第29話 ギンロシの大陸の仙人④


 樹海には他にも複数人の好戦的な気聖使いたちが存在していて、遭遇する度に戦いを挑まれたのだが、その実力は坊主頭の白い道着の連中と大差がなく、その全てを今度はゼンちゃんが倒し続け、ミヨクたちはようやく樹海を抜け山の麓まで辿り着いた。


「樹海のヤツらって絶対に戦いを挑んでくるんだな」


「うん。まあ、ここは強くなるのが目的の場所だから、日常茶飯事なんだろうね」


「弱いくせにな」


「いや、それは違うよゼンちゃん。ゼンちゃんとマイちゃんが強すぎるだけで、この樹海にいる人たちは魔法使いで例えるなら、大魔道士レベルも居るんだよ。今戦ってきた人たちの中にいたかどうかは分からないけど」


「そうなのか? でもオイラは大魔道士と戦うのは苦手だぜ」


「それは相性の問題かな。単純にゼンちゃんとマイちゃんは近距離戦が得意だから」


 ──それに基本的にゼンちゃんとマイちゃんは綿で出来てるから特に火の魔法に弱いし……とは言いかけて止めておいた。


「山にはもっと強い気聖の使い手がいるのか?」


「いる。山頂にいる仙人に近づけば近づくほど気聖の濃度が高くなって、それに耐えられる人が限られる分、その強さも増していくんだ。だから気聖使いと戦うならここからが本番だよ」


「そうか、そりゃ楽しみだな」


 ゼンちゃんが嬉しそうに口角を吊り上げた次の瞬間──ミヨクが世界の時間を止めた。


「ゼンちゃん、違うよ。山は世界の時間を止めて登っていくよ。別に目的が気聖使いとの戦いじゃないからね。樹海を抜ける時に使わなかったのは、単純に山登りに3時間以上かかるからなんだ」


「……ん? おっ、そ、そうか。まあ、別にオイラもここまで来るのに戦いが続いてアドレナリンが出まくって勘違いしていたけど、冷静に考えると戦闘狂じゃないんだよな」


「うん。そうだね……」


 と返事をしながらもミヨクはゼンちゃんのアドレナリン発言に驚いていた。


 あるんだ、アドレナリン……と。



 ◇◇◇



 仙人の住む山、通称、天井てんじょうの山には樹海とは比べものにならない程の気聖使いの猛者たちが集っていた。もちろんその強さは上にあがればあがるほど増すもので、現時点での最強たちはその7合目に居た。


 ──その内の1人、【六十八上高気ナカゴエ】を習得しているハムラは同じ【七十二上高気ナカゴエ】のシルドナともう12時間以上の激闘を繰り広げていた。


 ドォオーンッ! ドォオーンッ! ドォオーンッ! と拳と拳がぶつかり合う度に大気が激しく揺れ、足裏で強く踏んだだけで地は抉れ、吹き飛ばされた身体が山にぶつかっただけでその麓の樹海の木々までもがざわついた。


 気聖使いの【聖上高気せいじょうこうき五十以上高気ナカゴエ】同士による、激しい戦い。


 そこに水を差すように一体の邪魔ものがヌウっと現れた。


 体長2・5メートルの熊型の魔獣でアフロヘアーが特徴的なアフロベアであった。


 本来ならばこの世界において魔獣とは大して恐ろしい存在ではなく、いうならば人間の方がずっと恐ろしいのだが、ここが気聖の地である以上はその解釈は異なった。


「しかも、ここは天上の山だぜ……魔獣ごときが気聖の地で、しかも濃度の高いここまで登って来るなんて今まで聞いた事もないぜ」


 ハムラが驚きに声を震わせ、それを可能にしているのがアフロべアの体内に宿る気聖だと察知し、シルドナもゴクリと生唾を飲み込んだ。


 まさかの気聖使い熊。


 ──その強さは、恐らく土俵(気聖使い同士)が同じなら、生まれ持った基礎能力に委ねられる。


 つまりは、熊VS人。


「いやいや、俺たちナカゴエだし!」


「そうだな。魔獣が気聖を使おうが、俺たちは気聖の中でも遥か上位に君臨しているナカゴエなんだから負ける訳がある筈もない!」


 何故か意気投合を見せる先程まで殺し合いをしていた2人。しかもハムラとシルドナは暗黙に共闘も結託していたようで、ほぼ同時にアフロベアの両脇に飛んだ。


 先制攻撃はハムラとシルドナによる飛び蹴りとローキックだった。アフロベアはそのどちらも避ける事も防ぐ事も出来ずに直撃してぐらりと体勢が崩れた。が、気を失う程のダメージではなかったようで、右手を地に着けて身体を支えると、そのままもう片方の手の爪を剥き出しにして左側にいたシルドナに襲いかかった。


