第39話 カネアの大陸の女王と英雄⑦

 

 ミヨクが自宅の台所で食事を作り、それを食卓に運んで食べ始めようとすると、ぞくりと悪寒が走った。


「えっ、なに? 何これ? 怖い、怖いよミョクちゃん!」


 どうやらそれはマイちゃんにも感じられたようで、途端に全身を震わせると、目を閉じて耳を塞いで身を丸めて自身をなんとか保護しようとした。


 食卓の背後にある寝室との隔てとなる引き戸、その向こうに誰かの気配を感じる。


 いや、誰かではない。この隠しきれない悍ましい殺気はファファルのものだ。空間魔法を使って瞬間移動してきたのだ。


「なんか用か?」


 ミヨクは後ろに振り返らずに、目の前のマイちゃんの頭と背中を撫でながらそう言った。


「──今の俺は殺せないぞ。魔法でガードしてるからな。特にお前の攻撃に対しては鉄壁だぞ。知っているだろ? お前が俺を殺せるのは俺が世界の時間を止めている時だけだ」


「……何を今更」


 ファファルはそう嘲笑気味に答えた。


「だったら、なんの用だ? 俺はこれから食事を摂るんだ。邪魔するな。マイちゃんを無駄に怯えさせやがって」


 ミヨクはそう言った。先程、それこそ無意味なまでにマイちゃんを震えさせたくせに。


「お前、予知夢を見たんだろ? われも見たから知っているぞ」


「何だそんな事か……。それはお前も見るだろうな。ラグン・ラグロクトには俺とお前は関わらなければならないからな。だからなんだ?」


「探しているのだろう? 夢の魔法使いを?」


「探してる。でも、それはお前もだろ?」


「吾は夢の魔法使いに嫌われているから探してはいない。夢の最後で、ただし空間の魔法使いは探しに来るな、と念も押されているからな」


「……カミングスーンって言われなかったんだな。お前は嫌われる性格だからな。俺もお前が嫌いだし」


「カミングスーン? 嫌われているのではない。吾がお前たちを嫌っているのだ。そこを勘違いするな」


「……で、だから何だよ。何しに来たんだよ?」


「知っているぞ、吾は。夢の魔法使いの居場所を」


「空間魔法か?」


「そうだ。教えてほしいか?」


「……いや、別に」


「教えてほしいか?」


「……いや、特に」


「教えてほしいか?」


「……」


「ってか、さっさと夢の魔法使いを見つけて、ラグン・ラグロクトの復活の正確な日時を聞いてこい」


 声に抑揚が無いから分かりづらいが、ファファルがたぶんキレた。


「だったら早く場所を教えろ!」


 ミヨクも負けじとキレた。


「リドミの大陸だ」


「リドミかよ!」


「分かったら早く行け。食事なんてしてる暇はないだろうが」


「黙れ! 俺には俺のペースがあるんだ。命令するな! 時の魔法でお前の肌に皺を刻むぞ!」


「そんな事をしたら、どんな手段を使ってでも絶対に殺すぞ」


「うるせー! お前の攻撃なんか時の魔法で全て防御だ!」


「逆だ。空間の魔法の前ではお前の魔法なんて無力だ」


「なんだと!」


「なんだ?」


 口喧嘩勃発。世界の三大厄災の2人による友達同士のような、そんな他愛もない口喧嘩が。それ故か、マイちゃんはいつの間に身体の震えが止まっていた。


 あっ、もう大丈夫だ。大して怖くない、と。


 なので、


「止めるんだよ! ケンカはよくないんだよ!」


 と何故か調子に乗って世界の三大厄災の2人の仲裁に入った。


 ──が、刹那、襲いかかってくるファファルからの強大な殺気に、すぐに身体がまた怯えた。「ごめんなさい。ごめんなさい。調子にのってごめんなさい」と呪文のように謝罪を繰り返しながら、ガクガクと再び身を丸めていった。


「止めろ! マイちゃんを虐めるな!」


「マイちゃん? 男のくせにぬいぐるみに名前を付けるな気持ち悪い。まあ、いい。伝えたい事は伝えたぞ、時の魔法使い」


 そう言うとファファルはこの場から姿を消した。


 そして、


 ミヨクは傷ついていた。


「気持ち悪いって何だよ……」


 と、物凄く傷ついていた。なので時の魔法でその部分の記憶だけを消しておいた。気持ち悪い、の6文字、1.2秒程の時間を。


 本当なら時の魔法で自身に干渉するのは良くないのだが、今回のような致し方無い場合は例外としていた。精神的なダメージは今後のモチベーションに影響してしまうから。


 ミヨクは案外と打たれ弱かった。

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