あたしが住んでる地域が分かってるから、取りに来るんじゃないかと思って焦った。
この地域に住んでる人間で、アリスって名前の女子高生は、あたしの知る限りあたししかいない。
あたしはミヤビを知らなかったけど、この地域にのさばってる奴らは、ミヤビを見ただけで、ミヤビがあの「獣神」の「騎士」だって分かるに決まってる。
そんなミヤビがこっちにやって来て、誰かにあたしの事を聞き回って、あたしを探してるってなった日には、
だから早くスマホを返さなきゃって思った。
もしかしたら今この時、あたしの地元の繁華街でミヤビがあたしの事を聞き回ってんじゃないかと焦った。
誰かが家に乗り込んで来やしないかと、一晩中警戒してた。
その警戒が取り越し苦労だったと分かったのは、月曜に学校に行った時。
学校の前で誰かに張られてる事もなく、学校にいるその手の奴らに特に何かを聞かれる事もなく、ジュンヤもルナもいつも通りで何かを知ってる風でもなかったから、今のところまだミヤビがこっちに乗り込んできてるって事はなさそうだった。
とりあえず、
当然スマホと一緒にコートを返すつもりではいたし、タクシー代を払って余ったお金も返そうと思ってた。
なのに。
—―マジふざけんな、あの
バイトから帰った家であたしがすぐに気が付いたのは、兄貴が帰って来てた痕跡とミヤビのコートがなくなってる事。
あたしのモッズコートが捨てるようにリビングに置いてあったから、兄貴がミヤビのコートを持っていったのは一目瞭然。
焦りに焦って兄貴に電話を掛けまくっても、あの野郎は当たり前に出ないし、スマホにメッセージを送りまくっても既読にもならない。
マジどうしようって愕然とした。
スマホだけ返しに行くって、どう考えてもおかしいから出来る訳がない。
絶対に、コートはどうしたって思われるだろうし、コートだけ返さないって何のつもりだって思われるだろうし。
思われるどころかミヤビの事だから絶対言ってくるだろうし。
何なら因縁付けられるか喚き散らかすかされるだろうし。
その場合のいい言い訳なんて何にも思い付かない。
コートだけ返さない事を納得させられる気がしない。
でもスマホは返さなきゃヤバい。
ミヤビがいつこっちに乗り込んできてもおかしくないんだから、早く手を打たなきゃ拙い。
どうしよう。
どうすればいいんだろう。
一晩中考えてても、いい解決策を思い付かなかった。
やっぱスマホは罠でしかなかった。
あたしを地獄に突き落とす為の罠だった。
スマホを返しに行ったって地獄。
返しに行かなくたって地獄。
問題は、どっちの地獄を選ぶかって事だけ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。