第3話 先代勇者パーティー

 翌日、俺は街に足を運ぶことになった。


 昨日はいろいろと疲れており熟睡することができた。

 勇者の正式な発表は後日するらしい。

 

「ハジメさん、どこか行きたい場所はありますか?」

「勇者になったら気軽に街中を歩けないらしいですから、今日は市場などを見たいですね。今日は案内よろしくお願いします、モリースさん」


 俺に街を紹介してくれるのは王家の騎士の一人のモリースさんだ。

 年も近く、俺も話しやすい。



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「これが、異世界……」


 城の門が開かれ広がった視界を前に、その言葉が俺の口から漏れた。

 城の立地は街の中央の丘である。

 つまり俺の目線には街の半分が全て収まっているのだ。


「モリースさん、早くいきましょう!」

「そうですね」


 俺は異世界の街に足を踏み入れた。



「なるほど、異世界と言っても建築技術は地球と似ているな……この街並みなんて『ロウ・ハウス』で構築されている」


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『ロウ・ハウス』


境界壁を共有する複数の戸建て住宅が連続している形式の低層集合住宅のことで、一般的にはテラスハウスの名前で呼ばれている。

18世紀末期〜20世紀初頭にかけて、アメリカ東部を中心に建築された。

歩道から階段を上がったところに玄関と階段が、歩道と建物の間には半地下が存在する。


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「土地を効率的に使い、建築コストも低いこの方法で、この街に人が暮らしているのか……」

「ハジメさんは建築に詳しいのですか?」

「前の世界で少し、」


 俺は前の世界で建築会社に勤めていた。

 だが知識の元はそこではない。

 俺の知識の根幹は学生時代に経験した世界旅行にある。

 俺は世界中を旅してさまざまな建築物や人と関わった。

 その経験が俺の知識となって、今があるのだ。


「ん?」


 俺は街中の様子を目に焼き付けながら進んでいた。

 すると俺の視界に特徴的な人物が写った。

 

 全身が鱗のようなものに覆われて、尻尾が生えている。

 しかしその体型は人間と同じように見える。


「彼は亜人ですね」

「亜人?」

「人間とは少し異なる特徴を持つ方々ですね。500年前までは差別の対象だったらしいですが、魔王との争い、そして勇者パーティの影響で今では差別はほとんどないですね」


 奪われた生存圏というのは彼らの住まいもあったのだろう。

 むしろ、特殊な環境と言っていたから彼らの方が生存圏を奪われた主な被害者なのかもしれない。

 


---



「うぉー!これが市場!!」

「ハジメさん、声が大きいです」


 王都の中央に広がる市場には、今まで見たことがないものが並んでいる。

 今こそ『鑑定』の出番である。


 俺は早速近くにあったカラフルな虫を鑑定した。


 ……?


「そうだ、名前を知らないと使えないんだった!」


 俺はこの自称チートスキルのことを忘れていた。

 名前を知りたいのに、それが知れないなんてもはやクソスキルである。


「ハジメさん、これはイロヅキムシですよ」

「イロヅキムシ?」


 モリースさんに教えてもらった名前を意識しながら俺はもう一度虫を鑑定する。


---


『イロヅキムシ』


王都ボストール周辺に生息する虫。

原色は白であるが、魔力を加えることで様々な色に変化する。

染色に利用できる。


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「おぉー、確かに鑑定できてるな」


 名前を理解した途端、目の前の虫から情報を得ることができた。


(染色に利用できる……もしかして!)


