第64話 45日後──⑤
そしてミヨクは世界の時間を止めた。
先ず最初に行ったのは邪魔者の排除で、ミヨクはファファルをそっと背負うと、海の上を歩いて渡り、近くの小島の木陰にそっと置いてきた。
それからミヨクはコア島に戻ってくると、ラグン・ラグロクトの事を考えた。
あの少年はラグン・ラグロクトで間違いがない、と。
神獣の力がどうしてすぐに現れていないのかは分からないが、先程のファファルの行動から推測されるのは、恐らく神獣はラグン・ラグロクトが死に直面した時に現れる(大鎌での攻撃では現れなかったから)のではないかと考えられた。
それが何故かは分からないが──
けれど、だったら──
とミヨクはある極論的な提案に自身に示した。
それは、
だったら、ラグン・ラグロクトと無理して戦う必要がないのではないか?
という考えであった。
もちろん分かってはいるのだ。ラグン・ラグロクトという存在を野放しにするというのがどれほどに危険な行為であるのかなんて。
だが、そもそも倒せないのが事実であり(ファファルが身をもって体験した)、だったら無駄に神獣を呼び起こして世界を危険に晒す必要がないのではないかと思った。
それに、
「だからハウはこの場に現れていないのか?」
ふと、そうも考えた。恐らく第二のルアであるハウがこの場に来ていないのは、神もミヨクと同じ事を考えたからではないだろうか、と。
そしてミヨクはふと、新たな事実にも気付いた。
「……あれ? そういえばラグンが出てこないな……」
と。それは今が世界の時間が止まっているからなのだが、それはつまり、
「──って事は、俺の魔法が通用してるって事じゃん」
という事になった。何故なら今はラグンは扉の向こうの封印の場所に居るのだが、ここは空間魔法の他にも時の魔法が作用している地で、つまりはそもそも正常な時間が流れているのかどうかが分からない場所であり、それも加味して判断をするしかないのだが、ただ夢の魔法使いのナツメさんの予知夢は絶対であり、今現在は世界の時間は止まっているのだが、ラグンにその魔法が通用しないのであれば、そろそろ扉から出てきてもおかしくはない時間となっている筈であった。なのにラグンは出てこない。これは明らかに世界を止める魔法がラグンにも効いている事を意味していた。
そして、
「──俺の世界を止める魔法をくらっていても神獣も姿を現さないじゃん」
と、いう事にも繋がった。
「──あれ? だったらやっぱりこのままでいいんじゃないか? 俺の世界を止める魔法が通用するのなら、ラグン・ラグロクトの脅威は半減されるんじゃないか? 仮にラグン・ラグロクトが世界を滅ぼしたら世界の時間は何度でも巻き戻るだろうし、その際に世界の時間を止める魔法が通用するのなら、その都度ラグン・ラグロクトの対処を考える事も出来るじゃないか?」
全て憶測だ。憶測だが、これが現時点での最良の判断だとミヨクは何度も考えてからそう思った。何故なら先程も述べたのだが、ラグン・ラグロクトはそもそも倒せない存在なのだから。
「──身体は頑丈だよね。恐らく戦えばきっと強いんだろうね。でも神獣の力が無ければそれは脅威とまではいかない筈。だってこの世界にはそのくらいの強さの人間は沢山いるんだから。英雄種や弍大魔道士以上の魔法使いや仙人の気聖のように……」
だったら、
「──そのまま普通(よりは強いけれど)の人間としてこの世界で生きてもらってもいいんじゃないかな?」
それに、
「──もしかしたら、神獣が目覚める事なくラグン・ラグロクトが寿命で死ぬかも知れないし。いや、寿命があるかは分からないけれど」
なによりも、
ミヨクは先程、世界の時間が巻き戻る前に見せた少年の行動を不思議に思っていた。
「──解いたんだよね。自らの意思でファファルによって目覚めた神獣を再び自分の中に眠らせて、それからあの魔法が通用しない黒色の左手を封印した。まるで、俺の世界の時間を巻き戻す魔法を受け入れるように……」
そしてあの時、少年の姿に戻ったラグン・ラグロクトは確かに笑っていた。
「──それはつまり、望んでないって事なんじゃないかな。ラグン・ラグロクト自身が、この世界の滅亡を望んではいないって事なんじゃないかな……」
憶測だが、それを解答とするならば、
「──俺は、ラグン・ラグロクトに普通に生きていく事を望むよ」
ミヨクはそう決断をした。
◇◇◇
そうと決まると、ミヨクは先ず海を歩いて渡り近くの小島の木陰にそっと置いてきたファファルに会いに行った。
そして世界の時間を止める魔法を解き、他の魔法を使える状態にした後で、それでも絶賛気絶中のファファルに対して魔法を使った。
この日に起こった事と、それからラグン・ラグロクトの復活に関する全ての時間(記憶)を失わせる魔法を。
──これによりファファルは正気を取り戻しても、ラグン・ラグロクトが復活した事を知らない状態となった。ただし、ラグン・ラグロクトが神獣の力を取り戻した時は否応なしに気付くであろうが、それはそれで気づいても良い事なのでミヨクは800年前の記憶までは奪わなかった。
そしてミヨクは再び世界の時間を止めて海を渡ってコア島に戻っていくと、ラグン・ラグロクトを封印している扉から左手が出ている状態となっていたが、特別に驚く事はなく、「そろそろそのくらいの時間だよね」と呟いた。
さて、ただ、どうしようか?
