第17話 肉を切らせて骨を断つ

とある船の上……


「っん……ふわぁーあ、寝過ぎたな」


 男は甲板で昼寝をしていた。

 

「鳥の声がいい目覚ましになったな」


 男は腰を上げて甲板に立つ。

 そして眠そうに目元を擦りながら空を見上げた。


「もうすぐ着きそうだな」


 男はそう口にすると船の先頭へと向かった。



---



 ファンデルによってキクラデス様式の家が初めて建てられた日から二週間が経過した。


「……となると、この道を進んだ方がいいですね」

「あぁ、その道なら問題ないはずだ」


 俺たちは今、地図を見ながら様々な意見を出し合っている。

 トリーニの港の復興作業はほとんどが終わり、俺たちは次の目的地への準備を始めたのだ。


「そろそろ一度休憩にしましょう」


 話し合いを始めてから既に2時間程度経つ。

 そろそろ集中力も切れ始めるころだろう。

 いや、集中力が切れている人は既に出ている。


「クローリアさん、大丈夫ですか?」

「はっ!もうご飯!?」

「ガチ寝じゃねぇーか」

「違うよ!少しぼーっとしてただけだから!」

「流石に無理があると思う」

「ノマー、信じてよー!」


 クローリアさんたちがいつも通りの会話を始めたので、俺は外に出ることにした。

 あの会話が始まったらしばらく建物の中は賑やかになるだろう。


「それにしてもすごい光景だな……」


 俺は外に出た瞬間に目の前に現れる光景に圧倒される。

 真っ白な建物が建ち並ぶその光景は、まるで何十年もその場にあったかのようである。

 初めて見た人は、誰も数週間前に完成したものだとは思わないだろう。


「あっ、勇者様!」

「お疲れ様、ファンデル」


 散歩をしているとファンデルに声をかけられた。

 彼は今、港の道の整備に動いてくれている。

 建物が一通り完成したため、細かい作業は他の者に任せている。


「毎日すごい速度で街が出来上がっていくことに驚くよ」

「いえ、勇者様の知識がなければこの速度で完成させることはできませんでした」


 彼は謙虚な対応をしてくれたが、実際尋常ではない速度で街の整備は進んでいる。

 この世界には魔法があるため、全体的に工事の時間は短縮されると分かっていた。

 だが、それにしても異常な速度で建物は建ち、道が引かれていった。

 それはファンデルの、大工の力のおかげである。

 工場から出ずに指示を出し、物が形作っていく奇妙な光景は既に日常なものとなっていた。


「そういえば今日は工場から出てきたんだな」


 普段この時間は工場にいるはずの彼が外にいるのはとても珍しいことである。


「はい、今日は領域の外に道を引かなければ行けなかったので」

「あぁー、なるほど」


 領域の外なら彼の魔法で道を作ることはできない。


「よし、俺も手伝うよ」

「ありがとうございます!」


 今は休憩時間だ。

 久しぶりに体を動かすとしよう。



---



「っ…おっ…重すぎる!」


 俺は完全に調子に乗っていた。

 非戦闘員並の身体能力しかない俺がファンデルと同じ労力を発揮できるわけがなかった。

 彼から受け取った荷物の一部を目的地に運ぶだけで一苦労であった。

 明日は筋肉痛確定だ。


「無理はしないでくださいね」

「だっ、大丈夫!」


 それでも年下の前では格好つけたいのが男の性である。

 俺はファンデルにとってのカッコいいお兄さんでありたいのだ!

 

「それでここが領域の外か……」


 俺が重たい荷物を運んでやってきたのは港の外れである。

 船の係留所の一部であったが、あの嵐によって崩壊してしまっている。

 今日はここの修復を行うらしい。


「それじゃあ始めますね」


 ファンデルはそう言うと目を瞑った。

 そして何か言葉を口にした。

 それと同時に眩しい光が発生したため俺は目を瞑ってしまった。


「……これは?」


 光が収まったのを確認して目を開けると、ファンデルの足元には魔法陣が形成されていた。


「これは簡易領域です」


 俺の疑問にファンデルが答えてくれた。


「大工は工場を中心に領域を形成しますが、簡易的なものなら工場無しでも領域を形成できます。あくまで簡易的なものなので、自身の魔力を大幅に消費してしたり、範囲が狭かったり、不便な点は多いです」


 ファンデルは説明しながらすでに作業を始めている。

 俺とファンデルが運んできた材料がどんどん加工され、係留所が修復されていく。


(なるほど、ファンデルが一人で行動してたのはこういう理由か)


 領域外なのに一人で修復しに行くことに違和感を感じていたが、今の彼の様子からして1人で充分だとすぐに分かった。


「これなら何の問題もなく修復できそうだな」

「グウァ」

「というか、俺のいる意味全くなくね!」

「グウァ」

「やっぱそうだよな……?」


 俺は相槌が聞こえた方を見た。

 そこには魚に腕と足が生えたような生物がいた。


(あれ?隊員にこんな亜人いたか?)


