第5話 出航

 王都の街を飛び出してから1時間ほど歩いただろうか。

 俺の目の前の視界が開けるのと同時にそれは突然現れた。


「うおぉーー!!」


 それは人が何百人も乗れる大きさの船であった。


「目的地到着!」


 ここに来るまでの道のりでこの船が俺たちを大陸へ連れて行ってくれることは聞かされている。

 

(それしても、デカ……いや、ゴツいな)


 ただ大きいというわけではなく、その船には戦うことを前提に作られたような凄みが感じられた。


「あっ、勇者様!」

「この声は、モリースさん!」


 俺は聞き馴染みのある声の方を見ると、そこではモリースさんが手を振っていた。


「どうしてモリースさんがここに?」

「私も勇者様の旅を支える部隊に志願したのです」

「それは大変心強いです!」


 生存圏を取り戻すというこの作戦は、なにも俺たち五人だけに課せられたものではない。

 現在船の上で出発の準備をしてくれている方たちなど、多くの人がこの作戦に協力してくれている。

 大陸側にも船を止める港があり、そこには現在進行形で生存圏を取り戻そうと戦っている人たちがいる。

 

「勇者様、出発の準備はまもなく完了します。船に乗って待機していてください」

「わかりました」


 俺たちはモリースさんの案内で船へと乗り込んだ。



---



「この景色は何度見ても悪いもんじゃねぇな」


 モロクさんは水平線を見ながらそう呟いた。

 水平線には大陸の影一つすら見えない。

 地図は頭に入っているが、それでもこの先へ進んでいくと考えることは怖いものである。


「なに、大陸との間は何度も航海が行われている。そんなに不安がることもない」


 ラッセンさんの言うとおりだ。

 この国は多くの勇者を大陸へと届けている。

 現在も大陸とこの島の間を船は行き来している。

 心配はいらないだろう。


「出発まで少し散策してきますね」


 俺は出発まで船を回ることにした。



---



『船』


船である。


---


「いや、流石にこれはないだろ……」


 俺は鑑定の結果に項垂れた。

 俺の鑑定スキルはろくなものではないことはわかっていた。

 だがこの結果には流石にため息の一つもでる。


(調べ方が悪いのか?)


 俺は船を『船』として鑑定した。


「すみませんこの木材はなんですか?」


 俺は足元にはられている木材について近くの人に質問してみる。


「そいつはカヤシだな。この船に使われている木はほとんどがそいつだな」

「ありがとうございます!」


 俺は再び鑑定スキルを使用する。


---


『カヤシ』


非常に魔力を帯びやすい。加工もしやすく幅広く利用されている。木剣として利用されていた時代もある。


---


「よし!」


 まずは使用されている木材の鑑定に成功した。

 そしてその情報を元に船を鑑定してみる。


---


『船』


六割がカヤシによって作られている。その影響により、船自体も魔力を大変帯びやすい。


---


「なるほど、仕組みがわかってきたぞ」


 俺の鑑定は名前を理解することで鑑定が可能になる。

 そこまでは理解していた。

 だがそれだけでは不充分な場合もあった。

 それがこの船のようなものを鑑定するときである。

 船自体には明確な名前がない。

 『船』という単語だけでは、鑑定したいものを指定することができないのだ。

 だがそこに、『カヤシ』という情報を加えることで目の前の船に着いての情報が付け加えられる。

 そしてより詳細な鑑定結果を導けるのだ。


「って、普通はこの作業を鑑定で行うだろ!」


 俺はあまりに回りくどい工程に声を出した。

 そのせいで周りから変な目で見られてしまった。



---



『キプセルルス』


非常に魔力を帯びやすいカヤシを用いて作られた船。12回の航海に成功している。魔物撃退装置、防護結界が搭載されている。全長……


---


「ようやくこれだけ情報が集まった……」


 俺は船について多くの人から情報を集めた。

 船の固有の名前が分かってから情報がより詳細なものに変わったが、もはや自力で集めた情報といっても差し違えないものであった。


「まぁ、ないよりマシぐらいだな」


 俺の鑑定スキルはおまけぐらいのものなのだ。

 

「あっ、ハジメン発見!!そろそろ出航だってー」


 クローリアさんが手招きしている。

 俺は重たい腰を上げて彼女の方へ向かった。



---



「チッ、待たせやがって」

「モロクも今来たところでしょ」

「あぁ!?俺の方が断然早かったわ!」


 俺がクローリアさんと共に着いた時には既に全員が揃っていた。

 共に大陸へと渡る全員が。


「せっかくだし出航の合図をするってことになったんだ。そしてその役目なら、お前が一番だろ」


 ラッセンさんが俺の背中をおした。

 全員から期待の目線が向けられる。


 この場合どのような声かけが正解なのだろうか?

 「野郎ども……」は、違うだろう。

 別に俺たちは海賊というわけではない。

 「世界を救いに……」も違うだろう。

 世界はすでに一度救われているのだ。

 なら、


「土地を、景色を、そして故郷を取り戻しに行きましょう!!」

「「うおおぉぉーー!!」」


 水平線の先を目指して船は動き出した。

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