第14話 大工とは魔法使いである

「「おおぉぉーー!!」」


 どうやらファンデルは上手くやったようだ。

 俺の部屋までやる気に満ちた声が聞こえてきた。


「勇者様、何やらとても嬉しそうですね」

「そうですね。ようやく前に進めたからですかね」


 俺は今モリースさんと一緒にいる。

 理由は彼に相談したいことがあったからだ。


「それで勇者様、私に相談したいこととはなんですか?」

「確か、積荷の中にイロヅケムシがありましたよね?」

「はい、王都周辺でしか入手できないものなので念の為積んであるはずです」

「良かった、それなら計画も順調に行きそうだ」

「計画とは?」


 キクラデス様式を活用し、白魔石を利用した建築物をつくる。

 ここまでは全員が共有している情報だ。

 だが俺が伝えたキクラデス様式には、一つ抜かした情報があったのだ。

 それはあえて伝えていなかった情報なのだ。


「モリースさん、旅をしたことはありますか?」

「旅?ですか……兵として訓練で島の奥地まで行ったことはありますが、勇者様たちのようなものは一度も経験したことがないです」

「勇者様たちのような……」


 彼がイメージした旅は、魔王を倒すために今までの勇者たちが進んだ軌跡だろう。

 だがそれは、辛く苦しいことが多いものだったはずだ。

 

「俺は全ての人が旅を楽しめる世界をつくりたいと思ってます」

「全ての人ですか?」

「えぇ、兵士も商人も子供達もです」


 俺は旅が好きである。

 旅先でいつも新しい刺激を受け取ることができる。

 自分の足で新たな土地へ行く、これは何にも変え難い体験である。

 だがこの世界の人々は何百年もの間島に閉じ込められ、旅をすることができていない。

 先代の勇者が魔王を倒しても、未だ人類は外の世界に進めていない。


「この土地を取り戻した話はすでに王都で広まっているでしょう。しばらくしたら多くの人たちがこの街を訪れらでしょう。さらに時間が経てば、この街は他の街へと移動する拠点になります。そして私たちが全ての土地を取り戻したとき、多くの人は好きな土地へと移動する自由を手に入れられる」


 誰もが旅をできる時代が訪れた時、機能性だけの建築物が並ぶ街に魅力は生まれるだろうか?

 旅ができるようになっても、旅をする魅力が無いのでは話にならない。


「王都の建物はとてもカラフルで魅力的でした。暮らしていくだけなら不必要なほどカラフルです。五百年前、人類が自由に移動できた頃から王都のイロヅケムシは特産品だった。きっと、王都の建物がとてもカラフルなのは、王都を訪れる人が楽しめるようにするためだったと思います」

「そんな理由が……」

「あくまで想像です。ですが、王都を知らない者からしてみれば、あの景観は素晴らしいものだったと思います」


 今の世界は王都を知らずに育つものはいない。

 あの綺麗な景観も日常の一部なのだ。

 だが、よそから来た俺には分かる。

 あの景観は機能性だけを追い求めたものではない。


「この街も王都のように、訪れたものに新たな刺激を与える場所になって欲しい。だから現状の機能性だけを突き詰めた建築では未完成なんです」

「なるほど、そこでイロヅケムシの出番ということですね」

「そうです。この港は現状王都との唯一の貿易港で、イロヅケムシを活用するには最適の土地です」

「イロヅケムシを使えばこの街もカラフルにできますね」

「それもいいですが、せっかくなら……」


 俺は用意していた計画を伝えた。

 計画といっても、俺の案は全て記憶と経験の中から持ってきたものだが。



---



「よし、とりあえず成功だ!」


 気がつけば窓の外はオレンジ色に染まり始めていた。

 最近時間の流れが早く感じる。

 充実した時間を過ごせている証拠なのだろう。


「そろそろ外の作業も終わる頃なので、進捗具合を確かめに行きましょう」

「はい!」


 ファンデルに任せた作業はどれくらい進んだだろうか。

 人数もいたし、もしかしたら家の一つも建っているかもしれない。

 俺はそう期待しながら扉を開けた。


……


「えっ?」


 俺は数秒間扉を開けたまま静止していた。

 