「えーと、どちらさまですか?」

「グウァーーー!!!」


 俺の質問に答えるように目の前の生物は口元の牙を覗かせて飛びついてきた。


「勇者様!!」


 ファンデルの声と同時に目の前の生物は炎に包まれた。


「グアァァーーー!!!」


 その生物は慌てて海に飛び込んだ。


「あ,おおぁぁーー!!」


 俺はようやく目の前で起きたことを脳で処理して尻餅をついた。


「大丈夫ですか!?」

「あ、あぁ、助かった……」

「いえ、まだ助かったわけではなさそうです」


 ファンデルの震えるような声で俺は気がついた。

 俺たちを囲むように海から顔を出している生物の存在に。


「あれは何ですか?」

「あれはアプルルカと言われる魔物です」


『鑑定』


---


『アプルルカ』


魔物の一種。水中を主な住処としているが、陸での活動も可能。鋭い牙が特徴。火に弱い。


---


「ファンデル、あの魔物は火に弱いみたいだ。さっきみたいに火を起こせるか?」

「できないことはないですが、場所が悪すぎます。ここは彼らに有利な場所です。いくら燃やしてもすぐに海に逃げられてしまいます」


 ファンデルの言う通りだ。

 先ほど炎に包まれたやつもすでに何食わぬ顔をしてこちらを見ている。


「なので、俺が時間を稼いでる間に逃げてください」

「えっ、」

「今ならまだ間に合います!早く!」

「くっ、必ず戻る!それまでなんとか持ち堪えてくれ!」

「えぇ、まだ勇者様の力になりたいので死ぬわけにはいきません」


 俺はファンデルの魔法を合図に飛び出した。

 目の前の魔物は次々と炎に呑まれていく。

 俺はファンデルが作り出した道から囲いの外へと抜け出した。


……


「はぁ、はぁ、嘘だろ……」


 ファンデルの元から2分ほど走り続けた。

 そんな俺の目の前にはアプルルカが立ち塞がっていた。

 最短ルートで人のいる場所を目指して、海沿いを走ったのがまずかったのだ。

 

(魔物は一体。ここを突破しなければ俺もファンデルも助からない。なら、やるしかない)


 俺は足元に転がっていた石を手にした。

 素手で殴るより多少は効果があるだろう。


「うおぉぉーー!!」


 俺は勇気を振り絞って前に飛び出した。

 そして拳を振り下ろす。


……


「クソ、腕使えんのかよ」


 俺の振り下ろした拳はアプルルカの手によって止められてしまった。

 そして既に牙が俺の左肩に食い込んでいた。


(クソ、ここまでかよ……いや、まだだ!)


「グオォーー!!」


 俺は噛みつかれた痛みに耐えながら左手を上に振りあげた。

 俺の拳は魔物の顎を完璧に捉えた。

 まともに顎に攻撃を喰らい、魔物はふらつきながら倒れた。


「肉を切ら……」


 魔物に俺の左肩の肉を持っていかれてしまった。

 痛さがギリギリ気絶を防いでくれているうちに前に進まなければいけない。

 そうわかっていても体がまともに動かない。


「……流石に、それは無理が、あるだろ」


 そうこうしているうちに新たなアプルルカが俺前に現れた。

 そして俺の傷を見るやいなや真っ直ぐに襲いかかってきた。


「死んでたまるか!」


 俺は右手で反撃しようとした。

 だが体は思ったように動かず、反応が遅れた。


(あっ、喰われる)


 そう思った瞬間、目の前のアプルルカが真っ二つになった。


 何が起こったのか全くわからなかった。

 本当に突然の出来事だった。


 だが次の瞬間、俺に別の驚きが訪れた。

 真っ二つに別れた裂け目から男が一人現れたのだ。

 ラッセンさんでもないし、モロクさんでもない。

 剣のようなものも持っていない。

 まるで突然その場に現れたかのようだった。

 そしてその男は俺に向かって親指を上に立てて、


「肉を切らせて骨を断つ、ナイス健闘だ!」


 そう口にした。

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