第57話 45日後までは時間があるのでちょっと昔話①

 

 ──遡ること50年ほど前。


 当時、世界で最速の男がいた。もっとも当の本人はその大陸から外に出た事がないので気付いていなかったのだが、間違いなく世界で最速の剣技を誇る男がその時代に存在していた。


 名はエルタルロス。


 英雄種であり、その中でも更に突出した身体能力をもっていた者で、その剣速は瞬き(0.2秒くらい)よりもまだ速く弧を描き終える事が出来た。


 今では大陸で『神速』と呼ばれて恐れられる彼がその境地に達したのが38歳の正にこの頃であり、当時はその大陸は全土を巻き込んだ争いの最中であった。


 現在ではロイキ大戦争と歴史に刻まれた過去最大の戦争の。


 発端は、光と闇と名乗る、それまでの歴史には存在していなかった2つの勢力の争いであった。


 奇しくもロイキの大陸はその2つの勢力に挟まれる形で存在していた。故に否応なしに巻き込まれてしまい、やがて必然的に三つ巴の大戦争へと発展をしたのだった。


 その争いの内容は今回は語らず次の機会へと持ち越すのだが、その大戦争で頭角を表したのが、光でもなく闇でもなく、ロイキの大陸側のエルタルロスであった。


 彼は単純に圧倒的に強かった。光の強者も闇の強者も何もかもを神速で瞬時にして葬り去っていった。


 そして、それが戦争の終結へ繋がる結果ともなった。


 半年にも及んだ大戦争の勝利国はロイキの大陸。光と闇はその残存数を僅かとした。


 それが、


 ファファルの怒りを買った。


 世界三大厄災のファファルを怒らせた。



 ◇◇◇



 ファファルにとって光と闇とは──端的に言ってしまうと、その者達とは直接の関わりはないのだ、その者たちが住む地は旧友に頼まれて作った(空間魔法で)地であり、故にそこに住む者たちと関わりが無くとも、それでもファファル的にはそれを侵されたと憤慨をしたのであった。


 そうなるとファファルの行動は世界の誰よりも速い。瞬間移動でエルタルロスの背後に立つと、即座に自慢の大鎌で首を斬りつけた。



 ◇◇◇



 その時、エルタルロスは山で焚き火をしていた。ぼーっとしながら暇にしていた。だが、ぼーっとしていてもその集中力は絶えず研ぎ澄まされており、故に即座に気づいた。背中に走ったその悍ましい気配を。


 ──が、その時には既に遅く、エルタルロスの首筋に大鎌の刃先が直撃していた。


 今までに幾度となくミヨクの首を切り落としてきた切れ味抜群の大鎌のその刃先が。


 だが、


 ピタリ。


 ──今回の相手の場合は文字通りにその皮膚に直撃しただけであった。


 ピタリ。


 ……その先に進まない。まるでそこにあるのが障害物のようにファファルはエルタルロスのその頑丈な首を切断も貫きも出来ないでいた。


 英雄種の特有の強靭な肉体。


「魔法使いか?」


 エルタルロスは距離をとってからファファルに向き合ってそう質問をした。


「…….空間の魔法使いだ。男は嫌いだから顔をこちらに向けるな。汚らしい」


 ファファルはこの頃には既に黒色の仮面を被っていた。それにはこういった理由もあるのかもしれなかった。


「空間の魔法使い? わっしは魔法使いの事はよく分からんが、新法大者というやつか? だったら悪い事は言わん。強いのは認めるが、今までに何人も斬ってきた。わっしは人殺しをどちらでもいいと思っているタイプでな、だから逃げるなら追わんぞ。おんしの腕力ではわっしを斬れないのは今ので理解できただろ?」


 エルタルロスはそう言ったが、ファファルはたぶん(仮面のせいでよく分からないが)聞いていなかった。そのくらい無の雰囲気を出しながら立っていた。


 ただ、


「お前、光と闇をたくさん殺したな」


 と、彼女は決して無口なタイプではなかった。一方的に自分の意思だけを伝えるのが主ではあるが、割と喋ったりはするのだった。


「──それは吾にとっても些末な事ではあるのだが、光と闇は吾が作った空間で生まれた者たちでな。それ自体はどうでもいいのだが、お前の強さが端的に生意気だ」


 仮面の奥の唯一の異色である左の銀色の瞳が瞬きをすることなくエルタルロスを捉える。静かな声だが殺意は増長するばかり。故に、エルタルロスは腰に下げていた剣の柄を握った。


 世界最速の剣技を誇る男がその剣の柄を。

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