第47話

 いつの間にかプラネタリウムの上映は終わっていた。なんだか物語風なプラネタリウムだった気がするけど全くと言って良いほどに頭に入っていない。


 そして、気がつくと人の波に流されながらプラネタリウムエリアを出て行っていた。


「プラネタリウムも中々綺麗だったわね」


 葵がぽつりとそんな感想を漏らす。


 こちとらそんな余裕なんてなくて、さっきの葵の言葉がぐるぐると脳内を巡ってるっての。


「今度は違うプラネタリウムに行きたいかも」


 そうやっていつも通りに可愛らしい笑顔を向けられると、さっきの葵の言葉は夢だったんじゃないかと思えてしまう。実際、葵の奴からはなんの変化も見えない。俺だけが勝手に動揺しているように思えてしまう。


「あ、天枷さんだ」


 プラネタリウムエリアを出たところで、ベンチにぽけーっと座っている天枷を発見。


 さっきの衝撃が強過ぎて、完全に天枷の存在を忘れていた。というかこの子は完全に油断しているではないか。葵に気付かれたことにすら気が付いていない。


「天枷さん」


 葵のことだから、ソッとスルーするのかと思いきや、まさかまさかの話しかけに行ってしまった。


 葵の呼びかけに天枷は肩を振るわせて顔を上げた。


「ひゃ……長谷川、さん……」


 天枷のやつ、これ以上ないくらいに動揺してるな。目が右往左往にキョロキョロしている。


「や、やあ! プラネタリウムは楽しんでくれたかい? ボクはプラネタリウムのゆるキャラ、反復横跳びくんだよ」


 動揺が青天井しちまった天枷は、頑張ってゆるキャラボイスを放ちつつ反復横跳びを開始した。


 天枷よ……キャラ崩壊が過ぎるぞ。


「ふふ。天枷さんがりょうちゃんに指示してるの気が付いていたわよ」


 葵が言ってのけると、「あへ?」と天枷がなんとも気の抜けた声を漏らす。


「あ! や! こ、これはそ、その……ご、ごめんなさい!」


 女バスの潔さ。素直に深々と頭を下げ謝罪の意を示していた。


「ふざけて長谷川さん達の後をつけてたわけじゃなくて、ですね、その」


「別に気にしてないから大丈夫。頭、上げて」


 優しく言ったあとに、「でも」と腕を組んで呆れた声を出していた。


「あの指示は酷かったわね」


「うう……それは……ええっと……福井くんのため……ごにょごにょ」


 どう言い訳したら良いか悩んでいる様子の天枷へ、葵が強烈な言葉を放った。


「私、りょうちゃんに告白したよ」


「!?」


 あまりに威力が強過ぎて、物理攻撃を受けたみたいな衝撃が天枷を襲った。


 そのままこちらに視線を向けて、本当に? と言いたげな目を向ける。


「りょうちゃんは自分の気持ちを探しているって言ってたけど、そんな必要はない。だって、そのうち私のことしか考えられなくなるから」


 先程と同じように勝ち誇ったような顔をした。


「りょうちゃんに二股かけられてるって設定になってる天枷さんには知っててもらおうと思って」


「あ、う、うん」


 あまりにも突拍子もない出来事に、天枷のリアクションは随分と薄かった。


「私達はデートの続きをしましょ」


 そう言って俺の腕にしがみついてくる葵とその場を後にした。


 その後、俺のワイヤレスイヤホンからの指示はなくなった。



 デートの続きと言っても、科学館はほとんど見て回ったし、メインのプラネタリウムも見終わったため、天枷と別れたあと、俺達は真っ直ぐに家に帰っていた。


 いや、科学館の中を見てなくとも、この精神状態じゃどちらにせよデートの継続はできないだろう。葵も同じ気持ちなのか、言葉ではデートの続きと表していたが、行動は真っ直ぐ出口の方へと向かっていた。


 これはどうしたら良いのだろうか。俺は葵に返事をした方が良いのだろうか。返事をするにしても、どうしたら良いのだろうか。


 俺の気持ちはわからないが、とりあえず付き合おうとでも言うのか? それは幼馴染といえど失礼が過ぎる。


 うまい返しが思い浮かばないまま、いつの間にか家に戻って来ていた。


「そ、それじゃ、またね」


 ここまで会話なしで来ていた最後の言葉があまりにもあっさりしていたため、俺は思わず「葵」と呼び止めてしまう。


 彼女は玄関に手をかけたまま立ち止まった。背はこちらに向けたままだ。


 いやいや、呼び止めたけどなにを言うってんだ俺のばか。


「俺はさ、葵のことが好きなのは間違いない。だけど、自分の気持ちがはっきりしないまま付き合うとか恋人とか彼女とかってのは葵に失礼だと思う。だから──」


「言ったでしょ」


 葵が長い髪を靡かせて振り向いた。


「これからはっきり私のことが好きってわからせてあげるって」


 はにかむ彼女はそのまま言葉を続けた。


「今はりょうちゃんが私のこと好きなのは間違いないってことだけで十分嬉しいわよ」


 そう言い残して葵は家に入って行った。


「……葵、かわい過ぎるだろ」


 俺の呟きは葵には届かずにマンションの廊下へと消えて行った。

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