第40話 間話 17日前のとある何か
その
それはつまりは生まれたばかりの赤ん坊と同意なのだが、その何かは僅か数秒で、ここが世界という生命体たちが住む地である事を、そして自分がその生命体である事も理解をした。
そして自身が人間の形をしている事も目で確認をして知った。
しかも、
「これは女というやつだな」
というのも小ぶりとはいえ胸の膨らみで理解した。
さらには、
「──可愛いな。これ」
と、腰まで伸びているベビーピンク色した自身の髪を見て嬉しそうに笑った。
「鏡が見たいな。どっかにないのか」
何かはそう言うと歩き始めた。
◇◇◇
やがて、どこかの村に辿り着いた。
最初に何かを目撃したのは家の前で薪割りと洗濯をしていた老夫婦で、ばあさんがすぐに「見たらいかん!」とじいさんに言い放つと、すかさず何かに近づいていき、事情を聞く事もなく自宅へと連れて行き、服(ひまわり柄の浴衣)と蒸かし芋を手渡した。
「分かる、分かるぞ。戦争に巻き込まれて逃げできたんじゃろ。いい、いい、何も言わんくていいから取り敢えず芋を食ってろ。腹を満たせ。腹を。何よりも大事なのはそれだ。何も言わんくていいから。食え、たくさん食え。なっ」
ばあさんは物凄く親切な人物であった。何かはばあさんの言葉の意味はよく分からなかったが、浴衣は少しぶかぶかだけで、蒸かし芋は美味しいと思っていた。
それにしても寒い室内であった。太陽が沈んで気温が低下すると隙間風が運んでくる冷風に身が震えた。
「すまんな。秋になったばかりでまだ暖を取る用意をしてなくてな……わしらは慣れているから大丈夫なんじゃが、ほれ、毛布を被りなさい。毛布をいっぱい頭から被りなさい」
そう言ってじいさんとばあさんが毛布を持ってきてくれて、それを頭から被ると何かは嬉しそうに「ふははははははっ」と笑った。
そして何かは暫くそれを堪能すると、毛布からひょっこりと顔を出してじいさんとばあさんにこう尋ねた。
「可愛いか? わらのこの髪と顔は可愛いか?」
鏡があれば自分でも確かめたかったのだが、残念ながらこの家には鏡はなかった。ただ、じいさんとばあさんの回答は勿論「かわいいに決まっとる」であった。
「そうか。可愛いか。では、毛布から出たらもっと可愛いか?」
そんな何かよく分からない理屈を言いながら毛布からもぞもぞと出てくる何か。それに対してのじいさんとばあさんの反応は勿論「可愛いすぎる決まっとる」なのだが、その後で「……じゃが、その可愛いのが見れないのは残念じゃが、毛布を被りなさい。この家はボロで寒いからのう。可愛い子に風邪をひかせる訳にはいかないからのう。ほれ、毛布を被りなさい」と不甲斐なさを表情に滲ませながらもそう言った。
「ふははははははっ。そうか、そうか。わらは可愛いか。だったらその可愛いをいっぱい堪能して……ん? 堪能して、ん? 堪能していいのだ……ぞヘッブシッ!!」
と、そこで何かは豪快にくしゃみをした。人生で初くしゃみの瞬間であった。
「──おっ、凄いのが出たな。これがくしゃみというやつか。初めましてだが知っているぞ。何故かは知らないが知っているぞ。なるほど、なるほどな。楽しいが自力では出せん感じだな。くしゃみか。ふははははははっ。くしゃみだな。ふははははははっ。鼻がずびずび(むずむず)すると出るんだな。よし、もう一回──」
「ほれ、言わんこっちゃない。風邪をひくから早く毛布を被りなさい」
ばあさんにそう言われ、その表情から心配されていると瞬時に理解した何かは、「分かったぞ。毛布は被る。ただじいさんとばあさんも暖かくしたいから、こうするぞ」と言うと、何かは魔法を唱えた。
【ホワホワ《燃えない熱》】(第26話参照)を。
それを見た瞬間、じいさんとばあさんは大層に驚いた。
「あんれ、魔法使い様だっただか? それはそれは知らずにすまんこったでございました」
