第46話 リドミの大陸の夢の魔法使い⑥

 

 その日、モクジュの国の誰もが、一瞬だけ、今まで味わった事のない恐怖に苛まれた。例えるならばそれは抗う事の出来ない未曾有の天災に直面をしたような感じで、そして抗う事の出来ない人間の弱さを悟った瞬間で、故に死とはこういうものなのだと誰もが痛感させられる程の恐怖であった。そう、一瞬だけだったがそういう気持ちにさせられた。



 ◇◇◇



 遡る事、15分前──


 ──モクジュの国の東の砦。


 そこにはミヨクの前述通りに分厚いガラスのような結界魔法の壁があり、そこに近づいていくと砦の門の向こうから鎧に身を包んだ兵士3人が許可という解除方法で外に出てきた。


 そして、


「ややや。貴様は火の魔道士のハウではないか!」


 とハウを見下ろした途端に明らかに怪訝そうな声と顔をした。


「ふはははははは! 何日かぶりだな。何日か知らんけど。モクジュ国の兵士よ、元気だったか? 名前は知らんけど。わらは元気だぞ。名前は知らんけど。ふははははは」


 ハウは物凄く楽しそうに笑っているが、モクジュ国の兵士達が歓迎していないというのはミヨクは既に肌で感じていた。


「──入れてくれ。取り敢えず国に入れてくれ。この者たちがモクジュの国に用事があるらしいんだ。わらと居れば顔パスだろ? 結界魔法に許可の申請だったか? それをして中に入れてくれ。わらと居れば顔パスだろ? ふはははははは」


「駄目に決まっているだろ!」


 すかさず兵士の1人がそう言った。ハウの笑い声をピシャリと遮るように大きな声ではっきりとそう言った。


「──火の魔道士ハウよ、数日前に貴様が何をしたのか忘れたのか?」


「ん? なんの話だ? わらが何かしたか?」


「貴様、忘れたとは言わさんぞ! 我が国が隣国と戦争している最中に、喧嘩両成敗だ、と訳の分からない事を言って火の魔法で敵との間に炎の壁で隔てを作って我々の身動きを止め、挙句、魔力を使い果たして気を失い、炎の壁は貴様が目醒めるまで消える事がなく、我々の動きを半日以上も止めた事を! しかもサウナのように暑かったから寧ろそれで敵も味方も全滅しそうだった、あの悪の所業を忘れたとは言わせんぞ! この悪魔めが!」


 ハウは端的にいえば無知で無垢で無邪気で純粋な少女。ただし強大な魔力を秘めた無知で無垢な……。故にミヨクは頭を抱えて、ほら恐ろしい、やはり恐ろしい、と思っていた。


 そこに2人目の兵士が追い打ちをかけてきた。


「そうだ! 貴様は分かっていないのか? 貴様がこの国から出ていったのは、貴様の意思とは無関係だぞ。出禁になったからだぞ! 分かってなさそうだったがやはり分かっていなかったのか! 何が入れろだ図々しい。分かったらとっとと立ち去れ、この悪魔めが!」


 ハウはまた悪魔めがと怒鳴られた。だが、特に凹んだ様子はなく寧ろ笑っていた。


「ふははははははは! できんって何だ? あんまり難しい事を言うな。わらはまだ17日目だから全ての言葉の意味を理解していないからな。ふははははは」


 無知で無垢で無邪気で純粋な少女。けれど当然にそれで済まされる筈もなく、「貴様、ふざけおって!」と兵士の1人が憤ると手に持っていた槍を構え、他の2人も同様にその刃先をハウの小さな身体に向けた。


 ──が、それはすぐにマイちゃんの蹴りによって弾かれ、くるくると宙で回転してから地面に落下していった。


「駄目だよ。オラの友達 (なったばかり)に武器を向けちゃ。どうしてもそんな野蛮な事するならオラが相手になるよ」


「……マイがやるってんなら、仕方ないからオイラもやるぞ。いいか、ミヨク?」


 そう言いながらゼンちゃんも前に出た。


 それに対して、ミヨクは即座にゼンちゃんよりも前に出ていき、そして──


「ごめんなさい」


 と、兵士たちの方に向かって頭を下げた。


「えっ、ミョクちゃん? えっ、何で? オラ何か間違えた……?」


「み、ミヨク……す、すまん! オイラたちが悪かった! 間違えた。勝手に行動しちまった……だ、だから頭を──」


 それはゼンちゃんとマイちゃんにとっては衝撃的な光景だったようで2人は途端に慌てふためいて、マイちゃんは今にも泣きそうな顔となっていた。


 しかし、


「……いや、間違えてはいないよ。友達 (なったばかり)の為に行動するのは良い事だよ」


 と、ミヨクはいつも通りの穏やかな表情でそう言った。


「──でも、それじゃあ話が進まないから……」


「なんだ、話が進まないって? 貴様も我々を舐めているのか?」


 兵士の1人が眉間に深い皺を刻みながら今度はミヨクに槍を向ける。だがミヨクはそれに怯む事なく兵士たちを見回すと、それからこう告げた。


「時の魔法使いだ。非礼は詫びるから怒らないで欲しい。この国に参大魔道士のコールナ・ポートレールが居る筈だから、呼んできて欲しい」


「こ、コールナ様を呼べだと? 貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか? コールナ様はこの国で国王の次に偉いお方だぞ。時の魔法使いかなんか知ら──ん? 時の魔法使い? 貴様、時の魔法使いって言ったか今……?」


「うん。言いたくなかったけど言った」


 ミヨクがそう言うと3人の兵士たちは途端に顔を見合わせて何やらヒソヒソ話しを始めた。


「えっ? 嘘? ほ、本物?」


「いや、ってか、時の魔法使いって実在したのか? てっきり空想上の生き物か何かだと思っていたが──」


「いやいや、空想上の生き物だろ。噂では世界の時間を止める事が出来るっていうんだぞ。それが本当なら大災害級の人間だぞ。そんなのが居るわけないだろ。そもそも世界の時間を止めるってなんだよ? 嘘をついているだけだろコイツが」


 魔法の発祥の地が大陸内にあるせいだろうか、どうやらこの国では時の魔法使いの名前は威力がありすぎるようだった。けれどそれでは埒が明かないので仕方なく、「じゃあ、いいよ。自分で呼ぶから」と言って、ミヨクは魔力を──全力の魔力(世界の時間を止める時と同じくらいの魔力)を一瞬だけ解放した。


 ズオォォオン。


 晴天だった空が何の前触れもなく急に真っ暗闇に包まれたかのような、そんな不安な気持ちにさせられる悍ましい何かが途端に周囲を包んだ。その瞬間に3人の兵士の背筋が凍りつき、脚がガクガクと震え、目の前の景色が真っ白になった。と同時に空間の魔法使いファファルが大鎌をもって急に現れた──のだが……なんだ、世界の時間を止めた訳ではないのか。ならば殺せないな。フェイントなど小癪な──みたいな表情を浮かべるとまた瞬間移動をして消えていった。という抹消的な一刹那が挟まれていたがそれはミヨク以外には見えていなかったのでスルーをして、けれどそれら全ては一瞬の事であり、3人の兵士が同時にハッと我に返ると、そこには先程と何も変わらないミヨクの穏やかな顔があり、だからこそまた全身に寒気が走った。ああ、この人はヤバすぎる程にやばい……と。

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