第65話 45日後──⑥


「──で、今日は何をするの? ゼンちゃんとハウちゃんは? って、あれ、ここドコ? ミョクちゃんの家? って! ミョクちゃん、ミョクちゃん大変だよ! 床の上に扉が落ちていて、そこから手が飛び出しているよ!」


 初見では確かに大変な状況。


「うん。色々あって一言で説明するのが難しいんだけど──」


 それからミヨクはマイちゃんに今の自分の悩みも含めたラグンについての説明をしようとした──のだが、それは随分と長話になると予想ができ、そもそもマイちゃんに納得 (すぐには)してもらうのは無理だと判断し、どうしようかな? と考えている最中に、ふと名案が浮かんだ。


 そうだ、俺の今の悩みや心情をそのまま、ありのままに話しながら、その最中にマイちゃんがどう反応するか試してみよう。


 そう、名案というよりは、小狡い他人任せであった……。


「マイちゃん、実はお願いがあるんだけど……」


 小狡いミヨクは先ずそう切り出した。するとマイちゃんは、「えっ、ミョクちゃんがオラにお願い? えっ、なに、なに! ミョクちゃんがオラにお願いなんて、オラ嬉しいよ! なに、なに?」とすこぶる喜んだ。


「……そんなに嬉しそうにされるとアレなんだけど……まあ、それでね、大変に言いにくいんだけど、そこの扉から手を出しているヤツがいるでしょ? まあ、それは普通の人間といえば普通の人間なんだけど、ちょっとの間、そいつと一緒に行動して貰えないかな……なんて思っているんだよね」


 ミヨクは苦渋に顔を歪めながらもなんとかそう言った。


「ふんふん。なるほど、なるほど……えっ? そうなの? それってオラだけ? オラだけがその扉から手を出している顔も分からない奇妙な人と行動するの? ミョクちゃんやゼンちゃんは?」


「……うん、いや、あっ、いやじゃないんだけど、そうマイちゃんだけ。俺とゼンちゃんは別行動……」


 すると、


「えっ、えっ、い、嫌だよ! えっ、な、なんでそんなこと言うの! オラ、ミョクちゃんと離れるなんて嫌だよ! 嫌だよ! こんな扉から手を出してる奇妙な人と行動だなんて嫌だよ! 嫌だよ!」


 と、マイちゃん切に訴え、ミヨクは心が締め付けられる思いがした──と同時にその反応が嬉しかったりしていた。


 嗚呼、マイちゃん。やっぱり可愛い。と。


「いや、違うんだマイちゃん。嫌なら断ってくれて大丈夫なんだ。ただ聞いてみただけだから。本気じゃないんだ。俺だってマイちゃんとは離れたくないんだ。こんな任務みたいな事をお願いする気なんてさらさら無いんだ」


 すぐさま前言撤回。もはやミヨクは何が言いたくて何がしたいのか自分でも分からなかった。ただマイちゃんから嬉しい発言が頂けて自己満足に浸っていた。


 ──が、ここで誤算が一つ。実は今の発言にはマイちゃんの中にある変化をもたらす言葉が入っていたりした。


「えっ? 任務? ミョクちゃん、これって仕事だったの?」


「えっ? あ、ああ……うん、仕事といえば仕事かな……」


「仕事って、たまにゼンちゃんにやってもらってるやつでしょ? ミョクちゃんが風邪を引いた時のお使いとか、ミョクちゃんが忙しい時に魔王の所に届け物を届けるとか、そういう大事な役目を1人でやるってアレでしょ! オラにはまだ早いってやらしてもらえないアレでしょ!」


 興奮気味に語勢を強めるマイちゃんにミヨクは雲行きが怪しくなってきたなと咄嗟に思った。


「い、いや、マイちゃんちょっと待って、そ、そんな任務とかって、そ、そんな大袈裟なものじゃ──」


「オラ、やる!」


 マイちゃんはそう言った。


「えっ、や、やるの……?」


 ミヨクは物凄く驚いた。


「やる。オラ、やる! いっつもゼンちゃんに、またミヨクに頼られちまった。しょうがねーか、マイはまだ頼りにならねーからな。って言われて悔しかったんだから! オラ、やる! 絶対に任務やる!」


「……えっ、でも、マイちゃん……そ、そうなるとちょっとの間、俺やゼンちゃんと離れ離れになっちゃうよ? いいの? 大丈夫?」


「離れ離れは寂しいけど、オラやるよ! 任務して、ゼンちゃんをギャフンとさせるんだから」


「えっ、で、でもマイちゃん……ちょっとの間って言ったけど、実際にはどれだけちょっとなのかは分からないよ。凄く長い期間のちょっとかも知れないし……そうしたら凄く長い期間の離れ離れになっちゃうんだよ。それは凄く寂しい(ミヨクが)、って事だよ。だから、もっとよく考えた方が……」


「うん。オラ、やる! やるって決めたらやるよ! ゼンちゃんに頼りねーなんて言わせないんだから。だからミョクちゃんも大船に乗ったつもりでオラに任せてくれていいからね!」


 子供の成長(動機は不純)を思わぬところで目の当たりにさせられ、ミヨクは凄く複雑な気もちになった。故にこの話しは無かった事にしよう。マイちゃんの(魂)をすぐに抜いて、今すぐにこの場から離れよう。と、自分勝手に考えた。


 ──のだが、今日のミヨクは世界の時間を止める魔法の前に、世界の時間を巻き戻す魔法を使用しており、魔力が大幅に削られていて、気づけば何年ぶりかで魔力が枯渇しており、それを扉から手を出しているラグン・ラグロクトの指がぴくりと動いた事で気付かされた。


 タイリミット。


 故に、


「マ、マイちゃん。分かった。取り敢えず、お願いする。もしも何かあっても大丈夫だからね。すぐに俺が飛んでくるから」


 ミヨクは割と早口でそう言った。


「うん。オラに任せておいて。っで、オラ何するの?」


 マイちゃんにそう問われて、ミヨクはそういえば具体的な事は何も伝えてないな、と思った。けれどそれを告げている時間はもう無く、「と、取り敢えずそいつとずっと行動を共にして」と慌てて告げると、この場から足早に去っていった。


「えっ、あっ、待っ、待ってミョクちゃん! それだけじゃ分からないよ!」


 とマイちゃんはすぐにミヨクを追いかけようとしたのだが、足を前に出そうとした瞬間に何故だか足が上手く動かす事が出来ずにそのままコテって転んでしまった。


「あれ? オラの身体、なんか変。上手に身体が動かせない。凄く動きが遅い……」


 身体の異常。そう、実はこれはミヨクの魔法が不完全であったから起きた現象であった。


 15歳の俺はゼンちゃんとマイちゃんに魂をあげられないんだ。精神的に……。


 と言っていたあれの副作用。


 ただ、ミヨクも実際に15歳で魂をあげたのは初めてだったのでこの事実は知らなかった。


 マイちゃんは天井を見上げながら、呟いた。


「うん。オラ、何がなんだか全く分からないけど、取り敢えず頑張るよ。初任務して、ミョクちゃんにいっぱい褒めてもらうんだ。えへへ」


 健気なマイちゃん。


 その数十秒後にラグン・ラグロクトが少年の姿のまま扉から出てきた。


 マイちゃんは立ち上がる(動作は遅いが)と、ラグンの方を向きぺこりと頭を下げた。


「初めまして。オラの名前はマイちゃんだよ!」


 だが、それと同時にラグン・ラグロクト少年は白目をひん剥いて倒れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る