第45話 リドミの大陸の夢の魔法使い⑤

 

 ルア。


 それは少女の姿をした、神に使命を与えられて作られた特別な存在。


 形を持たない神に代わり世界に害を成すものを粛清する代理者。


 ハウ……今までの発言に偽りがないのであれば、彼女もまたこの世に生命を与えられた瞬間から今の少女の姿をしている普通の人間とは異なる存在。


「……ハウは、願えば魔法を使えるのか?」


 ミヨクがそう質問をした。


「ん? たぶん使えるぞ。なんか使って欲しいか?」


「そうだな……」


 そう言ってミヨクはニヒルな校長に視線を向ける。


「──あの校長に向けて“風の魔法”を放ってみてくれ。威力はそうだな……さっきの見事なフライングチョップと同じくらいで」


「えっ? ミ、ミヨク様?」


 校長は当然のように目を丸くした。


「ふはははははははは。見事だったか。そうか、そうか。よし、任せておけ!」


 そしてハウは風の魔法、「【スースーフ─《風の玉》】」を普通に使った。


「えっ、えっ、ミヨク様? まさかさっき私がミヨク様の言葉を手のひらで遮ったのを──ゴフッ!」


 むしろ言葉を遮られる形でニヒルな校長が身体をくの字に折り曲げながら飛んでいった。


 ミヨクはそんな様子を遠い目をしながら見つめ、そしてハウにこう言った。


「うん。さっきと同じゴフッだったから威力は同等っぽいね」


 うん、うん、と頷きながら。そんなミヨクを眺めながらニヒルな校長とゼンちゃんは取り敢えず「……」とだけ思っていた。


「ふはははははは。どうだ使えるだろ。わらは、なんかなんとなく魔法を使えるんだ。なんか願ったら使えるんだ。なんなら他の魔法も見せてやろうか?」


「いや、いい」


 ミヨクは即座にそう答えた。何故なら、もう充分であったから。この時点でハウが特別な何かだと判断がついたから。


 端的に言ってしまえば不可思議すぎる程に不可思議な存在。1000年を生きる世界最高レベルの魔法使いであるミヨクにでさえハウが風の魔法を使えた理由がかがまるで分からなかった。何故なら風の魔法は風の魔道士か、それを経由した魔法使いにしか使えないのだから。なのに、しかも魔力を正確に感知した結果、ハウが火の魔道士であるのは間違いない筈なのに、異なる流派の魔法をしかも普通に使ったのだ。それは明らかにセオリーの無視、本来ならば火の魔道士が風の魔法を使うには先ずは火の大魔道士に成らなければならないのだが、それを素通りした事となってしまい、そんな例外は1000年を生きるミヨクでさえも知らない事態であった。しかも、改めてハウの魔力を感知すると、魔力が爆発的に増大しており、たった今、火の大魔道士“兼”風の魔道士と成っていた。


 ──そう、もう一度言うが、いきなり火の大魔道士(兼、風の魔道士)。なんの修行もせずに。


 完全に理を無視した存在。ルールさえも後からやってくる不可思議以上の何者でもない存在。


 故にミヨクは、ハウをルア的(神が関与する何か)な何かであって間違いがないと判断をせざるを得なかった。


 そしてそれを正解とするのならば、これまでの色々な不可思議が解明へと導かれ、更にそして、何故いま急に現れたかの理由も推察する事が可能であった。


 ラグン・ラグロクト。


 もうすぐ復活するであろう神の退治したい難敵。


 800年前に姿を現したルアはその代理者であった。


 ならば、ハウも……。


 しかし、そうだとしても──ハウが神によって作られた新しい代理者だとしても、ミヨクはそれよりも、


 恐ろしい、とても恐ろしい……。


 と、思わざるを得なかった。


 何故ならハウは800年前のルアよりもだいぶ幼く、そしてだいぶ無知で無垢で無邪気で純粋な少女であると見受けられるのだから。


 つまり、


 こんな元気だけが取り柄のような少女が、強大な力を繊細に制御できるとはとても思えない……。


 ──いや、なんならミヨクはハウの魔力の上限がどこまでかは分からないが、仮にルアと同等であるとするならば、善悪の区別がつかないままに、無知で無垢で無邪気な感じのままに、世界を滅ぼしかねないのではないだろうか……。


