第47話 リドミの大陸の夢の魔法使い⑦
国内への異変もすぐに起きたようだった。
砦の門から魔力に敏感な魔道士たちが一斉に外に出てきた。誰もが、「なんだ今の魔力は?」と蒼ざめた様子で。その数分後には魔力に鈍感な兵士たちもぞろぞろと現れた。そしてその中には明らかに他の者たちとは雰囲気の異なる1人の男の存在もあった。
モクジュの国のカラーである緑色のローブと三角帽子を被った、コールナ・ポートレール。この国のナンバー2にして、世界で23人しかいない参大魔道士の1人。
──彼は最後尾から大勢の魔道士と兵士たちで作られた直線路を進んでミヨクの前にやってくると、即座に片膝を突いて帽子を脱いで頭を下げた。
「お久しぶりです。時の魔法使いミヨク様。私が参大魔道士になった時に会いに来て下さいましたのが最後でしたから、7年ぶりです」
その敬意が込められた自国のナンバー2の行動に、この場に居る誰もがミヨクが本物の時の魔法使いだと理解した。こうなると先程まで敵意を向けていた兵士たちの表情も途端に焦り一色となった。
「……だから嫌なんだよ。表立つのは。こんな感じになるから。だからコソコソしていたかったのに……特に魔法使いの多い場所では……」
ミヨクはぶつぶつとそう呟いて何度も溜め息を吐いた。
「ところで、今日はどうしまたか? 私たちをここに集める程の急用とは──」
「いや……うん……ちょっと国に入れて欲しいんだよね」
その瞬間、この場に居るモクジュ国の誰もが雷に打たれたような物凄い表情となった。
「ま、まさか……この国を滅ぼすのですか……?」
コールナがそう言い、誰もがその場に崩れ落ちていった。
時の魔法使いは国を容易く滅ぼせる。そんな噂が世界中に流れているとかいないとか。もちろんミヨクはこれまでに滅ぼした事もないし、滅ぼそうと思った事もないのだが。世界三大厄災と呼ばれる恐怖が勝手に独り歩きをしていた。
だからミヨクは嫌なのだ。表立つのが。無駄に人々に恐怖を与えてしまうから。自分の存在が脅威すぎるから。なにせ世界の時間を止める事が出来る最強の力を持っているのだから。
「……そんな事はしない。ただ、この国に夢の魔法使いが居るんだ……会いに来たんだ。それだけなんだ。それが終わったらすぐ帰るから、ミモジの町に行かせて欲しいんだ」
「おや、そうでしたか。ただ、夢の魔法使い様ですか? この国に居るのですか? 私は知りませんけど……いや、ミヨク様がそう言うのでしたら居るのでしょうね」
「うん。居る。アイツは悪戯好きだからきっと隠れてる。でも居るのは間違いない。アイツがどれだけ上手に魔力を隠していても俺には分かるから」
「流石ですね。新法大者様の本気で隠している魔力まで感知できるなんて。分かりました。おい、この場にミモジの国の兵士は居るか?」
コールナがそう言うと、最初から居た3人の兵士が渋々と挙手をして前に出てきた。
そして、
「先程は本当すいませんでした!」
と声を揃えて頭を地面のすれすれまでに下げて詫びてきた。それは明らかな掌返しなのだが、ミヨクは寧ろ申し訳ない気持ちでいっぱいになり「いや、そちらは悪い事はしていないよ。だから謝らないで欲しい。こちらこそすまない。驚かせてしまって」と謝罪をした。
「──ただ、許してやってくれとは言わないけど、この火の魔道士ハウ(本当は大魔道士なのだが説明が面倒なので省いた)は見た目からも分かるようにまだ幼いんだ。善悪の区別が付いてないんだ。勝手に戦争に乱入した事は物凄く悪い事だけど、悪気があったわけじゃないんだ。ただ、魔力が強すぎただけなんだ。だから──」
ミヨクはそこで口篭った。何故ならこのままハウの庇護を続けていると、モクジュの国に対して戦争批判へと繋がってしまいそうだったから。それは世界の争いに関与しないと決めているミヨクの意に反した言動になってしまうから。戦争はダメな事。でもこの世界がそれを当たり前としている限り俺は否定はできない。何故ならそれが今を生きるこの世界の人々の意思なのだから。
ただ、
「いえ、言いたい事は分かります。ミヨク様」
と、コールナはそう言った。
「──戦争事態がそもそもの悪ですからね。寧ろ魔道士とはいえ幼子を巻き込んでしまった事を深く謝罪します」
コールナは礼儀を重んじるタイプのようで、その言葉使いも丁寧であった。
「──ただ、戦争は仕方がないのも事実ではあります。我々とてしたくはありませんが、世界中の全てで平和を願わない限り、争いが止む事はないでしょう。勿論、自衛もまた同罪です。ただ、それでも理解して頂きないのは、戦争は……私も含めて大半の者たちか辛い思いでやっています。それだけはどうぞ御理解をして下さい」
「……うん。いや、分かっているよ。そうだよね。傍観者の俺が何かを言う事自体が間違いだよね。分かっているよ、コールナ。俺が悪かった」
「いえ、ミヨク様は間違ってはいません。ただ戦争を当たり前としている世界が悪いだけです──けれど、分かりました、善処します。力の無い者を極力巻き込みません。確実とではなく曖昧な言い回しで心苦しいですが、どうかそれで今回は納得して下さいませ。ミヨク様」
「……うん。ごめん。俺が余計な事を言った。忘れていいよ、コールナ。感情的になった俺が悪かった。本当に申し訳ない」
ミヨクの力は絶大だ。世界を滅ぼせる程に。故にその存在は他者には恐怖でしかなく、言葉一つで相手に制限を作ってしまう。
世界に干渉しないと言いながらも。あー、勉強嫌いだな。と何気ない一言で翌日には学校が消滅してしまう程に、簡単に。
故に、とても難しい。
誰かと会話をするのが。特にミヨクの事を恐怖の対象として見ている者とは。
だからミヨクは基本的にはひっそりと生きていたいと思っていた。魔法使いの数の少ないオアの大陸に長く住んでいるのもそういった理由からであった。
世界中の誰にも迷惑を掛けたくないから。
世界の三大厄災。それはもちろん良い言葉などでは決してないのだから。
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