第58話 45日後までは時間があるのでちょっと昔話②

 

 単純に──速さだけを問うとするならば、ファファルの空間魔法による瞬間移動はどれくらいの速度なのだろうか?


 本人はそんな些細な事を気にした事がないので解答を得るのは難しいのだが、1000年の間、彼女をずっと見てきたある方(神的な)が限りなく正解に近い推察をするならば──


 彼女の姿が消えてから現れるまでの完了時間は、1秒以上3秒未満であった。誤差については気分や体調によるものなので正確な数字はないようであった。


 ただ、最速でも1秒以上は掛かる。これは鉄板だった。


 では、瞬間移動完了前の、姿が消えるまでの速度はどれくらいなのだろうか?


 これには一つのルールがあり、それをクリアする必要があった。


 自問、と、自答。つまりは目的地を頭に描く事であった。


 その自問自答に対するファファルのこれまでの最速記録は1000年の間で、0.4秒(ちなみミヨクを殺した時)であった。


 0.4秒。


 エルタルロスは──世界で最速の剣技を誇るエルタルロスは、0.2秒で剣を振り切る事が出来る。それは0度から270度くらいまでの距離であり、故にその手前にある切断すべき対象物までの速度はもっと速いと推察される。


 つまり、


 エルタルロスの剣速は、ファファルの瞬間移動よりもまだ速い。という結論となるのだった。



 ◇◇◇



 見える筈もなかった。


 瞬きをする程の速度で剣を振り終える事の出来る攻撃を誰が確認できようか。


 故に、エルタルロスと対峙する者は彼がその剣を握った瞬間に生命を諦めるしかないのだ。0.2秒とは、神速とは、それを出される前になんとかしなくてはならない程に圧倒的な力なのだから。


 故に、


 ファファルは諦めていた。


 ──いや、


 彼女の辞書にそんな言葉はあるはずもなかった。


 諦める?


 知らない。


 では、何故に黙って立ったままだったのだろうか? エルタルロスの神速を前に。


 ──必要がないからであった。


 ファファルには──空間の魔法使いのファファルには、あらゆる攻撃に対して避けるとか防ぐという行為が単純に必要なかったのだ。


 何故なら、


 ──ピタリ。


 本日3度目のその音が辺りに静かに響いた。


 0.2秒で振り終わり、そこで常人は初めて確認できる筈のエルタルロスの剣の刃が、ファファルの首筋に触れる数ミリ手前で静止をしていた。


「これが光と闇を殺しまくったお前の技か」


 そう言ったのはファファルで、その声から察するに彼女はさも普通の顔(仮面の下では)をしていた。


「──本当に生意気だな、お前。吾でも見えんとはな」


 その間にエルタルロスは実に17度の神速で攻撃をした。が、その全てが一撃目と同様にファファルに傷を負わせるには至らず、ピタリ。ピタリ。ピタリ…と彼女の数ミリ手前で静止をしていた。


 エルタルロスは端的に不可解な現象であると困惑していた。何故に自分の神速がピタリとするのかその理由がまるで分からなかった。感触がないのだ。何かに妨害されたという感触が。だが、剣がファファルに触れる数ミリ手前で確実にピタリと止まる。言うならば、まるでそこが世界の終点で、その先には決して辿り着けないような、そんな自分でも何を言っているのか分からない感覚であった。