ラグン・ラグロクトを野放しにしておくと決めたのはいいいのだが、さすがに今後の彼の行動が全く見えないのは怖いとミヨクは思った。
監視は必要だよな、と考えた。
「──だけど、ずっと俺が引っ付いてる訳にもいかないしな……」
そう言ったところで、ミヨクは自分が今日はリュックを背負っている事を思い出した。そして、その中にはマイちゃんが入っている事を。
そう、マイちゃんが。
──それが自ずと先程の疑問と結びつく。
──が、ミヨクは途端にぶるんぶるんと首を大きく左右に振った。
「──だ、駄目だよ! そ、そりゃあ俺は今の15歳の状態でもマイちゃんに魂を与える事は難儀だけど不可能ではないよ。でも、魂を与えてラグン・ラグロクトに対してスパイみたいな事をさせるのは断じて駄目だよ! だってマイちゃんとゼンちゃんは俺のマイちゃんとゼンちゃんであり、俺だけのマイちゃんとゼンちゃんなんだから!!」
……。正直、かなり気持ちの悪い独り言であった。
「──……けれど、それが最良といえば最良かも知れない。なにせマイちゃんは可愛いんだから。こんな可愛いマイちゃんをスパイだと疑うのは絶対に不可能なんだから。それって凄く良いスパイだって事だよね……でも、俺と離れて欲しくないな。それも絶対に」
そしてミヨクの長考が始まった。
◇◇◇
3時間後(正確には時間が止まっているから0秒後なのだが)。
ミヨクは答えが出せなかったので、仕方なくマイちゃんに回答をしてもらおうと考えた。
なので、また世界の時間を止める魔法を一瞬だけ解いて「ルンルンルン《制限時間ありの魂》」と時の魔法を唱え、掌に鍵のような物を作り出し、それをマイちゃんの背中に差し込んで回してから、また世界の時間を止めた。
「うー……ううう……うー……ううう……」
マイちゃんの口元から漏れ聞こえてくる唸り声と、瞳からはボロボロと涙が溢れていた。
そして、
「──痛っ! 痛い痛い。泣きすぎて目が痛いよ、ミョクちゃん。腫れてない? 真っ赤に充血してない? ねえ、見てよミョクちゃん」
マイちゃん復活。
「うん。大丈夫。マイちゃんは可愛いままだよ」
「えっ、ほんと! じゃあ大丈夫。オラ痛くない! って、あれミョクちゃんいつもよりなんか小さいね。顔に髭を生やしている時や、白髪の時や、頭がぴかぴかのおじいちゃんの時があるのは見た事があるけど、なんか今日のは子供っぽい姿だね。初めてミョクちゃんだね」
「そうだね。たぶん15歳くらい。いつもはこの年齢の時にマイちゃんに時間(魂)をあげないから、初めましてだね。よく気がついたね」
「えっ、分かるよ。オラ、ミョクちゃんの事ならなんでも分かるんだよ。えへへ」
相変わらず可愛い可愛いマイちゃん。だとミヨクは思った。
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