第51話 リドミの大陸の夢の魔法使い⑩


 ミヨクたちは宿屋を出ると大通りから外れた裏路地へと向かった。そこは幾つもの建物によって日の光を遮られた薄暗い場所で、空気はじむじめとしており、道の端にはゴミが散乱していて、そのゴミに5匹の野良猫──と、奇妙な格好をした1人の人間らしき何かが集まっていて、その姿を発見した瞬間にマイちゃんの瞳が(取り敢えず)爛爛と輝いた。


「ミョクちゃん! ネコ、ネコがいるよ! ちっちゃいね。可愛いね。白いのと黒いのと茶色と白のと……なんか凄く丸いのがいるよ。全部ネコでいいのかな? いいんだよね。オラ、本物は初めて見たよ……ところでその横で立っている頭に猫の耳を付けている上半身が裸のおじさんは何?」


「……う、うん。全て猫だね。そういやマイちゃんは初めてだっけ? マイちゃんが長く住んでいたオアの大陸には猫は居なかったからね」


ミヨクは奇妙な格好のおじさんの件は無視をしたようだった。


「オラ、本物は初めてだよ。魔王が子猫型のモンスターを作ってくれたけど、やっぱり本物は違うね。ミーミー言っているね。可愛いね。触ってきていい?」


と無邪気に言い、すかさずゼンちゃんが、「駄目だ」と返答をしたが、それは何も奇妙なおじさんがあまりにも奇妙だったからではなく、「──もう今日は余計な道草はしないぞ」と先程はの反省を込めたものであり、故にマイちゃんも渋々ながらも「……はーい」と返事をした。


 けれど、その猫の群れに寧ろミヨクが近づいていった。その瞬間、ゼンちゃんは嫌な予感がし、マイちゃんもなんだ分からないが妙な胸騒ぎがした。


 タイミングよく(?)頭に猫耳をくっつけた上半身裸の奇妙なおじさんがミヨクの方に振り向いてきた。


  ドキドキドキドキ……。ゼンちゃんとマイちゃんの胸付近からそんな音が鳴ったような鳴らなかったような。


 ミヨクは構わず奇妙な格好のおじさんに近付いていった。


 まさか、あれが夢の魔法使い……?


 そして、


 ミヨクはその奇妙な格好のおじさん──の隣にいる猫の群れの中の1匹である灰色の毛並みをしたマイちゃん曰く凄く丸い猫の……しかもその頭を片手でガッと握るとそのまま持ち上げるのだった。


「あっ! ミョ、ミョクちゃんその持ち方は絶対に駄目なやつだよ!」


「そ、そうだミヨク! それは動物保護団体(?)とかからクレームが来るやつだ!」


「いや、大丈夫」


 ミヨクはそう言った。


「──何故ならコイツが夢の魔法使いだから。さっき俺に悪夢を見せた悪戯大好きの張本人だから」


 ミヨクにそう言われて灰色の丸猫は「……ガー。久しぶりだガー、ミヨク。ガー、ガー……」と喋って答えた。


「えっ?」


 と同時に短発音を発したのはゼンちゃんとマイちゃんで、けれどそれは猫が喋ったからの衝撃ではなく(猫が喋っても不思議ではない世界)、「えっ、じゃ、じゃあ、あのおじさんは何者なんだ? オイラはてっきり、いや、まさかとは思っていたんけど……」とした疑問からのようであった。


 ミヨクは奇妙なおじさんを見つめ、やがて目を逸らしてからこう答えた。


「さ、さあ……. 俺の知り合いではないけど、上半身が裸での外出がこの町では良いのかも知らないけど……うん、全く知らない人だね」


「……」


 ゼンちゃんとマイちゃんも奇妙な格好のおじさんからやがて視線を逸らした。



 ◇◇◇



 丸く、丸い、後ろから見たら鏡餅のようなフォルムの猫であった。顔も肉に埋もれていて目鼻口のどれもが可愛らしさを失っていて、寧ろひたすらふてぶてしく、手足もまた短く、2本ある尻尾のそのどちらも短いが故にパタパタと動かす事ができず、正直それを見てマイちゃんは少々がっかりとしていた。あんまり可愛くない、と。


「夢の魔法使いって猫だったのか? いや、それともコレは猫に見える丸い何かなのか?」


 ゼンちゃんがそう言った。


「いや、ゼンちゃん、それにマイちゃん。残念ながらコレは正真正銘の猫だよ。ただ太りすぎているだけだよ。怠けすぎている結果だよ」


 ミヨクはしんみりとした表情でそう答えた。


 丸猫はゴミ箱の上でスコ座り(おじさん座り)をしながら3人を見回して、それから、ブッ。と一発放屁をかまして、それにマイちゃんがビクッと肩を震わせた後でこう言った。


「ガー。ゼンちゃんとマイちゃんと言ったガーな。なんかお前たち失礼だぞガー。猫差別はよくないガー。よく見てみガー、吾輩もこれでなかなか可愛いガー。ガー、ガー」


 丸猫は特に表情を変えずにふてぶてしい顔のままそう言っていたので、その可愛いは一向に伝わってこなかった。それよりも、マイちゃんは「ガーって何? 何でガーって言うの?」とその方が気になっていた。


「マイちゃん。とても良い質問だね。ガーはね、ニャーなんだ。コイツも最初はちゃんとニャーって言えていたんだ。ただ、長年生きている内に、声が嗄れていって、ニャーが、ナーになって、ナーが、ヌァーになって、ヌァーが、ギャーになって、そして、今ではガーになっているんだ。ただし、本人はニャーって言っているつもりだからあまり突っ込んであげないで欲しいんだ」


「ガー! 言ってないだろーガー! 吾輩はガーなんて言ってないだろーガー! 適当な事を言うガー! ガー! ガー!」


「ほんと可愛くないよね。これが夢の魔法使い。名前はナツメさん」


 一人称が吾輩の名前のある猫、ナツメさん。


「……それよりガー、ミヨク、こんな所で話を進める気ガー? 吾輩は嫌だガー。どこか暖かい所で吾輩を持て成せガー。熱すぎず冷めすぎずのミルクを持ってこいガー! ガー、ガー」


「……こんな所って……ここはお前が残飯を漁っていた所だけどな」


「うるさいガー! うるさいガー! 残飯っていうなガー! 熱すぎず冷めすぎず色々な食材が混ざり合った丁度よい食事と言えガー! 吾輩の言う通りにしないと何も教えやらないガー! それでもいい──」


 その辺でミヨクはまたナツメさんの頭を持ち上げて黙らせた。


「……すまんガー。言いすぎたガー。だから頭を持ち上げるのは止めてくれガー。痛いガー。もげるガー……調子に乗ったガー。ガー、ガー……」


「うん。気をつけるんだよ。なにせ俺たちはお前を探すだけで18日の時間を費やしているんだから。お前に対するストレスが全く無いわけじゃないんだからな。勿論さっきの悪夢も含めてな。なんならお礼に俺も魔法を使ってやろうか? お前の時間だけどんどん進めて今すぐに寿命にしてやろうか(実際に出来る魔法かは不明)?」


「……ガー。分かったガー……だから時の魔法で吾輩を攻撃しないでくれガー……ガー、ガー……」


「本当に気をつけるんだぞ。ナツメさん。ただ、確かにここじゃなんだから場所は変えてやる」


「……ガー、ガー……」

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