第4話 旅の始まり
『勇者』
この言葉はこの世界でとても大きな意味を持つ。
そしてこの言葉はある特定の人物を指している。
魔王との争いが始まってから500年、数多くの勇者が生まれ、そして消えていった。
そんな中、異世界から召喚された一人の勇者が魔王を倒し、500年の争いに終止符を打った。
そしてこの勇者は『勇者』という言葉そのものになったのだ。
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「おい、何震えてんだよ」
モロクさんに背中を叩かれた。
「流石に緊張しますよ……皆さんはずいぶん余裕ですね」
「当たり前だろ、俺たちは魔王を倒した英雄だぜ」
そうだ、彼らは英雄だ。
この世界の誰もが知る英雄なのだ。
こういった経験を何度もしているのだろう。
俺は今、勇者として出発式を迎えようとしている。
俺の存在がこの世界の人に伝えられ、生存圏奪還へと旅立つ式である。
『勇者』というこの世界では重すぎるその名前を使うことに、俺は緊張が治らないのだ。
(落ち着くためにも、今日までの出来事を振り返ろう……)
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俺は王様から呼び出され、先代勇者パーティーと共に、生存圏の奪還を誓った。
その後、これからの行動について詳しい説明を受けた。
まず衝撃的だったのが、今いるこの王都は大陸ではなく島であったことだ。
魔王との争いで追い込まれて、島まで追い込まれてしまったらしい。
島といっても、地図を見た限りそれなりの大きさであった。
感覚的には、四国ほどだろうか。
そんな島にあるのがこの王都ボストールで、人類の唯一の生存圏である。
この王都が島国であるということは、生存圏を取り戻したい大陸には海を渡る必要がある。
魔王討伐前と後での大きな変化としてあげられるのは、港の設置らしい。
この島と大陸を繋ぐ港が整備されたようだが、そこから先へは手をつけることができていないようだ。
先代勇者パーティーは大陸の端にある魔王城まで旅をしている。
彼らは選ばれし者たちだ。
彼らが移動できたからといって、一般人が住めるわけではない。
俺の使命はそれを可能にすることである。
全ての知識を使って、誰もが暮らせる場所にする。
そのために俺はここにいるのだ。
それから数日の間、この世界の常識について学んだり、稽古をつけてもらったりした。
まぁ、稽古は酷い惨状だったが……
それでも俺は異世界を楽しんでいた。
自分の使命をまっとうするため、努力することは苦ではなかった。
そんな日常も長くは続かない。
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「ふー、」
「落ち着いたようね」
「えぇ、皆さんのようにはいきませんけどね」
ノマさんの言葉にも軽く返せる程度には落ち着くことができた。
「ハジメン、そろそろだってー」
「リア、その変な呼び方はやめたらどうだ?」
「なんでラッセンに注意されなきゃいけないの」
「俺は構いませんよ」
「ほら、ハジメンが認めてるんだから!」
「ハジメが良いなら構わないが……」
「ほら、あいつが言ってたでしょ。『俺のいた世界では名前の後ろにンを付けて呼ぶのが親しい呼び方だ』って」
「うっ、確かに言っていたが……ハジメそれは本当のことなのか?」
「まぁ、間違ってはいません」
先代勇者は一体どんな知識を吹き込んだのだろうか。
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いよいよだ。
あと数十秒後に俺は大衆の前に立つ。
王様の話に対する反応から、とてつもない人数が集まっていることがわかる。
(まぁ、当然のことか)
新たな勇者の旅立ちとして用意されたこの舞台の注目はとてつもないものである。
先代勇者が築き上げた『勇者』という言葉の重みがよくわかる。
ドッ
今から俺は、
ドッドッ
今から俺は、
ドッドッドッ
「大丈夫だ」
「安心して」
「ハジメンならできるよ!」
「チッ、お前はお前だろ」
俺の背中に四人の手が置かれた。
不思議と心臓は鳴りを潜めた。
「行ってきます」
俺は前へと踏み出した。
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「あれが勇者様か……」
「なんか噂で聞いてたのとは違うな……」
俺の耳はどうなってしまったのだろうか。
数十メートル先、そして何メートルも下にいる人たちの声が聞こえてくる。
城の前に集まった人たちの目が一斉に俺に向けられている。
とてつもない人数だ。
これだけの人数を一度に目にすることなんて、もちろん経験がない。
「「……大丈夫だ」」
俺の声が響き渡る。
思わず漏れた言葉が全体に拡散された。
仕組みは事前に聞かされていたが、魔道具と便利なものである。
(いや、そんなことよりやらかした!自分に向けた言葉が拡散されるなんて!初っ端から躓いた!)