「モリースさん、もしかしてこの建物がカラフルな理由はこの虫を染料として使っているからですか?」

「さすがですね。ハジメさんの考えの通り、この街の建物にはイロヅキムシを利用しています。王都周辺でしか取れないらしいので、昔は大変重宝されていたらしいですよ」


 昔は……か。

 現在この世界の人類の生存圏は王都だけらしい。

 500年前のこの世界はもっと色々なもので溢れていたのかもしれない。

 もっと美しい景色があったかもしれない。


「……見てみたいな」


 俺はこの世界の全てを知りたくなってしまった。



---



 その後市場で様々なものを鑑定した。

 不思議と鑑定したものは頭の中に深く刻まれた。


「ハジメさん、そろそろ戻りましょう」


 4時間ほど街を散策し、雰囲気を楽しむことができた。

 これからの異世界生活はとても楽しいものになると確信できるほど、新たな出会いがたくさんあった。



「モリースさん、今日はありがとうございました」

「こちらこそ、勇者様と同行できて楽しかったです。また機会がありましたら、次はモーリーと呼び捨てにしてください」

「なら俺のことはハジメと呼んでくださいね」


 城に着くと俺はモリースさんと別れた。

 年も近く、彼とはこれからも友好的な関係を築きたい。



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「勇者様、こちらへ」


 部屋についた俺は王様からの呼び出しを受けた。

 すぐに部屋を出て、案内されたのは城の中の客室であった。


「勇者様が参られました」

「入るが良い」


 メイドさんが扉をノックすると中から王様の返事が聞こえてきた。


 メイドさんが扉を開ける。


「失礼しま……」


 俺の首元に刃が突きつけられていた。

 一瞬だ、意味がわからない。

 ただ、一歩前に足を踏み出せば間違いなく死が待っている。


「王様、本当にこいつが勇者か?」


 俺に刃を突きつけてきた男は不服そうに口を開いた。

 俺は横目で確認すると、その男には鱗と尻尾があるのが確認できた。

 街で見た亜人と同じ見た目である。


「相変わらずお前は気が早いな」

「ごめんねー、彼は少し試しただけだから」

「しかし、今のが避けられないとは……」


 俺は正面に視線を戻す。

 部屋の中央に三人いる。


「ちっ、情けねぇーな」


 俺に刃を突きつけていた亜人は舌打ちすると、三人のところに移動した。


「勇者よ、すまない」


 四人が別れて王様の姿が見えた。


「彼らは先代勇者パーティー、この世界の英雄達だ」



---



 この世界はすでに魔王が討伐されている。

 二十年前に異世界から召喚された勇者の手によってその偉業はなされた。

 だが勇者は魔王を討伐した後、元の世界へと帰ってしまった。

 ではこの世界から英雄は消えてしまったのだろうか?


 いや、そんなことはない。

 魔王討伐の偉業はゆうしゃが一人で成したものではない。

 彼には仲間がいたのだ。

 争いでは多くの仲間が散って行ったが、最後まで勇者のそばにい続けたもの達がいる。


 それが勇者パーティー。

 この世界の英雄である。



---



 俺は王様から目の前の四人について軽く説明を受けた。

 この世界の英雄、それが目の前にいるのだ。


「は、初めまして。私は田中一、26歳です。勇者として召喚されましたが、まだまだ力不足なことは理解しています。これから精一杯身を粉にして働きますので、よろしくお願いします!」


 俺は全力で頭を下げた。


「フッ、アハハハハー」

「おい、笑いすぎだ」

「だって、あいつと雰囲気全然違うんだもん。勇者って聞いてたからてっきりあいつみたいなタイプだと思っていたのよ」

「まぁ、わからないでもない。勇者だというのにここまで腰が低いとは思わなかった」

「ちっ、情けねぇーな」


 俺の前の四人はどこか楽しそうに、そして懐かしそうな表情を見せた。


「ハー、ハー、笑い疲れたー。ハジメが自己紹介してくれたわけだし、私たちもしないとよね」


 一際テンションの高い女性が前に出てきた。

 まるで浮いているかのような軽い足取りだ。

 いや、本当に軽い……


「えっ、浮いてる!?」

「アハハハ!やっぱ君面白いね!」


 目の前の女性は確かに地面から浮いているのだ。


「確か君たちの世界には私たちのような人はいないらしいからね。私は鳥人のクローリアよ!」


 彼女はそう言うのと同時に、背中の羽を広げた。

 とても美しい羽であった。

 彼女が広げるまで全く気がつかなかった。

 まるで直前まで消していたかのように。


「突然現れたって思ってるでしょ。秘密はこれよ」


 彼女の羽の色素が落ちていく。

 そして完全に透明になった。


「す、すごい」

「そうでしょ、そうでしょ!」

「でもこれって……」


 彼女は自分のことを鳥人だと名乗った。

 この世界の亜人の一種なのだろう。

 羽があるし大まかに言えば鳥人なのかもしれない。

 だが彼女の羽は鳥とは全く異なるものなのだ。


「妖精の羽」


 そう、妖精の羽なのだ。

 俺の鑑定が使えれば正確な情報が分かったのかもしれないが、全く情報は出てこない。

 この場合何が名前にあたるのだろうか?

