第37話 カネアの大陸の女王と英雄⑤
「……うん。凄く強いね、あいつ」
「ん? なんだ、どういう事だ? 時の魔法か?」
「うん。そう。今、30秒後の未来を俺がアイツに近寄るって想定で見て来たんだけど、俺、真っ二つにされたよ」
ミヨクはそう言った。
「──なんだろうね、すごい迫力だね。アイツの一撃。魂に直接噛み付かれたように気持ちが怖気た。上段からの大振りの一撃なんて隙だらけの筈なんだけど、動けなかったよ。なんだろうねアイツ? 時の魔法使いの俺を殺したよ」
「ファファル並みか?」
ゼンちゃんがそう言うと、ミヨクはふっと笑い「さすがにそれはない」と答えた。
そして間髪を入れずにまた魔法を唱えた。
「ウラ・コノメ・カ《そこはスローモーション》」
すると、茶短髪の男が大の字に眠る場所を中心に直径10メートルほどの円が描かれた。
「──あの円の中では時間の流れが遅くなるんだ」
ミヨクはそう言うと先程見た未来を再現するように茶短髪の男の元へと歩き出した。
そして、またその距離が5メートルと縮んだその時、茶短髪の男の目がカッと……いや、ぐぐぐぐぐっと物凄く重そうに開いていき──亀の速度よりもまだ遅い動きで立ち上がっていき、更に数分の時間をかけて上段に剣を構えた時にミヨクはゼンちゃんにこう言った。
「──やっぱり凄いよ、この男。こんな状況下でも剣を上段に構えた瞬間に身震いさせられる。格好つけて、余裕をもって鼻先で交わしてやろうと考えていたんだけど、止めておくよ。この速度でも躱せる自信がないからね。凄い迫力だよ。本当に強いね、この男。ただの一撃が威力を持ちすぎている」
そう言うとミヨクは踵を返してゼンちゃんとマイちゃんの元に戻ってきた。
「いいのか?」
ゼンちゃんが思わず言った。
「──だって、アイツこっちにきてるぞ」
そう、当然に茶短髪の男はミヨクを追いかけてくる。しかも今はミヨクの魔法によってスローモーションなのだけど、その範囲には直径10メートルという制限があるのだ。
つまり、描かれた円から外に出ると──
いや、
茶短髪の男が円から外に出た瞬間、白目をひん剥いてその場に崩れ落ちた。
「な、なんだっ!?」
ゼンちゃんが驚いた。
「急激な時間の流れの変化に、脳がバグったんだね」
ミヨクは何か恐ろしい事を言った。
「──大抵の人は皆こうなってしまうんだ。スローモーションの中から外に出てくると。俺は使う側でやられた事がないから詳しい説明は出来ないけど、時間ってスローモーションにしたり、それを正常に戻したりしてはいけないんだ。こういう風に恐ろしい感じになってしまうから。稀に通用しない人とか、何回かで慣れるなんていう凄いのも居たけど、基本的には気絶してしまうんだ」
「気絶……死んではないのか?」
「うん。気絶。過去に死んだ人間は居ないよ。だから今回もきっと死んでない……はず」
「は、はず? はずって何だミヨク? 確かめなくていいのか?」
「うん。確かめない。確かめたくない。万が一殺していたら、凄く嫌な気分になるからね。ただ、ゼンちゃん。俺から言えるのは、時の魔法は物凄く危険なんだ。世界の時間を止める以外では使いたくないんだ、本当は」
「……いや、ミヨク。改めて言わなくてもオイラも知ってるけど、じゃあ何で使ったんだ? この人間は直接危害を加えてきてはいなかったぜ。近寄ってくるなっていう圧力はかけきていたけどよ。あれは寝ているから邪魔をしないでくれ的な感じのもので──」
「ゼンちゃん。コイツは俺の事を蛙だと思って威嚇してきたんだ。眠りながらで無意識の内にかもしれないけど、俺を蛙だと思っていたんだ。だからお前の方こそ井の中の蛙だと教えてやりたかったんだ」
「……やっぱ気にしてたんだな……ただ、ミヨク。こう言っちゃなんだけど、ミヨクって1000歳以上だよな? だったらもっと寛大に──」
と言ったところでミヨクはゼンちゃんの魂を抜いた。
力なくコテっと倒れるぬいぐるみと化したゼンちゃんに、マイちゃんは「えっ?」と思わず目を点にした。
「さあ、マイちゃんそろそろ帰ろうか」
普段と何も変わらない表情でそう言うから余計に怖かった。そして何事もなかったようにゼンちゃんを脇に抱えるミヨクの姿は冷徹な人攫いのようにマイちゃんには感じられていた。
「う、うん……じゃなくて、は、はい。よ、よろしくお願いします!」
「どうしたんだいマイちゃん。何がよろしくなんだい? あんまり訳のわからない事を言っていると魂を抜いちゃうよ」
「ひっ! みょ、ミョクちゃん、ごめんなさい。オラ今日はもっと色んな物をみて遊びたいのでまだ魂は抜かないで下さい。お願いします!」
「だから、なんでそんなに敬語なんだい? 冗談だよマイちゃん」
そう言ってミヨクはマイちゃんの頭の上に手を伸ばすのだが、それは「ひっ!」と顔を強張らせながら避けられてしまった。
「えっ? ほら、マイちゃん」
「ひっ!」
「ほ、ほらっ」
「ひっ!」
「……ふふふ。ほーら、マイちゃん。ふふふ」
そんなやり取りをしながら、ミヨクはマイちゃんのリアクションを楽しみ始めたようだった。
「──ふふふ、ほーら、ほーら、マイちゃん」
「ひっ! ひっ! ひっ!」
ただ、マイちゃんはかなり本気で怯えていた。
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