一気に汗が吹き出した。
ざわついていた人たちも一斉に静まり返ってしまった。
(どうする、どうす……
「「「うおぉぉーーー!!!」」」
俺の思考を遮るかのようにとてつもない歓声が上がった。
静まり返っていたのが嘘みたいだ。
意味はわからなかった。
だがその歓声を聞いて俺の中のアドレナリンが噴き出した。
「「俺は召喚された勇者、タナカハジメです!魔王が勇者に討たれてから二十年の月日が流れました。
しかし人類は、未だ生存圏を取り戻せずにいます!失われた土地に、失われた記録……500年の争いで失われたものは多くあります。俺の使命はこれらを取り戻すことです!二十年の間進まなかった話が、俺が一人召喚されたところで進むわけがないと思われるかもしれない。不可能だと思われるかもしれない。しかし、勇者は500年の争いを終わらせました。誰もが不可能だと思った偉業を成したのです!」」
俺は今一度大きく息を吸う。
「「俺は勇者として、人類の生存圏を取り戻すと誓う!」」
俺の全ての言葉が、静まり返った会場に響き渡った。
そして次の瞬間、
「「「うおぉぉーー!!」」」
今日一の歓声が上がった。
「「勇者!勇者!勇者!」」
鳴り止まない勇者コール。
俺はやりきったという感情で満たされていた。
「この後何が起きるのかな?」
ん?
「俺は勇者様の剣が見たいなー!」
どうやら俺の耳は本当に調子がいいらしい。
最前列でこちらをキラキラした目で見てる子供達の声が聞こえてきた。
勇者である俺に期待してる声が上がっている。
だが、俺にはそんなことはできない。
期待に応えられるようなことは何もできないのだ……
「勇者様がそんなことをするはずがないだろ!」
お父さん!
「勇者様はきっと空でも割って見せてくれるさ!」
お父さん!?
俺は落ち着いて周りを見渡すと、誰もが期待した目を俺に向けている。
(やるしかないのか?)
俺は心の中で葛藤する。
そもそも、空を割ることを期待されるとか、勇者に対する期待値が高すぎる。
俺は助けを求めるようにラッセンさんたちの方を見た。
ラッセンさんは腕を組んでこっちに笑顔を向けている。
ノマさんは普段と変わらない表情を浮かべている。
クローリアさんは楽しそうに跳ねている。
モロクさんはニヤついた表情でこっちを見ている。
残念だが、彼らに頼ることはできない。
俺一人でここを乗り切らなければいけない。
期待されている勇者にならなければいけない。
そもそも勇者ってなんだ?
勇者ってどういう意味だ?
ゲシュタルト崩壊を起こしながら俺は一つの答えに辿り着いた。
「勇気がある者」それが「勇者」だと。
俺の運は高いらしい。
賭けることができるのは、その運の高さぐらいだ。
俺は数歩後ろに下がる。
そして勢いをつけて走り出す。
そしてバルコニーから観衆めがけて飛び込んだ。
「「俺が勇者、タナカハジメだー!!」」
---
アドレナリンとは恐ろしいものである。
精神状態が普通なら決してこのような行動はしなかっただろう。
俺の死因、飛び降り……
いくらなんでも悲しすぎるだろう。
おい、神様!
そろそろ出てきてくれてもいいんじゃないか?
