第10話 吸魔石
トリーニの港の問題を解決するため『キクラデス様式』に着目した俺は、石灰岩の代わりになるものを探そうとしていた。
しかし、土地勘の無いクローリアさんと単純に知識のない俺では、目的のものを見つけることはできない。
そんな悩みの前に現れたのが、大工を名乗る青年ファンデルだった。
「勇者様、俺の力をあなたのために使わせてください!」
「いいのか?」
「はい。俺はあなたに恩を返したいのです!」
「えーと、君とは初対面のはずだけど……」
俺は目の前の青年とは初対面のはずだ。
確かにファンデルという名前は名簿に載っていたが、直接的な関わりはない。
「そうですね。少し俺の話をしてもいいですか?」
協力してもらうのなら尚更彼のことを知っておきたい。
俺は無言で頷いた。
「俺のオヤジは優秀な大工でした。その腕は国一番と言われるほどで、この港でも研究所の修復や建物の建築をしていました。でもオヤジは今回の災害で死にました。崩れる建物から俺を庇って動けなくなったんです。そして最後に、」
「俺のつくる建物じゃこの先へは進めねぇ。今回もたかが嵐で崩れちまって情けねぇ……。ファンデル、お前には才能がある。必ず俺より優秀な大工になる。お前ならこの先へ進んでいける。だから生きろ!生きて人類の道をつくれ!」
「……俺はオヤジを残してその場を離れました。そして数秒後、俺の後ろは瓦礫に完全に押しつぶされました。俺はなんとか生き残ることができましたが、オヤジを見捨てた罪悪感に囚われ続けました。もう二度と会うことのできないオヤジへの罪悪感を。そんな俺が再び動き出すことができたのは勇者様のおかげなんです。俺は二度と会えないと思っていたオヤジに会えました。俺はそこで自分が託されたものを思い出せたんです。だから俺はあなたの力になりたい!」
彼は俺と同じだ。
自分の使命を果たすために足掻こうとしているのだ。
「ファンデル、君の力を俺に貸してくれ!」
「はい!」
俺は熱い想いを抱いた青年と強く握手した。
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「……というわけなんだが」
「なるほど、白い石で陽射しを吸収する。そのための石材がこの近くにないのか……あるにはあるのですが」
彼は何やら都合の悪い顔をした。
そしてクローリアさんと俺の顔を見た。
「お二人がいるのなら大丈夫でしょう。案内しますね」
今の反応からして危険な場所にあるのだろうか。
俺をあてにされるのは困るが、クローリアさんがいれば大丈夫だろう。
俺は隣で楽しそうに弾んでいる彼女を信頼して、ファンデルについて行った。
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港から少し離れた森に入ってすぐにファンデルは足を止めた。
「あっ、それがあったか!!」
俺たちが案内された場所には真っ白な岩石が地表から姿を現していた。
見た目だけならまんま石灰岩である。
「クローリアさん、知っていたんですか?」
「ごめん、ごめん。すっかり頭から抜けていたよ。でもそれかー、それしかないのかぁー」
「何かまずいことが?」
「うーん、これは白魔石って言うんだけどね。とりあえず鑑定してみなよ!」
それもそうだ。
「鑑定」
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『白魔石』
周囲の魔力を吸収して成長する魔石。
別名、吸魔石。
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まさに現状を打開するにはぴったりな物である。
「最高の石じゃないですか!」
「あれ?もしかして鑑定スキルで出なかった?」
「ん?」
「これは吸魔石とも呼ばれる物なんです」
「確かにそれは説明に出てきたが、」
「吸魔石と呼ばれる要因は、魔物を吸い寄せるからです」
「魔物を、吸い寄せる!?」
俺が調べた限りではそんな情報はでなかった。
だがそんな性質があるのならこれを建築材料に使うなど到底無理な話である。
(だが、俺の鑑定スキルは情報を見抜く力だけは確かである。特徴的な性質があるなら見えるはずなのだが……)
「……吸魔石か。本当に魔物が寄ってくるのかしたいのですが」
「ハジメンは自分の目で見ないと納得しないタイプだよね!しばらくここで様子を見てみよう!」
「ありがとうございます」
俺たちは木の上へと移動してしばらく石を観察してみることにした。
