第2話 異世界の問題は現実的でした
異世界に転移させられた俺は大勢の人から視線を集めた。
(よし、状況を整理しよう)
現在俺の目の前にはたくさんの人がいる。
つまりこれは転移というより召喚に近い形なのかもしれない。
そして目の前の人たちは明らかに位の高そうな人たちである。
つまり、俺が取るべき行動は一つ!
「私は田中一、26歳。趣味は小動物を愛でること。好きなタイプは、笑顔の可愛い女性です!」
社会人の基本は自己紹介。
今までの人生経験からして自己紹介は少し強気で行く方がいいと知っている。
そもそも言葉が通じるのかもわからない。
とにかく堂々とした態度で俺は自己紹介をした。
ここまでは完璧だと思っていた。
だが一つだけ盲点があった……
「ハジメ殿?とりあえずこの布でも巻きつけてください」
俺は全裸で胸を張っているただの変態とかしていたのだ。
---
俺は布を受け取って腰に巻きつけた。
流石に今のは不味かったかもしれない。
この場にいる多くの人が引いている。
「コホン」
周囲の人間の中で最も位の高そうな人が一つ咳をした。
「勇者よ、我はオーセント・ボストール。人類唯一の生存圏、ボストール王国の王である」
立派な髭と威厳を持った男性は、この国の王様のようだ。
「王よ、私は勇者なのですか?」
彼が今言葉にした勇者という言葉は俺に向けられたものであった。
これが召喚という形なら、俺が勇者という立場なのにも納得がいく。
「ふむ、自覚はないのか。其方は異世界から召喚された勇者である。こちらの都合で勝手に呼び出してしまったことは詫びよう」
王様が頭を下げる。
一国の王が頭を下げるとは……
この世界における勇者の立場はかなりのものであることがわかった。
「王よ、頭を上げてください。私は勇者としてあなたたちの力になりたい。魔王討伐は任せてください!」
俺は王様の行動に心を打たれた。
正直単純なやつだと思われるかもしれない。
しかし今の俺はあの神と対話した直後である。
ほとんどの人が聖人に見えるのだ。
「ゆ、勇者よ……期待されている所申し訳ないのだが……」
王様は気まずそうな顔をした。
もしかしたら魔王討伐が俺の役割では無かったのだろうか。
異世界に召喚される理由の相場は魔王討伐と決まっている。
俺は少し早とちりしまってしまったようだ。
「魔王討伐ではないと……。それなら私の役目は、悪魔との戦争ですか?それとも、探索ですか?」
俺は異世界召喚のテンプレとも言える展開を口に出した。
「……勇者よ、すまない。我々が其方を召喚した理由はそれらではない」
「それではいったい私はなんのために召喚されたのですか?」
「其方を召喚した理由は、我々が直面している問題を解決してもらうためである。その問題は……
『人口爆発』
である!」
……ん?
王様が溜めて発した言葉はやけに異世界に似つかわしくない言葉に聞こえた。
きっと俺の聞き間違えである。
「王様今なんと言いましたか?」
「問題は人口爆発である」
あぁ、俺の聞き間違えでは無かった。
俺は思わず叫んでしまった。
「異世界の問題、現実的すぎだろー!!」
---
失礼、取り乱してしまった。
あの後俺は詳しい話を聞かせてもらった。
まずこの世界だが、500年続いた魔王との争いが二十年前に召喚された勇者によって終止符が打たれたらしい。
勇者はその後元の世界に戻ってしまい、現在この世界に勇者は俺しかいない。
そんなこの世界だが、とんでもない問題を抱えている。
それが、人口爆発である。
500年の争いで人類の生存圏は激減し、残されたのはこのボストール王国だけらしい。
魔王討伐後、平和になった世界は人口が急激に増加した。
人口が増加したのなら生存圏も拡大しなければいけない。
魔王討伐から5年後、人類は生存圏奪還に動き出した。
しかしすぐにある問題とぶつかった。
魔王軍の残党か?
大量の魔物たちか?
いや、どれも違う。
直面した問題は、特殊な環境である。
取り返そうとした土地はどれもボストール王国とは異なる地形、環境をしていたのだ。
五百年前は生存圏であった場所だが、長い争いの間にその生活の術は失われてしまった。
つまり、取り返しても使えない土地になってしまったらしい。
「つまり、勇者である俺の使命は人類の生活圏の拡大ということですね」
「そうだ。異世界から召喚される勇者は皆素晴らしい力を持ち、特別な知識を兼ね備えている。勇者である其方ならこの問題を解決できるはずだ」
生存圏の奪還、言葉としてはかっこいい。
だが、要するは魔王を倒した勇者の後始末である。
「勇者よ、まずは其方の力を知りたい」
王様がそういうと何やら仰々しい装置が運ばれてきた。
「これは其方の能力を測るものである。そこの台座に手を置いてくれ」
まさに異世界といった感じだ。
おそらくこの装置は、ステータスを測るものだろう。
あの神からもらったスキルは、チートか怪しい鑑定スキルだけだったが、俺が勇者として召喚されたのならステータスが高かったり、鑑定以外の特別なスキルを持っていたりするかもしれない。
俺は期待を込めて台座に手を置いた。
台座は一瞬光ると横の石板に何やら文字が浮かび上がった。
おそらくこの世界の文字だろう。
俺は読むことができない。
「こっ、これは……」
石板の文字を見て周りの大人達が息を呑んだ。
「すみません、これってなんて書いてあるのですか?」
「勇者殿はこの文字を知らないのでしたね。この文字はイディアン文字、私たちの世界で共通で利用される文字です」
装置を運んできてくれた人が文字について説明してくれた。
(この文字はイディアン文字というのか……)
俺はそう思いながら改めて石板の文字を見た。
すると、その文字の上に日本語が浮かんできた。
(なるほど、これが鑑定か!)
鑑定スキルの名前を知らないと使えないというシステムが発動していたのだろう。
俺がこの文字の名前を理解したことで、イディアン文字が日本語に翻訳されたというわけだ。
俺は日本語を読む。
ステータス……
俺は絶句した。
「あのー、これって……」
「勇者殿の能力は知力と幸運意外、非戦闘員と大差ないものです。そしてスキルは、鑑定スキルのみです……」
「それはないだろー!!」
本日二度目の叫び声が響いた。
---
「役に立てるかわかりませんが、精一杯働きます。なのでどうか捨てないでください!」
俺は全力で土下座をした。
「勇者よ、頭を上げてくれ。こちらが召喚しといて捨てるなどという行為は決してしない」
俺には特別な能力は何一つなかった。
勇者としては異例らしい。
「勇者としては能力が物足りないが、今我々に必要なのは戦闘能力ではない。それこそ生存圏拡大には其方の鑑定スキルが大いに役立つだろう」
「すみません、この鑑定スキルも調べたいものの名前がわからないと使えない不良品なんです」
「なっ、まぁそれでも其方の知識と知力は必ず我々の役に立ってくれるはずだ」
王様が一生懸命フォローしてくれている。
あまりに情けなさすぎて涙が出てくる。
「其方には後日正式な行動計画を伝える。しばらくはこの街とこの世界を肌で感じてくれ」
どうやら俺は勇者としてこの世界で生きていくことができそうだ。
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