第33話 カネアの大陸の女王と英雄①
カネアの大陸には16の国があり、そのどれもに交友はなく、故に国利で簡単に争いが起こり、大陸を包む空気はいつも重苦しい緊張に包まれていた。国民たちの生が尊重されない鬱積によって。
その中でポトスの国は唯一の厭戦思想であり、国民の生への意思を尊重して国外への脱出を認めていた。それがこの国の港町からギンロシの大陸へ向かう船が出ている理由であった。
ただ、そんな心の優しい王だからこそ、国を守る兵士の結束は固く、残っている国民もまた他のどの国よりも自国を想う気持ちを強く持っていた。故にポトスの国はこの大陸の中でも強国に数えられていた。
──だが、その国王が2ヶ月前に急病のために他界した。跡を継いだのは一人娘のまだ15歳の少女で、それが兵士たちにどうしようもない揺らぎを生み、士気の低下へも繋がった。そしてそれを隣国が見逃す筈もなかった。
強国を滅ぼすチャンス到来。この大陸では戦争を起こすにのにこれ以上の理由はなかった。
襲撃が開始された。それはミヨクたちがポトスの国の港町に着く、3時間前の事だった。
だからミヨクたちは驚いた。船着場に着いた瞬間に、そこで待っていた大勢の人間がわっと船に押し寄せてきたのだから。
「あんた、旅人か? 悪い事は言わんからすぐに引き返せ!」
著しい混雑と喧騒の中でミヨクは知らないおじさんにそう言われた。
「──この国は今、隣国に襲われているんだ。国王が……いや、女王が戦える者以外の全員は逃げろと命じて下さったんだ。その後で敗北宣言をするらしい。この国は今日で終わる。だからあんたも早く逃げた方がいい。巻き込まれるぞ!」
早口だけで状況を的確に教えてくれる親切なおじさんに、ミヨクも「気を遣ってくれて、ありがとう。だったら余計に俺の分の席は誰かにあげるよ」と丁寧に答えた。
ごった返す人の波に逆行して外に出ると、ゼンちゃんがミヨクに言った。
「ここに夢の魔法使いは居そうか?」
「……いや、残念ながらここでもないようだね」
「だったらミヨク、オイラたちがこの地に留まる理由がないんじゃないのか?」
「うん。でも、人の命の方が大事だからね。特に戦う事が出来ない人の命は。今この地で戦争が起きているなら、逃げられる人は逃げた方がいい。どうせ俺は死なないから」
「でも、でも、さっきのおじさんの話だと、なんかこの国の女王様って良い感じの人だね」
マイちゃんがそう言った。
「うん。そんな感じだね。戦争に国民を巻き込まないのは良い事だね」
「ねえ、ねえ、敗戦したらどうなるの?」
「うーん。色々と考えられるけど……白旗を上げても、その行為にあまり意味はなく、敗戦国が勝戦国に酷い事をされるのは間違いないだろうね」
「だったら、だったら、助けてあげようよ。良い人が酷い事をされるのは可哀想だよ。ね、助けてあげよう。ミョクちゃんなら何とか出来るんでしょ?」
「マイちゃん……残念だけど俺は誰の依怙贔屓もしないよ。何が正しくて何が正しくないのかは俺には判断が出来ないからね。その国にはその国の、その大陸にはその大陸の人々の意思が沢山あるからね。何も知らない俺が簡単に口を挟めないよ」
ミヨクは基本的に世界のあらゆる争いに干渉をしない。是非の判断が今は分からないから。それは人の意思を尊重している為だとも言えた。ミヨクは誰の意思も平等に思っていた。だから彼はポトス国に背を向けると歩き始めた。敗北を認めている女王とその兵士たちを少しだけ可哀想に思いながらも、そう思ってはいけないと自身に言い聞かせながら。
ただの歴史。未来が来ればただそれだけの事。人の死もまた。
──だが、実はそれは全てが杞憂であった。
ポトス国の新女王、弱冠15歳のアイス・リトマス・ポトスはそんな往生際の良い少女ではなかった。
「ん。さて、皆殺しにするか」
玉座の間で、大臣と兵士長たちを見下ろしながら女王アイスは静かな声でそう言った。誰をも凍りつかせてしまうような静かな瞳で、空気の温度を数度ほど低くするかのような冷たい口調で。とても少女とは思えない大人びた顔つきで。
「──飛んで火にいる夏の虫とはこの事だな。じいよ」
ベージュ色の前下がりのミニボブヘアー、シャープな顎に細く長い首、オーバーサイズのワンピースにロングスカートはヘムカットしたフィッシュテールで、色はロングスリットからちらりと見えるロングブーツをも含めて黒一色。それはこの国の王としての正装着らしく、ワンピースの左胸と背面には国の紋章が刻まれていた。
「はい。全てはアイ……失礼。女王様の思い描いた通りですよ」
国の政治と女王の世話役を兼任する大臣がそう言った。
そこに1人の兵士が扉を開けて入ってきた。
「ご報告申し上げます。ただ今、敵国のマトト国が西の砦を打ち破りました。この城まで攻めてくるのは時間の問題かと」
「ん。負傷者は?」
女王アイスは敵の戦力よりも先ずはそれを質問した。
「事前の女王の命により、砦を守っていた者たちも、その近隣の町に住む者たちも避難が済んでおりまして、怪我人は誰もおりません。しかし──」
「ん。分かっている。敵国が戦力を減らさずにこの城まで向かって来ると言いたいのであろう?」
「……女王、やはり敗北宣言をなさるのですか?」
「ん。そうか、貴様は知らんのか。あれは嘘だ」
女王アイスはそう言った。
「──国民が戦争に巻き込まれないように、且つ国を想うが為にこの国に残らないようにする為の詭弁だ」
「おっしゃってる意味が──」
「ん。我が国が勝利するのに、敗北宣言などあるはずもなかろう」
女王アイスはさも当たり前といったような顔でそう言った。そこに大臣が、「お前は兵士になったばかりだからまだ知らんだけじゃよ」と付け足した。
「──この国の、ここにいる兵士長や大臣たちは知っている事なのだが、この国には護り神が住んでいてな……前王が国を混乱させないように秘密にしていたから大抵の者たちは知らんのだが、とんでもなく強い護り神がいるんじゃよ。だから我が国に敗北はそもそもないのじゃよ」
「護り神……ですか?」
それはこの国に住んで25年経つ彼にとって初耳であった。
「ん。さて、マトト国を皆殺しにする準備をするか」
女王アイスはそう言うと、ロングブーツの足音を響かせながら皆の前を歩き始めた。
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