第26話 ギンロシの大陸の仙人①


 ギンロシの大陸に上陸したのはそれから7時間後だった。自動運転でさすがに飽きていたミヨクは陸地に降り立つとまず大きく伸びをした。そして、「うん。1時間くらい前から気付いていたけど、寒いね」と身体を震わせた。


 この時期のギンロシの大陸は秋の終わりと冬の始まりのちょうど境くらいで、木々は赤くサビた葉を落として、風は冷たく、空は白く分厚い雲に覆われ、はらはらと雪が降っていた。


「何となく寒そうな大陸に行けばいいかなって気持ちで来たけど、良かったねマイちゃん。雪を見るだけならいい時に来たね」


 そう言いながらミヨクは予め用意していたオレンジ色のダウンジャケットを羽織い、フードをすっぽりと被って頭も覆った。


 マイちゃんとゼンちゃんは空を見上げて、顔中で雪を受け止めて楽しそうに笑っていた。


「ミョクちゃん。雪だよ、雪。白いよ。オラ、2回目だけど、すっごいね。顔にぽてって当たった瞬間にじゅわって溶けているよ。冷たいね。気持ちいいねー」


 と、マイちゃんは言うのだけど、基本的な構造がぬいぐるみに冷たいという感覚があるのかはミヨクにも分からなかった。


「マイ、口を開けてみろ。口の中に入ってきて、冷たくて美味いぞ。ほら、こうやってよ」


「あっ、ほんとだ。口の中に勝手に雪が入ってきて、楽しいね。あっ、目に当たった! 痛いけど、面白いね。えへへ」


 ……ミヨクはそんな様子を眺めながら、心の中では、顔にあるのは全てが絵だし、口の中も喉も胃もないんだけどね……とは思っていたが、ゼンちゃんとマイちゃんが喜んでる姿を見るのは嬉しかったので、そんな些細な事は気にしなかった。


「ところでミヨク、どうだこの大陸に夢の魔法使いは居そうか?」


「うん、魔力感知したけど……残念ながら居ないようだね」


「えっ? 居ないの? じゃあすぐにまた移動しちゃう感じ?」


「いや、何日間はここに居ようか。船旅に飽きたから、ちょっとの間はここに居よう。雪も積もるかもしれないし。ねっ、マイちゃん」


「わーい、やった!」


 マイちゃんはすこぶる喜び、ゼンちゃんも陰でガッツポーズをしていた。



 ◇◇◇



 ギンロシの大陸の中央には高さ1234メートルの平べったい山があり、そこを囲むように樹海が広がり、更に野道を挟んで、そこから先に町や村がぐるりと存在していた。


 ミヨクたちが海岸から歩いて15分後に辿り着いたのがキースの町で、雪が降り始めた気温のせいか石畳みの通路に人の姿は少なく、魚屋も八百屋の店主たちも店の奥で寒そうに掌を擦り合わせていた。


 マイちゃんは町のあちこちに興味津々でミヨクに次々と質問をしてくるのだが、身体が冷えてきたミヨクはそれどころではなく、適当に相槌を打っては必死に宿屋を探し、ようやく見つけてホッと安堵した。


 ──トックスの宿屋、202号室。


「おー、生き返る」


 室内に入るとミヨクは先ずそう言った。中央のテーブル上で火の玉のようにゆらめく火の魔法、【ホワホワ《燃えない熱》】のオレンジ色を見つめながら、「──冬が厳しい大陸では火の魔法って有り難いよね」としみじみと呟いた。


「えっ? 外に比べてここは温かいの? オラはそういうのよく分からないからミョクちゃんはずるいな」


 マイちゃんがさっそくブーと言ってきたが、先程の雪粒にははっきりと冷たいと言っていたので、ミヨクは心の中で物凄く困惑していた。冷たいのは本当に分かっているという事か? ぬいぐるなのに……これも根性なのか……と。


「いつか寒いと暑いっていう微妙な変化も分かるように頑張るぞ、マイ」


 ゼンちゃんがそう言い、「うん。オラ頑張る」と答えるマイちゃん。ミヨクは「……」とだけ返事しておいた。


 翌日──


 外には雪が20センチほど積もっていて、ゼンちゃんとマイちゃんはミヨクに魂を入れてもらう(基本的にミヨクが寝る時は2人の魂を抜く。そうしなければゼンちゃんとマイちゃんには睡眠という能力が備わっていないから凄く大変だから)と、庭を駆け回る犬のように大いにはしゃいだ。


「ゼンちゃん、雪だるま、雪だるま作ろう!」


「おう。超どでかいの作るぞ! マイは頭な、オイラは胴体を作る!」


 その最中で雪をかけ合ったり、雪玉をぶつけ合ったり、雪の上に転がったり、そんな元気な姿をミヨクは室内でココアを飲みながら眺めていた。せっかく作った3メートルクラスの巨大な雪だるまにすかさずタックルを決めて寝転がらせて、その上にボディプレスを決めて大声で笑う2人には少し引いたが、ゼンちゃんとマイちゃんが楽しそうにしていると不思議とミヨクも楽しい気分させられた。


 ミヨクは2人を昼まで目一杯に遊ばせた。さすがにそれ以上は自分が飽きてきたので、強制終了をさせる事にした。


「そろそろ行くよ」


「えっ? もう? オラ、もっと雪で遊びたいです。ダメかなミョクちゃん」


 マイちゃん得意の上目遣いで瞳キラキラ。これをやられると途端にミヨクは心がきゅんっと苦しくなってしまう……のだが、そこはゼンちゃんが「ダメだマイ。ミヨクが行くって言ったら行くんだ」と助け舟を出してくれた……のだが、何かそれがいじらしくて余計にミヨクは胸が締め付けられる思いがした。


「……あと、1時間だけだよ」


 ミヨクはそう言うと、今度は自分も雪遊びに参加をした。


 2時間後──


「さあ、今度こそ、そろそろ行くよ」


「分かった。約束だからな。ところでミヨク、どこに行くんだ?」


 ゼンちゃんがそう聞いた。


「山の上に行くよ。せっかく来たんだから、一応はアイツに顔を見せに行くよ」


 ミヨクはそう答えた。この町からでも見える大陸の中央に聳える山の頂上を指差しながら。

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