第50話 リドミの大陸の夢の魔法使い⑨


 暗闇の中でマイちゃんが泣いていた。ミヨクはまたゼンちゃんが泣かせたのだと思い近づいていくが、ゼンちゃんの姿はどこにもなく、マイちゃんが1人でポツンと泣いていた。


「どうしたんだい、マイちゃん?」


 ミヨクがそう尋ねた。


「無くなったの……」


 マイちゃんは鼻を啜りながらそう答えた。


「何が無くなったの?」


「無くなっちゃいけないもの……」


「だから、それは何だい? 一緒に探すよ」


「ミョクちゃんの命だよ!」


 マイちゃんが急に語勢を強めると、途端にミヨクの周りを巨大な無数の槍が囲み、それが即座に一斉に襲いかかってきた。


 ──だが、ミヨクはそれを間一髪の所で世界の時間を止めて防いだ。


 ──が、その瞬間、背後にファファルの悍ましい気配を感じた。


 空間魔法による瞬間移動。


 しまった!


 と声を発する間もなく、ミヨクはファファルの大鎌であっさりと首を切断された。


 ……ああ、時間が巻き戻る……。


 不死のミヨクは口惜しそうにそう呟いた。


 ──だが、今回はいつものようにその現象が起きなかった。ミヨクが死と認識した瞬間に気付けば15歳の姿に戻っているあの現象が今回は何故かやって来なかった。


 まさかの死?


 そして、ミヨクはそれを一瞬だけ喜んだ。


 死。


 遂に。念願のそれが来たのだと。


 だが、


 たぶん違う。これは死ではない。とすぐに悟った。


 何故なら、現在のミヨクの姿は顔と胴体が綺麗に分断されているのだが、ミヨクは首から上の無い自分の胴体を真正面に見つめたまま、それを見ていると認識が出来る程に意識がしっかりとあるのだから。


 生きている。何故かは知らないけれど。


 そこにゼンちゃんがやってきた。そしてミヨクの顔を見下ろすと、「マイ、ボールがあるぞ。蹴りっこしようぜ!」と嬉しそうに声を上げて、ミヨクの顔面を思いきり蹴飛ばした。


 痛みは無かった。宙で顔が上から下に物凄く回転していたが意識が失われる事もなかった。故にその辺りでミヨクはここが夢の中であると気付いたのだが、その前にマイちゃんに「オッケー、任せて!」と見事なボレーキックを炸裂させられて、痛みは無かったが心が大変傷ついた。


 飛距離は分からないが結構遠くに飛ばされて、ミヨクは3回ほどバウンドしてから仰向けに着地させられた。


 すぐに夢の中から現実に戻ろうと思ったのだが、心に傷を負わされて動揺しているせいか、眠りから起きる方法がすぐに浮かばなかった。


 あれ? どうやって現実世界の俺の瞼を開ければいいんだっけ?


 夢を俯瞰ではなく自分視点で見ている時に稀に起こる現象。


 ──そうだ、ほっぺたを抓ったら…….。


 しかしその名案は今の顔だけのミヨクには難しく、しかもファファルはまだミヨクの胴体の背後に立っていて、彼女は闇のように深い黒色をした仮面の中から黒色と銀色の瞳でミヨクを凝視すると、両手で持っていた大鎌で今度はミヨクの両腕をスパッと切断した。


 あ、アイツ! 


 そこにゼンちゃんが走ってやってきて、「行くぞマイ! スーパーシュートだ!」と言って物凄く力強く蹴られて、また遥か遠くに飛ばされた。


「ゼンちゃーーん!」


 そして、


 そこでミヨクはようやく目が覚めた。


「おっ、起きたかミヨク?」


 ゼンちゃんがそう言った。


「汗でびっちゃりだよミョクちゃん」


 マイちゃんも心配そうにそう言った。


 ハウはベッドの上で眠っており、「ふははははは。もう食べられんぞ。でももう1個だけそのケーキを食べるぞ。ふはははははは」と楽しげな寝言を言っていた。


「夢の魔法使いめ! あからさまな依怙贔屓をしやがって!」


 ミヨクはそう憤ったが、どう考えても迂闊にも眠ってしまったミヨクの方が悪かった。

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