第56話 ミヨク15歳
ハウの生死確認が出来たのは勇者一行が魔王城から出ていった5分後だった。
どうやら気を失っていただけで済んだようで、目を覚ますと暫くボーとして、それからキョロキョロと辺りを見回してから欠伸をして、何かにホッとしたようにまた瞼を閉じてコテンと寝転がった。
「いやいやいやいや」
ミヨクがすかさず起こしに行った。
「ん? ああ、時の魔法使い(ハウは何故かミヨクの事をこう言った)か。いや、まだ寝足りなかったからな。外じゃなかったから、虫に刺される事もないから良いかなと思ってな。床が硬くて身体に悪そうだったがな。ふかふかの布団はないのか?」
そんなハウの発言を耳にしながら魔王は、ファーストコンタクトでこんなに性格に難があると分かったのは初めてだ、と思っていた。
「──マイちゃんは何処だ? わらはマイちゃんをぎゅっとしないと起きられないぞ」
マイちゃん……そう言えば、ゼンちゃんも……。
「──おっ、あそこに居るではないか? 寝ているのか? 仕方がないわらが起こしてくるか」
そう言ってハウは立ち上がるとマイちゃんに近づいて行った。そして床の上でうつ伏せになっているマイちゃんの身体をゆさゆさと揺らして、それから仰向けに体勢を変えて、それから上半身を起こしてあげると、そこで「ウギャー!!」と急に悲鳴を上げた。
「──し、死んでる……ま、マイちゃんが死んでるぞ時の魔法使い……」
マイちゃん殺害事件発生。
だが、ミヨクは割と冷静だった。
「うん。魂が抜けたんだ。きっと」
「魂? どういう事だ時の魔法使い?」
「俺、実は15歳になるとマイちゃんとゼンちゃんに魂を入れられなくなるんだ」
ミヨクはそう言った。
「ん? それは時間が巻き戻ると、魔力が弱くなるという事か?」
魔王がそう口を挟んだ。
「いや、違う。魔力に変化はないんだ」
ミヨクはそう答えた。
「──ただ、精神的に無理なんだ」
「えっ? 精神?」
「そう。俺、今15歳だから、なんか正直、余裕がないんだ。子供の面倒をみる自信が無い的な感じなんだ。何故なら俺も子供だから。だからいつも最短でも18歳くらいまではゼンちゃんとマイちゃんに魂を入れてあげられないんだ。不可能までとは言わないけど物凄く難儀なんだ。これは精神的な問題だからどうしようもないんだ……。特にゼンちゃんは設定上は永遠の10歳から12歳くらいで、15歳の俺とは年齢が近すぎて寧ろ兄弟みたいなものだし、マイちゃんは永遠の5歳から7歳くらいなんだけど、いろんな事に興味津々な年頃で、それに対応する自信と余裕が今の俺には全くないんだ。そういった不安からなのか、15歳の俺ではゼンちゃんとマイちゃんに魂をあげる事が出来ないんだ。難儀なんだ。精神的に無理なんだ」
ミヨクは長々とそう語った。
魔王は少考してから「そ、そうか……」と取り敢えず返答をした。もっと気の利いた何かを伝えるべきかとも思ったのだが、よく考えると、ぬいぐるみに魂をあげるかあげないないかは凄く重要な事案ではなく、いうなればミヨクの単なる独り遊びであり、正直どうでも良かった。
ただ、ハウは物凄いショックを受けていた。
「そ、そんな……。それではわらはマイちゃんと一緒に居られないではないか……マイちゃんがいたから時の魔法使いについてきたというのにこれではまるで……まるで……わらはまだ42日目だから上手い言葉が浮かばんが……この嘘つきめが! お前、こんなの立派な詐欺だぞ! 人攫いめが!」
ミヨクはハウにそう罵られながらも、詐欺と人攫いという割と難しい言葉は知っているんだと思っていた。
「ただ、実はその事なんけど……」
ミヨクはハウを見て、それから魔王に視線を合わせてから言いづらそうにそう言った。
「──その人攫いってのも難しい感じなんだ」
「……ん? なんだ? 言っている意味がまるで分からんが?」
「いや、ほら、人攫いには人攫いの責任があるだろ……なんていうか、面倒を見る的な……」
「……まあ、人攫いに責任があるのかは疑問だが、お前が連れて来たのなら面倒を見るの当然だろうな」
「魔王よ、よく聞いてくれ。今の俺はゼンちゃんとマイちゃんが無理なんだ。精神的に。って事はハウももちろん無理なんだ」
ミヨクはハッキリとそう言った。
「──だから魔王よ、俺が大人になるまでハウの面倒を見てくれないか?」
「は?」
「えっ?」
魔王とハウは物凄く驚いた。
「お、お前、嘘だろ……。よくそんな事が平気で言えるな……」
「そうだぞ、時の魔法使い。わらも凄くびっくりしたぞ。人生(42日)で一番驚いたぞ」
しかしそんな2人を制すようにミヨクはぴしゃりとこう言った。
「俺、15歳なんだ」
と。
「──普通に考えて無理だと思わないか? 子供が子供の面倒を見るなんて。魔王は96歳の大人だろ。余裕があるだろ、心に。俺はちっともないんだ。だから頼むよ」
……魔王は思った。なんて潔のよい奴なんだ、と。このプライドの弱さが15歳なのか、と。
それから魔王は少し考えた。いや、考えるまでもなかった。
返答は、
「……分かった」
と、渋々ながらもそう答えた。
そうしなければハウが可哀想だと考えたからであった。ここでミヨクとハウの今後の生活について論じるのはハウがとても可哀想だと当たり前に思ったからであった。96年生きてきた云々では勿論ない。人としての普通の優しさとして。そう、魔王は勇者に対してもこの大陸の未来に対しても、優しすぎる程に優しい男であった。
「──俺はまあ……それなら、まあ、それでいい。この城は広いし、部屋も用意できるし、食うにも困らせる事もないだろうし……ただ、子供……ハウよ、お前はそれでいいのか?」
「なに? 部屋を用意してくれるのか?」
ハウはそこに物凄く食いついた。
「──ふはははははは。それは良い事だな。わらは今までにそれを与えてもらった事が無かったからな。時の魔法使いの家は居間と寝室しかなくて、ベッドは使わせてくれたが、全体的に殺風景で可愛くなかったしな。お前、魔王といったか、部屋というのはわらの好きなようにコーディネートして良いのか?」
「……ああ。そんなのは好きにしろ。なんなら可愛い家具型のモンスターも作ってやるぞ。ふふふ」
「そうか! モンスターがなんなのか良く分からんが、可愛い部屋にしていいのか! ふははははははは! だったらわらは魔王と住むぞ。マイちゃんとゼンちゃんの居ない時の魔法使いの家など外と一緒だからな」
「外……」
ミヨクはそう言われてとても傷ついた。外はさすがに言い過ぎだろう、と。けれど突っ込みたくとも、もはや魔王とハウは意気投合をして楽しそうに会話をしていて口を挟む事が難しくなっていた。
なので、ミヨクは世界の時間を止める魔法が可能になった瞬間にすぐに使用をし、ゼンちゃんとマイちゃんを抱えてこっそりとこの場から離れて行った。
なんだよ、すぐに仲良くなりやがって……と。女々しく呟きながら。
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