第16話 扉

「おはようございます、勇者様」

「モリースさん、手伝いありがとうございます」


 ファンデルやクローリアさんたちが集まる前にモリースさんがやってきた。

 彼にはあるものを運んできてもらったのだ。


「それにしても大工とは凄いですね。噂には聞いていましたが、これだけの建物を一日で作り上げてしまうとは」

「えぇ、俺も驚きましたよ」

「このペースなら補給部隊が合流する頃には、完全な形になっているかもしれませんね」


 実は生存圏奪還作戦には二つの部隊が存在する。

 俺たち勇者部隊と、補給部隊の二つである。

 勇者部隊は先導して、土地の調査とその改善策を見つける。

 そして、人々が住める環境を整える役割を担っている。

 それに対して補給部隊は、勇者部隊が取り戻した生存圏へと住民を移動させ、街の発展や管理などを担当する部隊である。

 勇者部隊は基本的に王都に戻らないが、補給部隊は王都と街を往復して、より安全な環境を作り上げるのだ。


 そんな補給部隊だが、当初はこの街での合流ではなく、この先に作る拠点で合流の予定であった。

 しかし、トリーニの港が壊滅していたため一度ここで合流することになったのだ。

 連絡は魔道具のようなものを使うらしいが、こまめに連絡が取れるほどのものではないらしい。

 直近の連絡は港の瓦礫を片付け終わったタイミングである。


「補給部隊は無事につきますかね?」

「大丈夫ですよ。彼がいますから」


 流石にシーサーペントのような魔物はでないと思うが、それでもこの航海は楽なものではない。

 しかし、モリースさんが自信を持って大丈夫だと言っているのには理由がある。


「第一王子ですか……」


 第一王子 グリス・ボストール

 直接お会いしたことは一度もないが、彼については様々な話を聞いている。

 まず、彼は大の女好きらしい。

 40歳にも関わらず、結婚せずに遊び回っている問題児?だと聞いた。

 しかし第一王子の武勇はすごく、魔王軍の残党を積極的に討伐している。

 だからこそ、結婚しないという特別待遇が許されているのかもしれない。


「愉快な方なので勇者様もすぐに打ち解けられますよ」

「そうだと嬉しいですね」


 遊び回っているが、人望がある。

 俺はそんな第一王子がとても気になっている。

 彼と会うのがとても楽しみだ。



---



「俺が最後だな」


 ラッセンさんが最後に来て、全員が工場前に集まった。


「皆さんに集まっていただいたのはあることを伝えるためです。実は、皆さんに建てていただいた建物はまだ未完成なのです」

「どういうことですか?」

「ファンデルに伝えた完成形は現在のものですが、ここからさらにもう一工夫します」


 俺はそう言いながら、あるものを皆に見せた。


「これはイロヅケムシから作り出した、染色材です」


 綺麗な青色の染色材を皆が覗き込んだ。


「それをどう使うつもりですか?」

「これを建築物の扉や壁の一部に塗ります」

「それにはどのような効果があるんだ?」

「効果ですか……」


 彼らにとって目の前の建物は、利便性の塊のようなものである。

 そしてその建物を提案したのは俺である。

 なら、この染色材にも何かしら効果があると考えるのが普通だ。


「特にないですね」

「特にない!?」


 俺の発言に全員が驚いた。


「この染色材には、白魔石のように魔力を吸収する効果はありません。この土地の問題点を解決することには何の役にも立ちません!」

「それならどうして……」


 それならどうして使うのか。

 ファンデルがそう考えるのは無理もない。


「これは俺の遊び心です」

「遊び心?」

「そう、遊び心です」


 大事なことだから2回言った。


「この世界にはこれから平和な時代が訪れるでしょう。魔王に奪われた土地を取り返し、人々が自由に過ごせる……そんな世界を作るのが私たちの役目です」


 全員が頷いた。


「そんな時代が来た時に、ただ便利なだけの家ではつまらない。俺はそう思います!!」


 俺はそう言いながら染色材の入ったバケツを持ち上げた。

 そしてハケを手に持ちバケツの中へと突っ込んだ。


「王都からこの土地に訪れる人が、将来他の土地から旅をしてきた人が、刺激を感じられるものにしたい。俺はこの世界を、取り戻した土地を、遊び心のある場所にしたい!」


 俺はたっぷり染色材のついたハケをバケツから取り出す。


「「これが!」」


 俺は目の前の扉にハケをつける。


「「その一歩目です!!」」


 そしてハケを真っ直ぐ振り下ろした。

 ハケの通った場所は綺麗な青色に染まっている。


……


「……えーと、これが俺のやりたかったことです」


 世界から音が消えたような静寂の中俺は言葉を続けた。


 正直俺のやってることは自己満足の行動である。

 この世界を地球に近づけようとしているだけなのかもしれない。

 あの日みた、光景をただ再現しようとしているだけなのかもしれない。

 だけど……

 それでも……


「俺はこの世界の人に、」

「遊び心、大事だよね!!」

「えっ、」


 俺はいつのまにか目の前まで来ていたクローリアさんに驚いた。


「私はハジメンの考えに大賛成だよ!」


 そう言うと、彼女はバケツに入っていたハケを手にした。

 そして俺の青色の線の隣にハケを合わせると、真っ直ぐ振り下ろした。


「はい、これで私も共犯だね!」


 彼女は振り向いて笑顔を見せた。


「その言い方だと、まるで悪いことをするみたいじゃねぇか」

「モロクさん、」

「チッ、勘違いすんじゃねぇぞ。俺は少しでも世界が良くなれば良いと思っているだけだ」

「なによくわかないんこと言ってんのー」

「うるせぇー、早くよこせ」


 モロクさんはクローリアさんからハケを受け取ると、彼女の描いた線の横を塗った。


「ハジメ、俺たちはお前たちの考えが大好きだ。そうじゃなければ、勇者パーティーなんて呼ばれていないさ」

「ハジメはもっと自分の考えに自信を持っていい」

「ラッセンさん、ノマさん……」


 二人もモロクさんに続いて染色材を扉に塗った。


「勇者様、あなたの理想を私は見てみたいです。誰もが旅ができる時代、その時が楽しみです」

「モリースさん……」


 モリースさんも扉に青色の線を描いた。


「勇者様、俺はあなたから学ぶべきことがたくさんありますね」

「ファンデル……」

「今までの時代は、どれだけ耐えられるか、どれだけ役に立てるのか、そういったものが重視されてきました。でも、時代が変わった今必要になってくるのは、勇者様の言う遊び心ですね。平和な時代の幕開けとなる建物に関われて、俺は幸せです」


 ファンデルはそういうと残った部分を全て青色に染めた。


「俺は必ず、理想を実現させます!」


 俺の目の前には青色の扉がある。

 それはたった一つの扉である。

 だが、その扉は新しい時代の幕開けを示す象徴である。

 これから先、ずっと続いていく平和な時代の扉である。


 俺が選び、進み出した道。

 そしてその道を共に進んでくれる人たちがいる。

 平和な時代の扉はすでに開いた。

 これから訪れる時代を作るために俺は全力を尽くしたい。

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