第43話 リドミの大陸の夢の魔法使い③

 

 その男は威厳に満ちていた。太陽の光を嫌うような細めた目と、長く蓄えた白い髭、堀の深い顔。廊下を歩けば生徒たちが敬意を表するウナサの町の魔法学校のニヒルな校長。


 そんな彼が今日は珍しく慌てた様子で走ってはいけない廊下を走り、生徒たちの挨拶に応じる余裕もなく、息を切らせながらミヨクたちのいる校門の前にやってきた。


「はあ、はあ、はあ、はあ……いや、マジで何やってんスか? はあ、はあ、はあ、はあ……校長に就任して以来、初めて全力疾走しましたよ。はあ、はあ、はあ……」


「だ、誰だ?」


 ゼンちゃんがすかさずそう質問した。


「息遣いが変態に聞こえなくもないけど、この学校の校長だよ」


 ミヨクがあっさりそう答えた。


「いや、校長だけでいいでしょうが! はあ、はあ、はあ」


 今年86歳になる高齢者だが、学校という特殊な環境下だからだろうか、ミヨクの今の見た目が28歳だろうとも、呼吸が虫の息になってようとも、目上の方にはきちんと敬語を使用する礼儀正しい男であった。


「うん。そうだね。校長の呼吸があまりにも荒いから意地悪をした。それでどうした? 血相を変えて──」


「いや、ミヨク様がなかなか来ないから! この町に来たのは入った瞬間に魔力で察知していましたけど、なかなか私の所に来ないから! 来るのは分かっていましたけど、なかなか来ないから! だから格下の私が行くのかを待っているのかと思い──」


「そうだよね。校長には分かるよね。魔力感知得意だものね。弍大魔道士だし……ん? 来るのが分かっていた? 俺が? えっ、何を言っているの?」


「えっ? 逆に何をしらばっくれてるんですか? アレの対処に来てくれたんですよね?」


「アレ? えっ? アレ?」


 なんともちんぷんかんぷんな話の流れだが、更にそこに大きな笑い声が響いてきた。


「ふははははははははっ!」


 と。


 そして、その笑い声の主はダダダダダダッと物凄い勢いで校庭を駆けてくると、勢いもそのままにニヒルな校長に「はい、ドーン!」などと声を発しながらフライングチョップをかました。 


「ゴフッ」と、身体をくの字に折り曲げながら吹き飛ぶニヒルな校長86歳。そんな老体を見下ろしながらフライングチョップの主は「ふはははははははっ」とまた豪快に笑った。


 ミヨクは思った。元気のリミッターが壊れたヤバい奴が来たな、と。


 そして、


「ん?」


 とミヨクに振り返る天真爛漫の主。


「──お前は何だ? 校長よりも偉い感じか?」


「……何でそう思うんだい?」


 ミヨクはそう質問を返しながら、おや、魔力感知が得意なのかな、と思っていた。魔力感知が得意だとしても俺の魔力を感知するのは割と凄いな、とも思っていた。


 ──何よりも、


「──幾つだい?」


 と、思わず年齢を聞きたくなるくらい天真爛漫の主は幼い程に幼かった。


「17日目だ」


 と天真爛漫の主は答えたのだが、ミヨクは一般常識という先入観から17歳だと聞き間違いをしてしまい、そうは見えなかった(推定では10歳前後くらいに少女に見える)ので不思議に思っており、その最中にも、いやどちらにしても魔力感知は熟練の技なので17歳だとしても難しい筈なんだけど……って、あれ、そもそもこの少女は魔法使いなの? ともあれこれ考え始めて少しパニックになっていた。17歳だよな…‥なんか17日目って聞こえた気がするけどそんな筈ないよな、17歳だよな……と。


「17日目って何だ?」


 不意にゼンちゃんがミヨクにそう聞いた。


「17日目って事は、17日って事だよねミョクちゃん?」


 マイちゃんもそう聞いた。


 ミヨクの思考が一時的に停止をした。


 その時、天真爛漫な少女はゼンちゃんとマイちゃんをこれでもかってくらいに瞳を蘭々と輝かせながら見つめると、「うおーー! なんだこれは? 可愛いぞ。可愛いすぎるぞ! うおーー! うおーー!」と物凄くはしゃいだ。


「オイラはゼンちゃんだ。男に可愛いなんて言うんじゃねえ」


「えへへ。オラはマイちゃんだよ。あなたのお名前は?」


「ふははははははは。ハウだ。そうかゼンちゃんとマイちゃんと言うのか! 可愛いな、可愛いぞ。ふはははははっ」


「ハウちゃんっていうんだ。ハウちゃんの方こそとっても可愛いよ。髪も可愛いね。綺麗なピンク色だね。いいね。羨ましいね。可愛いね」


「おっ、分かるかマイちゃん。自慢の髪だ。髪は女の命だからな。ふははははははっ。触っていいぞ。触って、ついでに頭をなでなでしてくれてもいいぞ。ふはははははははっ」


「いいの? オラ、触る。触ってなでなでする。えへへ」


「……」


 ミヨクは思った。いや、色々な事を質問したかったのだが、まず何よりも思った。この少女は物凄く豪快に楽しそうに笑うな、と。元気いっぱいだな、と。

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