「ふははははははっ。そうだな。これは魔法だな。って事はわらは魔法使いって事だな。ふははははははっ。知らんけどな。なんか、この部屋を暖かくしたいと願ったら使えそうな気がしてな。ふははははははっ。まあ、なんでもいい。それよりこれでわらの可愛いを存分に堪能する事が出来るぞ。見るがいい、じいさんとばあさんよ。ふははははははっ」
それにしても先程から凄く豪快な笑い方をするなと思いながらも、じいさんとばあさんはそんな些細な事は気にせずに何かを褒めまくった。
◇◇◇
翌日。
何かはじいさんとばあさんから、この村より東に行くと魔法使いが沢山いる町があると教えられ、そこに行くのが正しいのではないかと告げられた。裕福であるのであれば自分たちが育てても良いとも考えたのだがそれは無理であったので名残惜しそうな顔をしながらも。
何かはまだ深く考えるという事が出来なかった。故にじいさんとばあさんの意見に従うのが正しいだろうと単純に判断していた。
「そうか。魔法使いが沢山いるのか。わらは目を覚ましてから何をしていいのか分からないから取り敢えずそこに行ってみるか」
「……そうかい。行ってしまうのは寂しいがその方が良いじゃろうのう……わしらには何も出来ないからのう……せめて蒸かし芋を沢山持っていきなさいな」
そういって手渡された風呂敷には大量の蒸かし芋が包まれていて、何かは大層に喜んだ。
「これで空腹にならなくてすむな。ありがとう、じいさんとばあさん。また来るぞ。ふははははははっ」
また来るぞ。
その言葉にじいさんとばあさんは顔を見合わせて大層に喜んだ。
「ええ、ええ。いつでもまたおいで。ええ、ええ、楽しみに待っておるでな……」
そこでばあさんが思わず口篭った。そういえば、まだ名前を聞いていない、と。なので、ばあさんは何かに名前を問いた。
「名か? わらの? そういえば考えていなかったな。この世界で生きるにはあった方がいいか?」
何かはとにかく昨日からよく分からない事を言っていた。けれどじいさんとばあさんはそんな些細な事は気にしていなかったので今回もそこはスルーをした。
「あった方が便利じゃろうのう」
「適当でいいか?」
「名前は大切なものじゃから適当は良くないのう」
「ばあさんって名前はどうやって付けたんだ?」
「ふふふ。ばあさんは名前じゃないのう。でもわしの名前を付けてくれたのは親じゃのう」
「親か。わらは多分いないな。昨日、目を覚ましたばかりでよく分からんが、周りには誰もいなかったからな。ばあさんは親か?」
「……子はおらんから親ではないのう。ただ親にはなりたかったがのう」
「そうか。じゃあ、わらの親になってくれ」
何かは深い意味で言った訳ではなかった。ただ、名前は親が付けるものと教えられたのでそれに準じたに過ぎなかった。
そしてその意図はじいさんとばあさんにも理解は出来ていた。
──出来ていたが、それでもじいさんとばあさんは顔を見合わせると涙が溢れる程に嬉しかった。
「ただ親になるのは無理じゃが、名前を……わしらに子供が授かったら付けようと思っていた名前を使ってもらってもいいかのう?」
「いいぞ」
何かは即答だった。
「──なにか良く分からんが、名前をくれ。わらはじいさんとばあさんの事を親と思っているから名前をくれ。ふははははははっ」
そこでじいさんとばあさんは子供が出来た時に付けようと思っていたとっておきの名前を何かに与える事にした。
ハウ。
由来は勿論あるのだが、そこに行き着くにはじいさんとばあさんの話しはあまりにも長く、故にハウにはよく分からなかった。
ただ、
「ハウか。良い名前だな。わらの名前はこれからハウでいくぞ。ふははははははっ」
と何かはとても満足そうであった。
◇◇◇
ハウ。
生まれながらに少女の姿をした、願えば魔法を使える不思議な何か。
そんなハウが時の魔法使いミヨクと出会うのは、これより16日後の事であった。
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