第36話 カネアの大陸の女王と英雄④


「あっ! オラ、この森に見覚えがあるよ!」


 マイちゃんがそう言った。


「えっ、おい、マジか?」


 とゼンちゃんが驚いた。


「──マイ、お前まさか知らないで歩いていたのか? この森の向こうにあるのがミヨクの家だぞ。見覚えがあるとかそんなんじゃ──」


「ゼンちゃん。オラはそんな些細な事を気にして歩いてないんだよ。道端に花が咲いていたら、なんて花なのか気になるし、空を見上げて雲が変な形をしていたら気になるし、人とすれ違うと──」


「うるせー、もういいわ!」


 ゼンちゃんはそう言ってマイちゃんを蹴って泣かせた。


「こら、ケンカすんな。でも、仕方ないかもね、マイちゃん。だって今回は前回の時とは反対の方向からこの森にやってきてるからからね。森の前に辿り着くまで気付かなくても当然かもね」


 ミヨクがそう言い、マイちゃんがゼンちゃんに「ほらっ!」と泣きながら言い、すぐにゼンちゃんに「何が、ほらっだよ!」とまた蹴られて余計に泣かされた。


「コラ、だからケンカすんな。魂抜いちゃうぞ」


 と、いつものお決まりのやり取りをしながら、森の中を進んでいく3人。


 森を抜けると、そこは湖に繋がっており、湖に囲まれた小さな陸地の上にミヨクの家がぽつりとあった。オア大陸と同様の形をした有るのだけど無いような不思議な存在感をもった真四角形の建造物が。


「ミヨクって湖が好きだよな」


 ゼンちゃんが不意にそう言った。


「正確には湖とか山とかかな。なるべく人が行き辛い場所にしたいんだよね」


「逆に目立つんじゃないのか? あんな所に建物があったら寧ろ行きたくなるんじゃないのか? 興味本位で」


「ゼンちゃん鋭いね。言われてみたらそうかもね。じゃあ今度は地底とか火山の近くに住もうかな。暗いよー、熱いよー」


 と言ってミヨクはゼンちゃんをからかうのだが、ゼンちゃんの反応は「おっ、そ、そうか」みたいな詰まらないものだったので、即座にターゲットをマイちゃんに変えて「きゃー、きゃー」と騒がれて楽しんだ。


 ただ、そんな悪ふざけをしながらも、ミヨクとゼンちゃんは湖の畔で大の字で寝ている男の存在に気付いていた。


 身長175センチくらいのがっしり体型。髪型は短髪 (サイドはツーブロックでアップバング)で色は茶。衣服は所々が破れていて、右手には鞘を脱いだままの剣が握られていた。


「……“英雄種えいゆうしゅ”だよな」


 ゼンちゃんがそう言った。


「うん。そうだね。寝ているだけでこの存在感の大きさは、力を持つ者の特徴だね」


 英雄種──それは生まれながらにして身体能力が普通の人間よりも遥かに優れた人種の事。それは誕生した瞬間から魔力を持つ魔法使いと同等とされる世界の強者に分類されており、後に力を持たない者が気聖きせいを得るまでは世界の二大種と呼ばれていた。ちなみに英雄種は血筋はあまり関係が無く(皆無ではない)、突然変異で生まれる事が多く、その数は血筋で増える魔法使いに比べて少なかった。ただ、だからと言ってそれほどまでに珍しくもなく、オア大陸の勇者ユウシアも英雄種であった。


「でもオイラはオア大陸の勇者の時はミヨクに教えてもらうまで気付かなかったぞ」


「それはその時の勇者ユウシアの英力えいりょく(英語の能力ではない)がまだ半分以上は眠ったままだったからだね」


「でも、この人間の時はすぐに分かった。しかも寝ているのにも関わらず」


「そうだね。今の時点で随分と強いね。しかも眠りを妨げられないように周囲を威圧しているから余計にそう感じるよね」


 ミヨクたちと茶色い短髪(以下、茶短髪)の男との距離は20メートルくらいであった。それでも間近で睨まれているような圧をびりびりと感じていた。まるで蛇が蛙を威嚇してくるように、向こうが搾取者であるように威力たっぷりに。それ以上は近付くいてくるなよ、と言わんばかりに。眠りを邪魔するなよ。来たら食い殺すぞ蛙、と。


 蛙……そう、時の魔法使いを蛙。世界の三大厄災の1人に数えられる時の魔法使いを蛙、と。


「……いや別にいいんだ、それは。俺は別に強くなくてもいい存在だから──ただ、そうまで強い殺気で圧力をかけてくると確かめたくなるよね、その強さを。心情として」


 ミヨクは何かそんな事をぶつぶつと呟くと、


「ルエミハ・ノモ・ルエミ・30《お前の未来は俺のもの。30バージョン》」


と、魔法を唱えた。すると、ミヨクの頭上からゴルフボールくらいの光の玉がシュポンっと飛び出てきて、それがそのままふわりふわりと宙を漂い、やがて茶短髪の男の頭の中にスーと入っていった。


 ──そして、それからミヨクは近づいていった。躊躇する事なく茶短髪の男の近くまで。


 その距離が5メートルと迫った時だろうか、ミヨクがさらに一歩を刻もうとすると──その刹那、茶短髪の男の目がカッと見開き、間髪を入れず立ち上がり、剣を上段に構えた。その瞬間にミヨクも魔法を使おうしたのだが、男の構えた直後の迫力が凄まじく、まさに蛇と蛙の関係を味わうように心が気押され、ミヨクは気が付けば頭から真っ二つにされていた。


 ──という未来が見えた。

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