第28話 ギンロシの大陸の仙人③


 坊主頭に白い道着を身につけた筋骨隆々とした6人の集団であった。誰もが一様に腰に手を置いており、その内の1人で一番眉毛が太い男がマイちゃんを見下ろすとこう言った。


「ここから先は気聖の地。気聖の地に入るのが許されるのは、気聖を持つ者のみ。子供よ、迷子か? 気聖を持たぬお前ではすぐに体調が壊れ、やがて気を失ってしまうぞ。早急に立ち去るが……ん? 子供か? お前、子供か? なんか拙者にはぬいぐるみのように見えるが、人か? いやいや、すまん。ぬいぐるみの訳があるまいよな……修行のしすぎだな。目が疲れているんだな拙者は……」


 まだ樹海に足裏を踏み入れていないミヨクは先ず思った。良かった、急に現れたのが荒くれ者ではなく面白いやつで、と。


「マイちゃんだ。マイちゃんに人とかぬいぐるみとかそういう些細な概念は存在しない」


 ミヨクは何かそんな事を言いながらようやく樹海に入った。


「なんだ、お前は?」


 太眉毛が言った。


「時の魔法使いだ。そして隣にいるのがゼンちゃんだ」


 ミヨクに紹介されたゼンちゃんは、「よっ」と片手を上げた。


「……そっちの子供もぬいぐるみに見えるが……いやいや、それよりお前、魔法使いだと? この気聖の地では魔力をもつ者は拒絶される筈だが──」


「そうだっけ? じゃあ俺は例外だ。俺は時の魔法使いだから、たぶん例外なんだ。凄い魔力を持っているからな」


「例外など聞いた事がないぞ。それと自分で凄いとか言うな、滑稽だぞ。それにこの子供……いや、ハッ! このぬいぐるみもお前の仕業か? か弱いもので拙者たちの目を欺いて、その隙に拙者たちに攻撃をしようと企てていたのだな! 卑怯者め! 許さんぞ!」


 太眉毛は自分の発言に興奮しやすいタイプだった。そしてそのまま臨戦モードに突入すると、大地を強く踏み、両腕を胸の前で交差させて、それから思い切り息を吸ってから吐くと、目を閉じて「【剛気ごうき】」と言った。


 ──途端、太眉毛の雰囲気が変わった。魔法でいうところの魔法を放つ際に高める魔力のように全身に力が漲った。


 気聖発動。


 ──……けれど残念ながらそれがどれほど凄いのかまではミヨクには伝わっていなかった。何故なら太眉毛のそれは魔道士が初歩魔法を放つのと等しいくらいのものであり、その頂点に存在しているミヨクにはただ単純に踏ん張っているだけのようにしか感じられなかったのだから。


「ふふふ。どうだ、これが気聖の剛気。普段は体内に小さく宿している気聖を一気に溢れさせる事で全身を覆い肉体を増強させ運動能力を飛躍的に向上させる。ちなみに剛気の強度は鋼を誇る。さあ、この地に足を踏み入れたんだ。洗礼は味わってもらうぞ!」


 太眉毛に随分と解説っぽくそう言われ、ミヨクはそこで初めて凄い事だと気付いた。何故なら普通は踏ん張っていたら声が出し辛くなる筈なのに、太眉毛は至って普通に喋っていたのだから。


「なるほど、剛気か。凄いね。分かった、覚えておくよ。じゃあ、先を急ぐからもう行くね」


 ミヨクがそう言って前進しようとすると、慌てて太眉毛の仲間たちがその行く手を阻んできた。


「いやいや、行けないだろ! 今の話の流れで、お前は何で前に進んだんだ? いやいや、ないだろ! 戦うんだよ。拙者たちを倒さなきゃ前に進めないんだよ! 分かるだろそれくらい! って、倒さなきゃとかって言わせてんじゃねーよ! 倒されるのはお前だ!」