「──ルールがあるからな、お前には。この世界に存在している以上は、この世界の規律に従わなければならんというルールがな」


 ファファルはそう言った。


「──単純な話だ。世界には時間が存在している。お前はそれに逆らう事ができない」


 ファファルはそれでもエルタルロスとは決して目を合わせずに言っていた。


「──吾は空間魔法で自分を閉じる事でこの世界のルールを幾つか無視している。時間もその1つだ」


 ファファルはなんかとても凄い事をさらりと言った。


 時間の無視。


「──お前の攻撃──いや、例外なく誰もか。お前らの攻撃や動作は全てが時間の中で許された行為だ」


「……」


「──言い換えてやる。お前らは時間の中でしか行動が出来ない。そういうルールで生きているからな」


 時間の中でしか行動が出来ない。それが生きるルールだから。


「──吾はそのルールを無視した存在だ。空間魔法で閉じた吾の周りには時間が存在しない。時間の無い場所ではお前は攻撃が出来ない」


 実に本日2度目の発言だが、もう1度改めて、ファファルには時間が存在していない。


「……だからおんしに攻撃が当たらないのか? おんしの周りには時間が存在していないから。ルールが違うから。わっしの攻撃の時間外だから」


 そこでエルタルロスが距離をとってからようやく反論をした。


「──そんな馬鹿な事があり得るのか……?」


「現実を体感した後でよくそう言えるな」


 ファファルにしては珍しく男の質問に答えた。


「……世界のルールとか、時間があるから行動ができるとか……わっしは深く考えた事がなかったが……確かに動くには時間が必要だ……いや、動いたから時間が過ぎるような感じもするが……いや、どちらにしても時間か……なんか頭がこんがらがるぞ……。いやいや、そもそも、ちと問うが何でおんしは時間が無いのに行動が出来るし、呼吸ができるんだ? 呼吸に時間は関係ないのか? いやいや、あるだろう、あるだろうよ。って、いよいよわっしも何を言っているのか分からんくなってきたぞ」


 時間を無視した存在。エルタルロスに限らずそれはきっと誰もが理解出来ない存在。故に当事者であるファファルは仕方なく解答をこう示すのだった。


「そういう魔法だからだ。それもお前が吾を間近で見て体験しているだろ。おかしな奴だな」


 そういう魔法だから……。


 そういえばこの世界には世界の時間を止める魔法使いもいる。そしてきっとそんな彼も同じ解答をする事だろう。


 そういう魔法だから……。


 ……。


「……だ、だが……いや、分かった。おんしの魔法の凄さは……いや、分からんが……と、取り敢えず分かった。分かった事にしておく。話が進まんからな。だ、だが、けれども、そうだとして、そ、それがなんだと言うんだ? 凄い魔法だが、それはわっしとの実戦においてシンプルに言ってしまえば、ようは優れた防御って事だろうよ。だったらわっしも、わっしのこの頑強な肉体も優れた防御力よな。おんしには傷一つ付けられんかったんだからな」


 エルタルロスはそう言った。防御の特化。そしてそれは生憎こちらもだ、と。


 最強の盾と、最強の盾。ならばこの勝負は──


 いや、ファファルが仮面の奥で、「フフ」と軽く笑った。そして人差し指をエルタルロスの首に…….いや、頭に……いや、右肩に……いや、右膝に向けるとこう話した。


「──お前の強さは現時点(50年前)で世界最強かもしれんな。だったら納得をしてやってもいい。単純にお前の方が光と闇よりも強かったという事を。光と闇がお前にたくさん殺されたのも当然だと。強いんだからな。吾は男は嫌いだが、最強は嫌いではないぞ」


 急にそう言われてエルタルロスは勿論ファファルが何を言いたいのかよく分からなかった。


「──命は助けてやると言っているんだ吾は」


「命? だからおんしの攻撃は──?!」


 刹那、エルタルロスの右膝に強烈な痛みが走った。と、同時にバランスを崩して真横に倒れた。


「──なっ!?」


 視線を向けると右膝から下が失われており、大量の血液が溢れ出ていた。


「お前の右膝から下を空間魔法で切り取って、どこか適当な所に捨てておいたぞ」


 ファファルは何か恐ろしい事を言った。


「──生かしておいてはやるが、吾に生意気だと思わせ、尚且つ吾に時間を割かせたんだ。その報いは受けてもらうぞ」


 その代償が右膝から下の全て。


 エルタルロスは激しい痛みにもがき苦しみながら、ファファルの理解不能な強さに困惑を隠せないでいた。


 なんだコイツは……わっし(大陸を巻き込んだ三つ巴の大戦争を終結させた立役者)をいつでも殺せるんじゃないか……。しかも簡単に……。


「吾は空間の魔法使いファファル。お前が出血多量で死ななかったら覚えておくがいい」


 ファファルはそう言い残すと瞬間移動をしてこの場から消えていった。


「くそっ! 死ぬか! 死んでたまるか!!」


 その後、エルタルロスがどうなったのかは後の話。

 

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