第46話
プラネタリウムまではまだ時間がある。その時間潰しというわけではないが、科学館の他のエリアを訪れることにした。
まず初めにやって来たのは宇宙エリア。展示と説明が書かれたこのエリアには、大きな宇宙船の模型がある。
「うわぁ。めっちゃリアルじゃん、これ」
なんだか童心に返ったかのような気分で宇宙船の模型を眺めていると、くすくすと葵が笑っている。
「なんかおかしなところでもあったか?」
「あんた、昔と同じこと言ってるわよ」
「昔?」
「覚えてない? 小学生の頃の遠足でここに来たの」
「そういえば来たよな。でも、そんなこと言ったっけ?」
「言ったわよ。ふふ。あの頃からちっとも成長しないわね、あんた」
「あの頃よりむしろ退化したかもな。ぼっちになっちまったし」
「言えてる」
あははと笑い合い、場は中々良い雰囲気に包まれる。
そんな時、耳に装着しているワイヤレスイヤホンより指令が入る。
『福井くん。今がチャンス。ここで、「この船に乗ってお前とスペースインしたインだぜ☆」って囁くの』
「お前まじか」
唐突な指令に心底呆れた声が出てしまう。もう葵にはバレているもんで、中々に大きな声が出ちまったから、葵がこちらに反応しているのがわかる。おそらく、天枷からの指令が入ったと察したことだろう。
『おおまじだよ。ここはジャブ程度のエモを入れておこうよ』
「フック程度のキモだよ」
こちらの返しに葵は目で、「ほら約束通り言いなさい」と訴えてくる。
本当に言うのか。まともな精神じゃねぇぞ、これ。
あー、くそ。やってやる。
「この船に乗ってお前とスペースインしたインだぜ☆」
「ん? どういうこと?」
「俺にもわからん」
おいい、天枷ぇ! 超絶スベッてんじゃねぇかよ!!
そりゃそうだよ。スベるわ、こんなもん。
『軽く決まったね、キモが』
「おまっ。キモって言ってんじゃん」
『結果論で意見を変えるタイプだよ、私』
「ただの最低な女じゃん」
『あ、やばっ!』
唐突に焦った声がしたかと思うと、『ふっ、ふっ』と運動しているような息遣いが聞こえてくる。
「ねぇ龍馬」
「やめてくれ。これ以上傷を広げないでくれ」
「や、さっきのクソみたいなんじゃなく」
クソって言われた
「天枷さんが反復横跳びして移動したんだけど、なんで?」
「あー……まぁそういう設定なんだよ」
「設定ね。ま、設定は大事よね」
良かったな天枷。葵は話のわかる女だ。
『ふぃ。危なかったよ。今、長谷川さんと目が合ったから、すぐさま反復横跳びしたよ』
こいつはこいつでバレてないと思ってるし。
♢
プラネタリウムの時間まで天枷プレゼンツによる甘い言葉責めは続いた。
サイエンスエリアでは科学者みたいな人が実際に実験しているイベントが行われており、そこで一言。
「俺も葵と実験を経験して共に試験を乗り越えたいぜ☆」
とか。
静電気を体験するコーナーでは。
「ビリっと来たぜ。これはお前を見た時の感動と同じだぜ☆」
なんていう、語尾に☆を付けとけば良いだろうなんていう謎のセリフを吐かされてしまう。
天枷はふざけてはいないのだと思う。だって、物陰から俺達のことを見守ってくれているもん。バスケの練習着だけど慈愛を感じるのはその整った容姿が天使みたいだからだろう。今の俺には堕天使にも見えなくない。
もちろん、天枷からの指示の言葉は葵には通じていない。その全てのセリフの意味が理解できないままプラネタリウムへと突入した。
天枷はプラネタリウムの時間がやって来ると、『今日のスペシャルメインは二人っきりで楽しんで。私は外で待っているよ。幸運を祈っている』と言い残して通話を切った。言葉だけ聞けば割と良い感じだが、本日のリザルトを思い返すとなんとも言えない感情になる。
ま、プラネタリウムは静かにしないといけないし、通話している意味もないか。
「結局、龍馬と天枷さんはなにがしたかったの?」
プラネタリウムのエリアはまるで映画館のような座席となっている。まだ始まっていないため、エリア全体が明るいから葵の困惑の表情が思いっきり見られる。
「それは……」
「それは?」
葵には頭が上がらない状況だ。黙って天枷を連れて来ているし、訳のわからない言葉を浴びせまくっているし。ここは素直に白状するしかない。
「プラネタリウムに誘ったのは葵が本当に星が好きだと思ったからで、そこは天枷は関係ないんだ」
「そ。良かったわ。あの日からの仕込みだったらちょっと嫌だったから」
安堵の息を漏らす葵へ説明を続ける。
「天枷に遠足の日の誤解を解いた日にさ、天枷に言われたんだよ。『長谷川さんのこと好きでしょ』って」
葵は少しだけ黙って視線を合わせずに小さく聞いてくる。
「それで龍馬は私のこと、好き、なの?」
天枷に言った時でさえ恥ずかしかったのに、本人へ素直に言うのなんてもっと恥ずかしい。しかし、ここまで言ったのだからと素直な言葉がつらつらと語る。
「俺は葵にずっと感謝をしている。いつも側にいてくれてありがとうって思っている。この感謝の気持ちが好きって言うのかどうなのか正直わからないんだ。天枷にも正直に言ったら、『だったら一緒に気持ちを探してあげる』って言われた」
「それで、今日のデートなのね」
「ああ」
「そ……」
小さく応答したあと、葵はジッとこちらを見つめてくる。
「私はりょうちゃんのこと、好きよ」
「へ?」
唐突な好きという言葉にこれまたなんとも間抜けな声が出てしまった。俺はどうやら間抜けな奴みたいで、遅れて心臓がドキンドキンと跳ねてくる。
「あ、うそ」
「な、なんだよ。からかったの──」
「大好き」
衝撃が強すぎて言葉が出なかった。面と向かって幼馴染に大好きと言われてしまい、心臓は更に高鳴り、自分の顔が真っ赤になるのがわかった。
「小さい頃からずっとりょうちゃんのこと好きよ。だからずっと側にいるわけだし。当然じゃない。気づきなさいよ、ばか」
「葵みたいなかわいい女の子が俺みたいなのと一緒にいてくれるのは、幼馴染として義理かなって」
「そんなわけないでしょ。好きだからに決まってるじゃない」
それと、と注意するように言われてしまう。
「そうやって私のことをかわいいとか言うのやめてくれないかしら。心臓が張り裂けそうなくらいに嬉しくなるから」
言葉とは裏腹に、葵からはなんだか余裕な雰囲気が感じ取れる。こっちの方が心臓が張り裂けそうなんだが。
「りょうちゃんが私のことを好きかどうかわかんないって言うのなら、これからはっきり私のことが好きってわからせてあげるから」
葵は勝ち誇ったかのような顔をしてズバッと決めてくる。
「覚悟しなさい」
その言葉と共に証明が暗くなる。プラネタリウムが始まったみたいだ。だけど、俺は人工的に造られた星空よりも葵の横顔に夢中になっていた。
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