 と、考えざるを得なかった。


 なので、


 ミヨクは渋々ながらも悩まなければならなくなってしまっていた。


 ハウを保護(管理)するべきか、それとも面倒は嫌いなのでやはり無視(野放し)をするべきかを。


 無論、選択肢は前者しかない。なにせミヨクは世界最高レベルの魔法使いなのだから。誰にも難しい事は率先してやらなければならない存在なのだから。なにせ世界最高レベルの魔法使いなのだから。そもそも無視という選択肢があること事態が甚だ疑問でしかないのだが。


 だが、それでもミヨクは悩むのだった。


 今回の事態が青天の霹靂すぎて、心の準備が……いや、正直に言ってしまうと、ああ……とても面倒くさい、面倒くさい、面倒くさい、と思っていたから。


 そんなミヨクをこの中では一番に付き合いの長いゼンちゃんが「……」と見つめていた。



 ◇◇◇



 やや暫くの時間が経過した。


 ミヨクは葛藤の末に、ダメだこれは答えが出ないやつだ。と結局そう思った。


 なので、


 取り敢えず、


「……ハウ、モクジュの国まで一緒に来てくれないか?」


 と、そう告げた。但しこの意図は保留であり、時間が経過すれば名案が浮かぶかも知れないと考えたもので、いわば単なる先延ばしであった。


 しかし、その時に思わぬ事態が起きた。


「えっ、本当! わーい。やった、やった。ハウちゃんと一緒に行ける。やった、やった!」


 と、マイちゃんがすこぶる喜び、ハウも負けじと「ふはははははは。嬉しいぞ。わらの方こそ嬉しいぞマイちゃん!」とすこぶる喜び、2人は手を取り合ってハッピーダンス(創作)を始めたのだ。


 そんは2人の嬉しそうな様子を眺めながらミヨクは、マイちゃんがそんなに喜んじゃったらもう後には引けなくなるじゃん……と思っていた。


 それに、


「本当にいいのか、ミヨク?」


 と、ゼンちゃんにそう問われ、


「……分からないんだ。正直、分からないんだ……分からないけど、仕方がないんだゼンちゃん。ただ絶対にハウは野放しにしてはいけないって事は分かるんだ。凄く危険なアレだってのは俺には分かっているんだ。だってたぶん簡単に参大魔道士や新法大者になってしまう存在だから。そうなった時にその強大な力を制御できるのかどうか甚だ疑問なんだ。たぶん無理だと俺は思うんだ。だからそうなった時に近くにそれに対応できる強い存在が居ないと世界がとても危険な気がするんだ。だから仕方がないんだ。俺にもよく分からないけど仕方がないんだ。そして、俺に少し考える時間が欲しいんだ。だからそれまでは一緒に居るしかないんだ。仕方ないんだ」


 と、正直な気持ちがそれであったから。


 仕方がないけど、取り敢えず行動を共にしなければ。一応、俺、世界最高レベルの魔法使いだし……。


 そんなミヨクの決断を聞いて大いに喜んだのは厄介(ハウ)払いが出来たと邪に思ったニヒルな校長だった。けれどその決定的な瞬間を逃さなかったミヨクはハウにこう指示をするのだった。


「ハウ、校長がまたゴフッって言いたいらしいぞ」


 と。


「ん? ふはははははははは。そうか、そうか分かったぞ。アレは案外とクセになるもんなんだな。任せておけ。ふははははははは。そーれ! ふはははははははは」


「そ、そんなミヨクさ──ゴフッ!」


「ふははははははははっ!」


 無知で無垢で無邪気で純粋な生後17日目の少女ハウ。


 ──こうしてミヨクたちの旅に新しい仲間(たぶん一時的に)が加わった。

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