 基準も明確ではないクソスキルである。


「よく分かったわね……。確かに私の羽は妖精の羽と呼ばれているわ。他の鳥人とは少し違う特別な羽なの。詳しい話もしてあげたいけど、そろそろ次の人に回してあげないとね」


 これ以上は詳しい話になってしまうだろう。

 彼女の自己紹介はそこで終わった。


「お前が話しを止めるとは……リア、成長したな」

「どういう意味よ」

「はっ、鳥頭には難しい話だったな」

「鳥頭って言うなー!!」


 彼女のは彼らのパーティーの中ではいじられ役のようだ。


「次は俺の番だな」


 パーティーのまとめ役であろう男性が一歩前に出た。

 明らかに他の人と違う風格がある。

 歳の差だろうか。

 他より一回り歳が多そうである。

 いや、勇者が魔王を討伐したのは二十年前だから、彼の見た目が普通のはずだ。

 異世界だからなんとも言えないが、亜人は全体的に老化の進行が遅いのかもしれない。


「俺はラッセンだ。こいつらと違って肉体の全盛期はすぎちまっているが、まだまだそこらへんの若造に負けるつもりはない。よろしくな」

「よろしくお願いします」


 本人は謙遜しているが、どう見ても若造に勝てるとは思えない。

 正直争いの無い世界にいた俺には強さを見極めるなんてことはできないが、彼には圧倒的な信頼と強さを感じる。


(この感覚は、会社の上司に近いな)


 俺は会社でお世話になった先輩の姿と目の前のラッセルさんを重ねた。


 次に前に出たのは綺麗な女性だ。

 口数は四人の中で最も少ない寡黙な女性である。


「私はノマ。ハーフエルフよ」


 若く見えるのは種族の特徴なのだろう。

 俺の世界の常識に当てはめていいかわからないが、エルフ族は長命である。

 ハーフとはいえ彼女もおそらく長命なのだろう。


「あなた強くないわね」

「まぁ、身体能力は非戦闘員並らしいですから」

「それは残酷ね。でも安心して、私が守るから」

「は、はい。ありがとうございます」 


 距離感の掴みにくい女性だ。

 だがその顔はとても優しく微笑んでいる。

 

 そして四人目、最後の一人が前に出た。

 つい先程まで俺の喉元に刃を突きつけていた者だ。


「俺はモロク。お前のことは認めてねぇーからな!」

「はぁー、モロクは相変わらず勇者大好き少年なんだから」

「もう少年じゃねぇよ!」

「コイツは前の勇者のことが大好きでな、少し拗らせてるだけなんだ。悪いやつじゃないから、仲良くしてやってくれ」


 なるほど、彼は勇者の厄介ファンというわけだ。

 実力のない俺では彼の理想の勇者にはなれないだろう。


「勇者よ、彼らをここに呼び出した理由はただ一つ。其方と共に生存圏の奪還をしてもらうためだ。彼らは魔王との争いで失われた領土を旅しておる。必ず其方の力になってくれるはずだ」


 俺には武力がない。

 魔王を倒した英雄達が仲間になってくれる、これほど心強いことはないだろう。


 俺は膝をついて王様の方を見た。

 

「王様、俺の身体能力は高くありません。特別な力もありません。俺が使えるのは、前の世界で身につけた知識とこの体一つです。その全てを使って、生存圏を取り返してみせます!」


 覚悟はとっくにできていた。

 一度死んで、異世界に行くことが決まった時から。

 まぁ、最初は魔王討伐なんてことを考えていたけど……

 でも、むしろ俺向きかもしれない。

 生存圏を奪還する。

 この目的には俺の持っている知識を使うことができるはずだ。


「よく言った!」


 俺の背中をラッセンさんが叩いた。

 

「うん、君は君のままでいいよ!」


 クローリアさんが笑顔で隣に歩いてきた。


「戦闘は私たちに任せなさい」


 いつのまにかノマさんが隣に来ていた。


「チッ、最低限の覚悟はできているようだな」


 モロクさんがめんどくさそうに笑った。


 俺を真ん中に四人が一列に並んで膝をついた。


「ハジメ、ラッセン、クローリア、ノマ、モロク……人類の未来を頼んだぞ!」

「「はい!」」

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