 しかし、その一撃はシルドナが華麗なバックステップで躱して空を切らせ、その隙に乗じてハムラが渾身の一撃を叩き込──もうとしたのだが、その前にアフロベアが体内に宿る気聖を体外に一気に放出し、その風圧に堪らえきれずに身体がズズズズズと後退させられた。しかしそれは同時にそれが過剰な威力であるとハムラに悟られていた。何故ならその技は本来ならば土煙を巻き上げる為に使う煙幕のように姑息なのが丁度よく、その程度で留めておく必要があったからだ。気聖を制限なしに一気に放出させると、体内の気聖が枯渇状態になってしまい次の攻撃の際に影響を及ぼしてしまうのだから。


「所詮は知能の低い魔獣」


 そうほくそ笑みながらシルドナが攻撃を仕掛ける。アフロベアもすぐに反撃を試みるのだが、その爪には気聖が込められていない為にシルドナが方手で軽く往なそうとする──が、シルドナのその手の方が寧ろ軽く弾かれ、アフロベアの鋭い4本の爪がそのままシルドナの顔面に突き刺さり、そしてザシュンッ! と斜めに肉を抉られた。


 どさり、と膝から崩れ落ちて力無く前のめりに倒れていくシルドナに、ハムラは何が起きたのか分からなかった。


「簡単な話じゃよ」


 急に誰かがそう声を発してきた。まさかアフロべアが? とハムラは思ったのだが、そうではなく、振り返ると黄色のウインドブレーカーで全身を包んだ頭の禿げた卵みたいな顔をした老人が居て、その老人が後ろで手を組みながら朗らか表情で近寄ってきた。


「──お主らよりも、その熊型の魔獣の方が気聖を多く持っておるんじゃよ。さっきの気聖の放出も熊にとってはただの煙幕のつもりじゃったって事じゃよ」


 そう言って、ホッホッと笑いながら卵顔の爺さんはハムラの横を素通りして、アフロべアの前で足を止めた。


「そんな馬鹿な事があるか! 俺たちはナカゴエだぞ! この天上の山の中でもトップレベルの気聖使いだぞ! そんな俺たちより知識の乏しい魔獣の方が強いってのか!」


「ホッホッ。そりゃあくまでお主らの中でのトップレベルじゃろうて。上には上がおる。ただそれだけの事じゃよ」


「上って……ってか、そもそも爺さん誰だよ? 見たところ強そうな感じもしないが──」


 ハムラがそう言い、卵顔の爺さんがハムラに振り向いた瞬間、その背後をアフロベアの爪で襲われた。


「──ま、マジか! す、すまん爺さん! し、死んじまったか?」


 慌てふためくハムラ。だが、すぐにホッホッと笑い声が聞こえてきた。


「この熊はのう、3日前に初めて樹海に侵入してきてのう。気聖をもたぬ魔獣がどうやって侵入してきのかは正確な事は分からんのじゃが、ワシの予測では、樹海の端にいる弱い気聖使いを倒して、食してしまったんじゃないかと考えているんじゃ。こいつ肉食っぽいからのう……」


 卵顔の爺さんは変わらず朗らかな顔で話を進めているが、その背後ではアフロベアがもの凄い勢いで爺さんの背中を攻撃していて、その光景にハムラの頭は事態に追いつけないでいた。


「──そこで人の味と気聖を覚えたんじゃろうな。なにせ樹海と、昨日からは山にも登ってきたようじゃが、この熊、もう8人くらい食っとるからのう。ワシも知らんかったが、気聖は食うととんでもなく強くなるようじゃの。この山のトップレベルのお主たちでさえも倒せるほどにのう」


 卵顔の爺さんはそう言い終えると、「──さて」とアフロベアにようやく振り返り、「──誰が強くなっても構わんのじゃが、お主は人を食うからのう……残念じゃが殺させてもらうぞ」と言い、張り手を──いや、ゆっくりとし動作で掌をアフロベアの腹に押し当てた。


 すると、まるでアフロベアが実は操り人形で、それを動かす幾つもの糸を一瞬で切断したように、ぐしゃりと地面の上に潰れた。


「ホッホッ。体内の全ての骨を壊させてもらった。天罰じゃよ。この人食いめが。ホッホッ」


 その光景にハムラはどんっと尻から落ち、震える声でこう言った。


「ま、ま、まさか……あ、あなたが、せ、仙人……様ですか……?」


「様はいらんよ。ホッホッ」


 卵顔の爺さんはまた笑った。

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