「勇者様!?突然固まってどうしました!?」


 突然目の前で止まった俺を心配してモリースさんが前に出てきた。

 そして俺と同じように動きを止めた。


「すっ、すごい……」


 どうやら彼も俺と同じように圧倒されているようだ。

 しかし、目の前の光景は本当に現実なのかまだ疑ってしまう。

 それほど……


「なんて美しいんだ!」

「えっ、そこ!?」


 モリースさんの言葉に俺は思わず突っ込んでしまった。

 まさか、美しさに驚いていたとは。

 いや、確かに美しさは驚くに値するレベルのものだと思う。

 だが、それ以上に


「もっと驚くべきことがあるでしょ!!」

「勇者様!?」


 いかん、大きな声を出してしまった。


「すみません、ですが流石に突っ込ませてください。モリースさん、美しさよりまずはこの進捗具合に驚かないのですか?」


 そう言いながら指を刺した先には、数十軒ものキクラデス様式の家が並んでいたのだ。


(もしや俺は時間を飛び越えてしまったのか。それとも集中しすぎたあまり、一週間近く経過していたとか?)


 衝撃の光景に俺はよくわからない発想に至っていた。


「あっ、ハジメン!!」

「クローリアさん!」


 そんな俺にクローリアさんが声をかけてきた。


「ハジメン、疲れたよー。変わってよー」

「やっぱり俺の気づかない間に数日が経過していたのか!?」

「ハジメンがおかしくなってる!?私より全然疲れてそうで心配しちゃうレベルなんだけど!!」


 クローリアさんの反応からして、流石に数日の経過というのは妄想だったようだ。


「クローリアさん、作業の進捗が想像よりとても早いのですが……」

「ん?確かにファンデル脳では想像以上だったけど、大工がいるからこれくらい普通だと思うよ!」

「いやいや、大工が一人いても1日で家が數十軒も建つなんておかしいですよ」

「「ん??」」


 俺の言動にクローリアさんだけでなく、モリースさんまで首を傾げた。


「あっ、そうか!!」


 クローリアさんは何か思いついたかのように手を叩いた。


「モリース、私の代わりにこれ運んどいてくれる?」

「分かりました!」


 クローリアさんは運んでいた石材をモリースさんに渡した。

 そして自由になった手で俺の手を握ると、


「ハジメンの疑問を解決するには直接見るのが一番だよね!!」


 そう言いながら駆け出した。


「いや、急ですね!!」


 俺は驚きながらもクローリアさんの手に引かれて移動した。



---



「えーと、本当にここが工場ですか?」


 クローリアさんに連れられてきた場所は、ファンデルの仕事場である工場である。

 もちろん俺も何度か来たことがある。

 だからここが工場であることはわかっている。

 それでも、


「俺の知ってる工場は、こんなに眩しく光らないんですが」


 工場の窓からは赤や緑など、様々な色の光が外に漏れ出していた。


「やっぱりハジメンは知らなかったよね。そういえば、あっちの世界とこっちの世界では大工の意味が違うって言ってたなー」


 どうやら俺の知ってる大工にファンデルは当てはまらないようだ。


(いったいこの扉の先に何が待っているのだろうか……)


「お邪魔しまーす!!」

「ちょっと待ってください!?」


 俺の緊張と期待を壊すかのようにクローリアさんが工場の扉を開けた。

 あまりの勢いに俺もクローリアさんと一緒に工場の中に入ってしまった。


「あれ、勇者様?」

「や、やぁ、ファンデル……」


 俺の目の前にはハチマキを巻きつけたファンデルがいた。

 その姿に俺の知ってる大工と大きな違いはない。

 だが明らかに異質なものがあった。


「えーと、その足元のやつは何?」


 俺はファンデルの足元を指した。


「これは魔法陣ですよ!」


 魔法陣……

 そう、魔法陣なのだ。

 使い込まれた工場の中にある違和感の塊、それが魔法陣なのだ。

 大工と魔法陣なんて対極にいたしてもおかしくない組み合わせである。


「何か問題がありましたか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」


 一体どこから突っ込めばいいのだろうか。


「ファンデル君よ、心配することなど一つもないさ」


 いつもと口調の違うクローリアさんが俺とファンデルの間に入った。

 そして俺の方を向きながら腰に手を当て胸を張った。


「ハジメ君、賢いクローリア姉さんが特別に教えてあげよう」


「「「大工とは魔法使いである!!!」」」


 この日俺はまた一つ異世界について賢くなった。

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