第34話 カネアの大陸の女王と英雄②


 この世界には魔獣の他に、その魔獣が人と同等の知性をもった玄獣げんじゅうという存在があった。その数は魔獣ほど多くはなく、そのほとんどが一つの大陸に集まっているのだが、このポトス国にその例外となる一体が住んでいた。


 しかもそれは系図的には玄獣の親にあたる更に稀有な存在であり、名はキオウと言った。


 推定体長4メートル、横幅2メートル。人型の二足歩行。全身を覆う体毛は赤く故にその赤が肌よりも際立って見え、髪は緑色のもじゃもじゃで目はそれに隠れていて、頭に生えている黄色い2本の角は空に向き、それよりも太くて長い1本の角が首の後を守るように肩甲骨付近まで伸びていた。全身は分厚い筋肉で盛り上がっており、衣服は膝丈のハーフパンツ一丁。腕は成人男性の身体ほどに太く長く、皮膚の質感は岩のゴツゴツしさを連想させ、その手には長さ10メートル、幅1メートルの巨大な金棒……いや、材質は不明な黄色い棍棒を握っていた。


 キオウ。ポトスの国の護り神。


 ──それがポトスの国の城の前で仁王立ちしているその姿は、それだけで圧倒的な迫力を持っていた。故に敵国であるマトト国は大勢で囲んでいるのにも関わらず、その有利がどちらかを思慮して攻めあぐねていた。


 そこにポトス国の女王アイスが、しかも1人で城から出てきた。敵からすれば当然のごとく千載一遇のチャンス──の筈なのだが、それに対してざわめく声は一切出てこなかった。何故なら女王アイスが出てきたその瞬間に眼前の赤い(体毛)怪物の雰囲気が一変としたからだ。臨戦体制開始。これより武器の射程に入ってきた者は誰彼かまわずに抹殺をする。そんな殺気が暗黙に伺えたから。


 女王アイスは赤い怪物のキオウの横に並ぶと、キオウにこう言った。


「ん。数は100といった所か? まあ、今日は初戦だから偵察といった感じか」


「偵察? 100でも1000でも構わんさ。コレ(自分の事)にはどちらでも大差がないからな」


 キオウは太く静かな事でそう答えた。目は緑色の髪で隠れていて確認は出来ないが、口角を吊り上げる様はさも愉快そうであった。


「ん。マトト国よ」


 女王アイスは次に眼前のマトト国の兵士たちにそう声を発した。


「──わた……我はこの国の王、アイス・リトマス・ポトスなるぞ!」


 大勢のその後列にも届く程の大きな声。けれどその瞳は変わらず冷たく静かなものであった。


 ──と同時にキオウが長さ10メートル幅1メートルの巨大な黄色い棍棒を勢いよく振り下ろして、ズドオーーン!! と激しく大地を揺らした。


 ──が、「きゃっ!」。それはどうにも女王アイスにとっても予定外の行動だったらしく、ズドオーーン!! と響いた瞬間にアイスが可愛らしい悲鳴を上げていた。15歳の少女らしい可愛いらしい悲鳴を。けれど幸いにもその声と表情は途端に舞い上がった砂煙で敵国には気付かれず、故に砂煙が晴れるとアイスもまた冷酷な表情を慌てて作り終えていた。


「……ん。この者の名はキオウ。玄獣の更に上の存在だ。わた……我が国の護り神である。怖気て立ち去れとは言わん。死して味わえ、その強さを!」


 女王アイスはなかなかの決め台詞を言えたと自分でも思った。けれど、そのタイミングでキオウが動く事は何故かなく、見かねて「どうした?」と小声で尋ねると、「いや……さっき、きゃってなってたから、またタイミングを間違えたら悪いと思って……」とキオウが小声で答えて、「いや、寧ろ今がいいタイミングだ。寧ろ今がいい。行け」と女王アイスが改めて指示を出し、そこでようやくキオウが敵兵に近づいていき、その黄色い棍棒を豪快にフルスイングした。


 ブオオォォオオーンッ!! と凄まじい風切り音と共にその巨大棒が兵士たちに直撃した──その瞬間、誰もが一様に弾け飛んでいった。


 肉壁無視のその威力に、マトト国の兵士がキオウのその実力を知るには充分であった。


 すぐに兵士たちの後列から8人の男たちが前に出てきた。鎧と盾と兜を身に付けた重装備の5人と、それとは対照的な軽装備の3人。そして軽装備の3人が即座に気聖の【金剛気こんごうき (剛気の上位)】を発動させるとニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながらキオウに、もう一度攻撃をしてこい、と指で合図をしてきた。


 だが、挑発されるまでもなかった。キオウはすでにブオオォォオオーンッ! と二撃目を放っており、それが軽装備に3人に直撃した瞬間、その威力がそこでピタリと止められた。


 金剛気×3。


 ──が、それは一瞬のこと。金剛気の3人は段々とその表情を険しくしていくと、2秒も耐えられずに弾け飛んでいった。ついでに5人の重装備者たちも巻き添えにしながら。


 これにはマトト国の兵士たちも騒めいた。


「兵士長たちが一瞬で……」


「強さの桁が違う……」


 と。


「当たり前だ、人間ども!! コレは世界の祖となる神獣の子孫ぞ!! お前たちが束になっても勝てるものか!!」


 天を衝くようなまさに獣の咆哮。


 ──それに怯えが増長されたマトトの国の兵士たちは一斉に逃げ出した。


 そんな光景を見つめながら女王アイスは言った。


「ん。ダメだぞ。貴様ら。戦争を仕掛けてきたんだ。逃げるなどはあってはならんぞ。キオウ、皆殺せ!」


 と、相変わらず静かな瞳で。


「言われるまでもない。コレは最初からそのつもり

 だ!」


 ブオオォォオオーンッ! ズドオーーーンッ!! と、また大地が激しく揺れた。

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