第15話 領域

 豆腐のように切れる石材。

 急に現れる炎。

 宙に浮かぶ様々な道具。


「すげぇー、異世界だ……」


 目の前の光景に圧倒されよくわからない感想を呟いてしまった。


「確かに石材がこれだけ簡単に加工できるなら、1日であれだけの建築物ができる……か?」


 加工された石材があっても建築物を造るには時間がかかるはずだ。


「ハジメン、大工をただの魔法職だと思っちゃダメだよー」


 クローリアさんはニヤニヤした顔で俺の方を見てきた。


(ただの魔法職じゃない?そもそもこの世界での魔法職とは?)


 俺はまだまだこの世界について知らないことがたくさんある。

 彼女たちにとっては常識的なことも俺にとっては全てが新しいことである。


(とんでもないクソスキルだが、俺にとっては必要不可欠なものだな)


 俺は珍しく感謝の気持ちを抱きながらスキルを使用した。


「鑑定」


---


『魔法職』


魔力を使用することで様々な現象を起こす者。自身の魔力や大気中の魔力など、使用する魔力は職によって異なる。



『大工』


工場を中心として領域を形成する魔法職。土地の魔力を活用することができる。


---


「領域?」

「そぉ、領域だよ!やっぱりハジメンは賢いね!」

「いや、鑑定スキルで知っただけなんですが……」

「それも含めてハジメンは賢いんだよ!」


 正直クローリアさんの考えは分からないが、褒められて嬉しくないわけではない。


「それで領域ってどのようなものなんですか?」

「それに着いては俺が答えます」

「ファンデル、いいのか……って、もうこんな時間か」


 外を見るとすでに日は沈み暗くなり始めていた。


「今日の仕事はここまでですね」

「お疲れさま」

「いぇ、まだまだやるべきことがあるので明日からも精一杯頑張ります!」


 俺は魔法を使えないため正確には分からないが、一日中魔法を酷使したのだから相当疲れているはずだ。


「勇者様は領域が何か知りたいのですよね?」

「そうだけど、疲れているなら無理しなくていいからね」

「これくらい大丈夫ですよ。オヤジの修行の方が何倍も辛かったので」

「そういうことなら教えてもらおうかな」


 俺は苦い顔をしたファンデルに軽く笑いをこぼしながら、領域に着いて教えてもらうことにした。


「領域というのは、簡単に言うと俺の魔法が使える範囲です。大工の場合はこの工場を中心に領域を形成しています。領域内では土地の魔力を使用して魔法を行使することができるため、俺自身の魔力はほとんど消費されません。つまり、俺は一日中働いても大丈夫というわけです!」

「いや流石に精神や体は疲れるんだから、ゆっくり休んでくれよ」


 ファンデルは元気だとアピールするが、今倒れられたら困るためゆっくり休んでもらいたい。


「ファンデルが一日中魔力を使えることはわかったけど、それだけだと建造物が1日であれだけ建つ理由がわからないな」

「それも領域と関係があります。俺の領域は工場を中心にしているだけで、工場だけではないのです」

「つまり、工場の周囲も領域ということか?」

「そうです。勇者様、一度外に出て近くの建物まで移動してみてください」

「あぁ、分かった」


 俺はファンデルの言うとおりに外に出た。

 そして一番近くに建てられた建物へと移動した。


(それにしてもよくできてるな。俺のイメージ通りの建物だ)


 俺は目の前の真っ白な建物に感心していた。

 その時、


「ウオッ!?」


 俺の目の前の壁から石材が一つ飛び出したのだ。

 そしてその石材は宙を舞うと、再び元の場所へと収まった。


「勇者様、今魔法を使いました!」

「あぁ、確かに見てたよ。すごいな、この力は!」


 工場から十数メートル離れているが、ファンデルは体の一部を動かすかのように魔法を使うことができるのだ。

 この世界の大工とは……


「俺の常識には当てはまらないな!」



---



「なるほど、領域を広げるための魔力は自身の魔力を消費するのか」

「はい。そのため、どこまでも領域を広げられるわけではないのです。なので、この港全ての建物をすぐに完成させることはできません。力になれずすみません」

「いやいや、君がいなければこの港だけでも一年は軽く必要だったよ。本当に助かった」

「ありがとうございます!俺の力が勇者様の役に立てて良かったです!」


 ファンデルはとてもいい笑顔を見せてくれた。


 日もすっかり暮れてしまったため、俺たちは既に作業を終えている。

 今は夕食の前にファンデルと少し話をしていたのだ。


「ファンデル、明日の朝工場に来てくれるか?見せたいものがあるんだ」

「分かりました!」

「返事が早いな!!」

「勇者様の指示ならなんでも聞きますよ」

「それはありがたいが、俺だって過ちを犯すことはあるし、わからないことだらけだからな。あんまり期待してくれるなよ」


 やはりこの世界において勇者という存在はデカすぎる。


「フフフ」

「なんかおかしなことがあったか?」

「いえ、なんでもありません」


 ファンデルは不思議な笑いを浮かべていた。

 まぁ、あれくらいの年頃なら突然笑い出すこともあるだろう。

 俺も彼ぐらいの歳の時は、何もかもが面白く思えたからな。

 そうあれは……


「…メン、ハジメン!」

「うわぁ!」

「やっと気がついた!」


 気がつくと俺の目の前にクローリアさんの顔があった。

 どうやら、自分の世界に入りすぎていたようだ。


「すみません、少しぼーっとしてました」

「チッ、しっかりしろよ」

「ハジメ、休んだほうがいいんじゃない?」

「無理は禁物だぞ。しっかり睡眠時間はとれよ」


 クローリアさん以外にもモロクさん、ノマさん、ラッセンさんも一緒だ。

 

「勇者様、皆様をお連れしました」

「ありがとう」


 俺は四人を連れてきてくれたモリースさんにお礼を伝えた。


「それでハジメンは私たちに何の用があったの?」

「皆さんにも明日の朝工場に集まって欲しいんです」

「も?」

「ファンデルにもその場に来てもらうつもりです」

「何か面白いことを思いついたんだね!私はもちろんオッケーだよ!」

「私も問題ない」

「俺も大丈夫だ」

「チッ、仕方ねぇーな」

「ありがとうございます」


 どうやら全員集まってくれるようだ。


「用事はそれで終わりか?」

「作業の進行具合など聞きたいことはたくさんありますが、とりあえずメインの話題は終わりました」

「そういうことなら、先にご飯にするか!」


 ラッセンさんはそう言いながらワイルドボアを見せてきた。


「どうやらここら辺にはこいつらがたくさんいるらしい。今日の夕飯も豪華なものになるぞ!」


 ワイルドボアの肉は疲れた体によく染み渡り、ぐっすりと眠ることができた。

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