 怒られた。太眉毛に太眉毛を吊り上げながら怒られてミヨクは少ししょんぼりとした。だからマイちゃんが「えっ?」と眉間に皺を寄せた。


「──ミョクちゃんを叱ったの?」


 その視線(絵)は射るような力強さと激しい殺意を秘めていた。


 怒り。


「ヤバいな……知らないぞ、お前ら」


 ゼンちゃんはそう言うとミヨクのオレンジ色のダウンジャケットの裾を引っ張っぱり、そして2人で少し後ろに退がっていった。


「なるほど、なるほど。分かったよ。洗礼なんだね。それならオラがやってあげる」


 そう言って武闘家のように構えをとるマイちゃん。戦闘モード発動。


「って、ふざけんな! 人かぬいぐるみかよく分からない分際で! 生意気な事を言ってんじゃねー! オラ、どけっ!」


 と太眉毛が怒声を上げながらマイちゃんを蹴ろうとした瞬間、何故か彼の方が体勢を崩してその場にドサッと倒れた。


「えっ?」


 途端に間抜けな単発音が6つ重なった。


 そんな白い胴着集団を尻目に、マイちゃんは言った。


「蹴りはもっと速く出さないとダメだよ。遅いと軸足を簡単に狙われちゃうんだよ。今のはあなたも手加減していたから、オラも手加減をして脚を折らないであげたんだよ。次は本気でどうぞ、だよ」


 と、太眉毛を見下ろしながら溜息混じりに。そして、ほら、立ち上がって。とジェスチャーで命じた。


「ゆ、油断したな……」


 太眉毛はそう言いながら立ち上がると、「【倍剛気】」と語勢を強め、更に強力な気聖で全身を覆い包んだ。


「──これで手加減なしだ。後悔するなよ、ぬいぐるみー!!」


 そう声を荒らげながらまた蹴りを繰り出す太眉毛。その速度は倍剛気というくらいあり先程の倍以上はありそうで、風を切る音も凄まじく──……が、ベキッ! と鈍い音が響いたと思ったら同時に太眉毛がまた体勢を崩してその場にドサッと横に倒れた。


「まだぜんぜん遅いよ。そして、軸足の鍛え方もぜんぜん足りないよ! もっともっと鍛えた方がいいよ」


 マイちゃんはそう言った。


 太眉毛は地面で身体をくの字に折り曲げたまま立ち上がってこなかった。そこに仲間たちが駆け寄ると、太眉毛がか細い声で「うん……折れた……もう動けない……」と言い、仲間たちを途端に哀しい気持ちにさせた。


 ただの一撃で脚の骨粉砕と戦意喪失。


 だが、


「か、勘違いするな! こいつがウチらの最強じゃねえんだから! こいつはただの特攻隊長なんだからよ! 真の最強はこの俺だ!」


 と、唐突にそう言ったのは白道着集団の中で一番の細眉毛で、彼は「【3倍剛気】」と言い放つと、間髪入れずにマイちゃんの頭上に豪快に拳を振り下ろした──が、マイちゃんはそれをパシっと難なく受け止めると、その拳を何故だか細眉毛に一旦返して、また拳を打たせて難なく受け止めるという謎の行動を実に5回繰り返し、それから他の4人の白道着たちには見えない速度で細眉毛を太眉毛の隣に並べた。


……。


「ぜ、前座は終わりだ。よ、よく俺までたどり着いたな、ぬいぐるみよ。ならばリーダーである俺が直々に相手してやる。覚悟しろよ、ぬいぐるみ!」


 また唐突にそう言ってきたのは今度は眉無しで、マイちゃんはもう面倒くさくなったのだろう、残りの3人もまとめて目に見えない速度で太眉毛と細眉毛の隣に次々と並べていった。


「修行がぜんぜん足りない! んだよ」


 マイちゃんがそう言い、そこにミヨクとゼンちゃんが近寄っていく。


「お疲れさま。マイちゃん。相変わらず強いね」


「オラ、野蛮な事は嫌いだけど、ミョクちゃんの敵は許さないんだよ」


「うん。ありがとう。マイちゃん」


 そう言ってミヨクがマイちゃんの頭を撫でると、マイちゃんが嬉しそうに「えへへ」と笑った。


 戦闘モード解除。


 正直、マイちゃんにはこの笑顔の方がよく似合っているとミヨクは思った。

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