第61話 45日後──②

 

 ラグン・ラグロクトの髪は長く空に向かって伸びていた。その色は燃え盛る炎のように赤く、まるで天を焼き尽くすようであった。顔は人よりも獣に近く、眼は吊り上がり、歯には2本の牙が剥き出しになっており、言葉は恐らく通じない。


 服は身に纏わず、その英雄種をも凌駕する筋骨隆々とした体は筋肉武装したゴリラのようであり、その皮膚は岩のようにゴツゴツとしていて人のものよりも遥かに分厚かった。


 これは世界の祖となる大いなる力の主である神獣を身に宿した為の変貌であった。


 ラグン・ラグロクトの最たる特徴である、あらゆる全ての魔法を無とする黒色に包まれた左の腕と手は実は神獣の能力とは無関係であった。


 これが、ミヨクとファファルの知るラグン・ラグロクトという存在だった。


 ──故に、違う。明らかな異なり。扉から出てきた左手の色は肌色であり、その指もか細く、これではまるでただの人間の手のようだった。


 だがこれに関しては、800年前の時点でラグンの左手は常に黒色ではなかった事をミヨクはすぐに思い出した。


 ──が、それだけでミヨクとファファルがラグン・ラグロクトを、違う。と判断していた訳ではなかった。


 端的にラグン・ラグロクトの──いや、その内に宿る神獣の気配が感じられなかったのだ。存在を確認しただけで身の毛立つあの忘れたくても忘れる事の出来ない忌々しくも悍ましい気配が感じられなかったのだ。


 なんだコレは? 何故に違うんだ? 一体ラグン・ラグロクトを封印している場所から何が出てくるんだ?


 そうミヨクとファファルが疑心暗鬼に注視していると、左手からその先が徐々に姿を現してきた。


 そして、中から、


 ──1人の少年が出てきた。


 年齢は今のミヨクと同じくらいの15歳前後だろうか、パッチリ二重の可愛らしい顔をした少年。身体は線が細く肋骨が浮き出て見える程に弱々しく、身長は推定で165センチくらいだった。


 ラグン・ラグロクト? これが?


 唯一、特徴を保っていたのは髪の毛で、その色は赤く、長さは身長の倍くらいあり、けれど空には向かっていなかった。


「……誰?」


 ミヨクが思わず問う。が、返事をする間もなく謎の少年は白目を剥いてその場に倒れた。


 これはラグン・ラグロクトを封印していた場所にミヨクが事前(800年前)に施していた魔法による作用である可能性が高かった。前にミヨク本人が、時間ってスローモーションにしたり、それを正常に戻したりしてはいけないんだ。こういう風に恐ろしい感じになってしまうから(第37話参照)みたいな事を言っていたし。


「……なにこれ……状況が……」


 ただ、推測は可能だった。


 神獣の力の消滅。長い時間の封印により。


 故にこの少年は、神獣の力を失ったラグン・ラグロクトの本来の姿ではないか、とミヨクは考えた。


 そしてそれは無論、ミヨクだけの推測ではなく、ファファルの解答でもあった。


 だが、その後の2人の行動は真逆の道を辿った。


 どうしようか? 


 そう考えたのはミヨク。


 ファファルは──


 さっさと殺そう。


 と、大鎌を構えると瞬間移動をした。


「えっ! あっ、ま、待て!!」


 ミヨクのその声と、瞬間移動を終えたファファルの鎌の刃先が謎の少年の首元に振り下ろされたタイミングはほぼ同じであった。


 ──が、


 バリン!


 まるで繊細なガラス細工を落として割ったような音が響き渡るとファファルの自慢の大鎌がバラバラになって舞った。


 謎の少年は何もしていない。床に突っ伏したままであった。つまりは細い身体をしていながらも英雄種並みの頑丈度を誇るという事のようであった。


 故に、

 

 ──やはり、ラグン・ラグロクト。


 ファファルは改めてそう認識をすると、即座に空間魔法を使い謎の少年の身体を丸ごと黒い円で包み込んだ。


 だが、その刹那、その黒い円が一瞬にして掻き消えた。謎の少年の目覚めと共に、その左手が──あらゆる全ての魔法を無とする左手が黒色を取り戻したからだ。


 そして、謎の少年はそのまま立ち上がる。その最中に筋肉がボコボコと膨れ上がってくる奇妙な現象付きで。顔つきもどんどんと獰猛に変化していく。赤く長い髪が怒りを表すように天に立ち昇っていく。


「ああ……」


 ラグン・ラグロクト。800年前と同じ姿の。


「──マジか……」


 ミヨクはぼやき、そして思った。ああ、神獣は消えていなかったんだ、と。少年の中にまだ残っていたんだ、と。そしてそれが恐らくファファルの攻撃で目を覚ましたんだ……。ファファルの──世界を滅ぼすほどの力を持つ殺意ある攻撃によって強制的に、ラグン・ラグロクトの生命を守ろうとするが為に。


 ラグン・ラグロクト。


 ──復活。



 ◇◇◇



 ラグン・ラグロクトは──神獣を身に宿したラグン・ラグロクトは、そこに存在しているだけで数百メートル以内にいる力の弱い生物(植物は該当せず)の魂を怖気させ、その咆哮一つで数百キロメートル以内にいる多少の力を持つ者(推定では大魔道士クラス)も含めて皆殺しにした。


 そして、その咆哮を正に今放つのだった。


「グオオォォォオオオォォオオオーーーー!!」


 世界最高レベルの魔法使いであるミヨクとファファルでさえも心の底から震え上がるようなけたたましい叫び。だが、ここは孤島だ。周りに他の人間は居ない。とはいえ数百キロの実際の数字がどのくらいの範囲なのかが分からない。近くの大陸への影響は? それを調べる為にミヨクはそっと魔力感知をした。ミヨクの魔力感知の範囲は前に夢の魔法使いナツメさんを探す時に一つの大陸の全てと説明をしていたので、恐らく5000キロくらいと予測される。そしてすぐにミヨクは後悔をした。何故ならここから5000キロの位置には2つの大陸の端部と小島が7つあり、そこには弍大魔道士の存在が幾つか確認できたのだが、それ以外の魔法使いの存在が確認できなかったのだから。それは明らかな不自然であった……。


 一瞬で大量死。ミヨクは魔法使いの魔力しか感知しか出来ないが、たぶん範囲内にいた大魔道士を含めたそれよりも弱い生命体全てが一瞬で滅んであろうと予想がついた。


 まさか……。とはミヨクは思わなかった。なぜなら800年前のラグン・ラグロクトも、たった7日で大陸を滅ぼし、実に80%の生命体を滅ぼしたのだから。


 ラグン・ラグロクト。神に使命を与えられて作られたルアでさえ倒せなかった最悪の存在。


 その最悪の存在が、ファファルに襲いかかる。


 ──あらゆる全ての魔法を無にする黒色の左手でファファルの身を守る空間魔法の効力を無とすると、そのまま仮面をガッと掴み、そしてグシャリと握り潰した。


 死。


 刹那、世界の外側で異変が起きた。


 ──ファファルの魔法により、この世界を包んでいた空間魔法が解けた。


 そしてそれは、150年程前に空間魔法で堰き止めていた巨大な隕石群が直進を再開を意味した。


 世界に巨大な隕石群の落下。


 その時、ミヨクは──

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