第62話 45日後──③

 

 ミヨクは魔法の天才だ。


 なにせ、不死の魔法と世界の時間を止める魔法を完成させているのだから。


 そんな彼が800年もの間ラグン・ラグロクトという存在がいるのを理解しておきながら、何の策も用意をしていない筈は無かった。


 世界の時間の巻き戻し。


 端的に言ってしまえば、世界で起きたあらゆる全てを無かった事にしてもう一度。という魔法。


 ただ、これはミヨクが想定する限りでも、世界や神に認められない魔法のような気がした。何故ならこれが出来てしまうとそれこそ神そのものとなってしまい、人がその域に達するのは認められないような感じがしたから。なにせ世界丸ごとやり直しなのだから。言うならば歴史の改竄となってしまうのだから。これは個人だけで完結する不死よりも、実は世界にはあまり影響の無い世界の時間を止める魔法よりも、もっと強烈な魔法のような気がした。


 ──余談だが、実は過去に何人も存在するのだが、新法大者になり新しい魔法を作ったはいいが、それが認められずに数秒後にその存在を消滅させられた者たちが。


 何が神の禁忌に触れるのかは分からないのだが、ミヨクは直感的にこの魔法は神の怒りを買うだろうと予測していた。


 故にミヨクは制約を課す事にしたのだった。


 それが、


 自由には使わない。


 世界が滅びそうな時にのみ使用する。


 ただし、世界が滅びそうな時でも、その時代に生きる者たちが滅ぼそうとする時は使用しない。それはその時代を生きる者たちが選んだ事だから。


 あくまでもその時代に生まれてはいない不老の者や封印をされていた者が無神経に世界を滅ぼそうとした時のみ使用する。


 つまりは、ファファルやラグン・ラグロクトの事であった。


 特にラグン・ラグロクトは神も嫌う存在であり、まだ一度もこの魔法を使った事はなかったが、恐らくこの制約があれば使用が可能だと思っていた。


 ただ、今回の場合(初めてだが)少しだけイレギュラーが。


 それは巨大な隕石群(第59話参照)の事であり、今のまま行けば世界を滅ぼすのは隕石群であり、それはミヨクの魔法の制約外の事となってしまう点であった(恐らくこれは世界の運命)。


 だが、この隕石群はただの隕石群ではなかった。落下する前にファファルの空間魔法によって堰き止められていた曰く付きのものであった。そう、ファファルの魔法によって。言い換えるならば、ファファルがいつでも世界に向けて攻撃ができるように準備をしていた。そう取れなくもなかった。故にそれが制約を遵守をした事に繋がった。つまりファファルの仕業だと認識された事でミヨクの魔法の発動条件がクリアされた。


 と、いうわけで、


 世界の時間の巻き戻しの魔法、発動。


 ちなみに、世界の時間を無視する事が出来るファファルは現在死んでいる。ミヨクはこの点に関して深く考えてはいなかったのだが、恐らくこれも魔法発動の条件だと思われる。何故なら世界の時間が巻き戻る魔法なのだから、世界の全てが等しくなくてはならず、魔法の効力を無視できるといった存在が1人でも居てはならない筈だから。


 では、あらゆる魔法を無とする黒色の左手を持つラグン・ラグロクトは──


 その時、視線が重なった。ミヨクとラグン・ラグロクトの。


 ──その刹那、獣のような顔が最初に見た少年の顔にふっと戻った。


 それが何故なのかは分からない。分からないが、それとほぼ同時にラグン・ラグロクトの黒色の左手も肌色に上塗りされた。


 そして、これもまた何故なのだがその時に少年はふっと笑った。


 ……ような気がしたが、その瞬間に世界中の全てが巻き戻しを開始したので定かではなかった。



 ◇◇◇



 自分で作った魔法だが、ミヨクは初めてその魔法を目で見ていた。


 それは前に勇者ユウシアと彼の記憶の中に入り(第12話参照)時間を逆行させた時と似たような光景だった。


 巨大な隕石の群が揃って空に帰っていき、ラグン・ラグロクトの黒色の左手でくしゃりと握り潰されたファファル仮面が元に戻っていき、神獣の力を宿した咆哮が逆さまになって聞こえ、ファファルの空間魔法が少年の姿のラグン・ラグロクトを囲い、ファファルの大鎌の刃先が舞い、ラグン・ラグロクトが床に置かれた扉に吸い込まれるように消え、そしてファファルも消えた。


 それから更に数分後にミヨクは──いや、ミヨクは実に何年ぶりかで魔力の大幅な消費によってその場に膝を着き、そして世界の時間の巻き戻しが終了した。


 そして、


「相変わらずヤバいな、お前。何を跪いているんだ?」


 不意にそんな声が背後から聞こえた。確認するまでもなくファファルだと分かり、本日2度目のそれ(アレンジあり)故にミヨクは世界の巻き戻しが成功したと確信した。


「……うるさい。お前と違って俺は色んな事を考えてるから忙しいんだから」


「無い知恵は搾れんぞ。それよりお前、男のくせに気持ち悪くも名前をつけているあのぬいぐるみはどうした?」


「き、気持ち悪いってなんだ? そういう事を言うな。これからラグンと対峙するってのに俺の気持ちをへし折る気か?」


「ん? そういや、お前、随分と若返ってないか?」


 その辺りでミヨクは、このままただ時間をやり直すだけでは意味がないと思い、ファファルに対してこう切り出した。


「これから、あと数分後にラグン・ラグロクトがその扉から出てくる」


「何だ急に? そんな分かりきった事を言うな。だからお前は馬鹿なんだぞ」


「……(本当はすぐに言い返したかったけどその怒りはぐっと飲み込んで)……何もするな」


 ミヨクはそう言った。


「──もう一度言うぞ。何もするな。その扉から出てくるラグン・ラグロクトは、ラグン・ラグロクトだけどラグン・ラグロクトじゃない可能性が高い。だから何もするな」


「……何を言いたいのか分からんが、つまりは時の魔法か?」


 ファファルにそう問われ、ミヨクは思わず驚いた。意外とこいつ察しが良いのだな、と。馬鹿だと思っていたのに、と。


「そうだ。時の魔法だ。未来を見てきた。だから何もするな。それがお前にとって……いや、お前はどうでもいいんだけど、世界にとって最良の決断なんだ。多分だけどな」


「多分? いや、多分かどうかはどうでもいい。ただ、お前は何を述べているんだ? 吾がお前の意見を聞くと思っているのか?」


 ファファルに当たり前にそう言われたのだが、ファファルがそう言ってくるのはミヨクは想定内であった。なにせファファルなのだから。


 故に、


「頼む。言う事を聞いてくれ。お前なんかに下げたくもない頭を下げてやるから、だから頼む」


 と、あまり相手が気持ちのよくならない頼み方をした。


 だが、その言い方がどうかに限らずファファルの返事は最初から決まっているようだった。


「ないな。吾にお前の頼み事を聞いてやる理由が全くないな」


 まあ、予想通り。故に、ミヨクはキレた。


「だったら力ずくで」


「力ずく? ふふ。お前なんかに何が出来るんだ?」


 こうして世界三大厄災の──時の魔法使いと空間の魔法使いの対決が開始される事となった。

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