俺は真っ黒な世界で神に語りかけた。
しかし返事は返ってこない。
あの神のことだ、すぐには出てこな……
「いつまで目を瞑ってるの?」
「えっ?」
俺は聞こえた声に反応して目を開いた。
途端に世界に色が戻った。
そして真下に大勢の観衆が見えた。
「おっ、おぉ!?」
俺は飛んでいた。
地面に激突することなく空中に浮かんでいるのだ。
「まさか本当に飛び降りるとは思わなかったよ!」
俺の横をクローリアさんが飛んでいた。
そして自身の体が光の粉のようなものに包まれていることに気がついた。
俺が飛べている理由はこの粉にあるのだろう。
「これはクローリアさんが?」
「もちろん!妖精の粉って呼ばれている、私のとっておきよ!」
「ありがとうございます」
「詳しい話は後でするから、今は飛ぶことに集中してね!」
「はい!」
空を飛んでいたのはクローリアさんと俺だけではなかった。
ラッセンさんと、モロクさんと、ノマさんも空を飛んでいたのだ。
「このまま王都の外まで飛ぶから、しっかりと手を振っておけよ!」
「はっ、はい!」
俺は下に見える人たちに向かって手を振った。
「スゲェー!」
「勇者様!!」
「勇者ハジメーー!!」
俺に向かって暖かい言葉がたくさん飛んできている。
空を飛ぶことができているのは、俺の、勇者の力ではない。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
俺は勇者なのだから、勇者として彼らに接するのだ。
俺は王都の外に出るまで手を振り続けた。
---
「うおっ、」
地面に着地すると体のバランスを保てず、尻餅をついてしまった。
感覚的には、ジェットコースターに乗った後に、足元がふらつく状態に近い。
「チッ、情けないな」
「モロクも最初はこうなっていたけどねー」
「俺はもっとしっかり立っていたさ!」
クローリアさんとモロクさんが揉め始めたので、俺はラッセンさんとノマさんのところに移動した。
「一体何がどうなってるんですか?」
「それはこっちのセリフだ。ノマとリアがいなければあのまま地面に激突していたぞ」
「うっ……すみませんでした」
「それくらい問題ないわ」
「おいノマ、こいつはあいつとは違うんだぞ。あいつ基準で考えちまうのは俺たちの悪い癖だ」
「助かったんだからいいじゃない。それに大勢の期待に応えられたわけだし……ハジメ、私に感謝しなさいよ」
「あ、ありがとうございます……?」
俺を浮かしてくれたのはクローリアさんである。
ノマさんはそれについてきただけのはずだ。
(まぁ、細かいことは気にしなくていいか)
「いつまでそっちで話してるのー!」
クローリアさんの声が離れたところから聞こえた。
いつのまにかモロクさんとクローリアさんの揉め事は終わっており、少し離れた位置で俺たちを待っている。
すぐに俺たちは駆け足で二人の元まで追いついた。
「ハジメン、ここから君の旅が始まるんだよ!」
二人の元まで追いついた俺の視界は一気に開けた。
目の前に広がる草原、そしてその先に広がる海に俺の鼓動は高らかに鳴っている。
「懐かしいな……」
「お前はこの景色を見るのは初めてだろうが」
思わず漏れた俺の言葉にモロクさんのしっぽによるツッコミが入った。
(こんな気持ちになるのは久しぶりだな)
もう長いこと忘れていたこの気持ち。
俺が世界を回っていたあの頃の。
そんなに昔ではないはずなのに、いつのまにか忘れてしまっていた。
「またここから始まるな」
「そうね。ラッセンはだいぶオッサンになっちゃったけど」
「そうね」
「おい」
「歳なんて関係ねぇよ。男は幾つになっても夢を見続けるもんだ」
「モロク、珍しくいいこと言うなー」
「うるせぇ」
俺にとっては初めて旅。
彼らにとっては二度目の旅。
「さあ行こうぜ、勇者ハジメ!」
俺の旅は今始まった。
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