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「本当に来るとは……」
観察を始めて15分ほどで魔物はやってきた。
イノシシのような見た目だが、その牙はとても大きく、俺なんて軽く吹っ飛ばされそうである。
だが、
「なんか動きが悪くないか?」
俺はその魔物に違和感を感じた。
「あれはなんていう魔物ですか?」
「ワイルドボアよ。あいつのお肉は美味しいのよ」
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『ワイルドボア』
巨大な牙を持つ魔物。突進力が凄まじく木を容易になぎ倒す。その肉は非常に美味であり、美味しい魔物代表である。
左後ろ足に怪我あり。
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「やっぱり、」
俺はワイルドボアの鑑定に現在の状態を知りたいという意識を混ぜた。
その結果目の前の個体に怪我があることがわかった。
「吸魔石に集まってきた魔物はしばらく周囲をうろうろしてどこかに行くのよ」
クローリアさんの説明通りワイルドボアは石を中心に周囲を回っている。
「魔物が寄ってくることは納得できた?」
「……はい」
「それじゃあ、あれは皆へのお土産にしよう!」
そう言った瞬間、目の前からクローリアさんの姿が消えた。
「お肉調達完了!」
いつの間にか彼女はワイルドボアを仕留めていた。
どうやら脳天に刃を突きつけて一撃で仕留めたようだ。
「よし、戻ろうか!」
俺はいくつか腑に落ちないこともあったが、今日のところは戻ることにした。
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「おぉ!!ワイルドボアじゃねぇか!」
港へと戻った俺たちが最初に出会ったのはラッセンさんだった。
どうやら魔物がやってこないか監視していたらしい。
ラッセンさんを加えて俺たちは進んだ。
「おっ、モロク!そろそろ昼飯にしようぜ!」
「もうそんな時間か。ん?お前らが持ってるそれワイルドボアか?」
「あぁ、とれたて新鮮だぞ」
「そりゃいいな。俺も一緒に戻るぜ」
妙にご機嫌なモロクさんも俺たちに加わった。
「そろそろ来る頃だと思ってた」
「なんだ、この匂いでも嗅ぎつけたのか?」
「そう。私結構好きだから」
俺たちのからの拠点はすでに完成していてノマさんが待っていた。
「あのー、俺場違いじゃぁ」
「気にするな」
「そうよ」
「そうよ!そうよ!」
「こいつの方が場違いだろ」
ファンデルは気まずそうにしていたが、ラッセンさんたちは誰も気にしていない。
皆気さくに、
「ちょっと、喧嘩はやめてくださいよ」
モロクさんとクローリアさんが一触即発の雰囲気になっていたので、慌てて仲裁に入る。
せっかくの楽しいお昼を台無しにするわけにはいかない。
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「これがワイルドボアの肉!」
俺たちの前にはとてもジューシーなステーキが並んでいる。
自然とよだれがこぼれそうになり、俺は慌てて口を塞いだ。
「それじゃあ、いただきます!」
俺は手を合わせた。
「いただきます……懐かしいな」
「久しぶりに私たちもしようよ!」
「まぁ、悪くねぇな」
「ファンデルも、こうやって手を合わせて」
「こ、こうですか?」
「うん、バッチリ!」
「「いただきます!」」
元気よく聞こえるその挨拶は、異世界をまるで日本のような雰囲気にした。
「う、うまい!」
俺は目の前のステーキを口にしてほっぺが落ちるかと思った。
あの魔物がこれほど美味しいとは、さすが異世界である。
「すぐに用意してくださりありがとうございました。本当に美味しいです!」
俺はとってきたワイルドボアをすぐに捌いて調理してくれた料理人に感謝する。
「いえいえ、勇者様が綺麗に仕留めてくださったおかげですよ」
「仕留めたのは俺ではありません。彼女が仕留めてくれました」
「そうでしたか。さすが勇者様のお仲間ですね。脳天のみを貫いており、他の部分は余すことなく利用できます」
「脳天だけ?」
俺は今の言葉に違和感を感じた。
確かあの魔物は怪我をしていたはずだ。
「あのー、魔物は左後ろ足に傷はありませんでしたか?」
「傷ですか?そのようなものはなかったはずですが……」
どうやら俺にはまだ調べることがありそうだ。
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