第44話

 葵とのプラネタリウムのデートの日がやってくる。


 アイリスのアドバイスでは普段通りで良いとのことだったので、いつも葵を誘うみたく葵の家のインターホンを押してみる。


 ピンポーンと鳴り響くだけで応答はない。


「あいつの家のおじさんとおばさんも忙しい人だもんな」


 世間的には休みだってのにいないってことは、今日も仕事なのだろう。俺の両親も仕事だし、別段珍しい話ではない。


 だが、今日はデートの日だってのに葵が出ないってのはおかしい話だ。


 待ち合わせの約束は特にはしていなかったが、もう家を出たのだろうか。


 確かめるために、葵の家の合鍵を使って玄関を開けた。


「あ、良かった。葵はいるな」


 玄関にはいつも葵が履いている靴がある。ということは葵は家にいることになるが、あいつまだ寝てるのかな。


 勝手知ったるなんとやら。お邪魔しますとずけずけと家に入り、慣れた様子で葵の部屋をノックする。


 コンコン。


 二回は便所をノックする時にするんだったよなぁとかうんちくを思い出しながら返答を待つが、部屋からの返事はなかった。


「葵。いないのか?」


 声に出しながら問うが、やはり返事はない。


 おかしいな。靴はあるから家にはいると思うんだが。


 葵の部屋のドアノブに手をかけて部屋を開けようとしてから思い止まる。


 待て。これってラッキースケベフラグが立っているのではないだろうか。


 開けた瞬間、着替えの真っ最中で、「きゃー! 龍馬さんのえっち!」というお約束が待っているはず。この流れは間違いなくそうだ。


 だったらその壮大なフラグに乗らなきゃ漢じゃないっしょ!!


「葵。入るぞー」


 しらこく言い放ちながら葵の部屋を開けた。


「あ、うん。いないや」


 部屋の主は誰もおらず、ただただ女の子の部屋が広がっているだけだった。


 しかし、葵の奴、相変わらず綺麗にしていやがるな。流石は優等生。


「だったらどこにいやがるってんだ」


 葵の部屋のドアを閉じ、リビングの方へと足を向ける。


 このマンションの構造的に玄関から真っすぐ伸びた先がリビングになっているんだが、その途中に脱衣所がある。そこからシャンプーやらトリートメントやらボディソープやらなんやらな湯気が立っていることになんの違和感も抱かないなんてあさはかであった。


「あ、葵」


 脱衣所の扉は開いたままになっており。そこから湯けむりを立てながら葵が裸で立っていた。髪の毛が濡れており、アイドル系の顔なのにセクシーに見える。


 お胸は小学生の頃より成長はしなかったみたいだな。服の上からでもわかったが、中身を見るとまぁ想像通りである。しかし、そこに需要はあるんだ。成長しないのが悪いことではない。むしろ良いとまで言える。


 そのまま下の小さな丘の方へと視線を移そうとして殺気を感じる。


「……」


 だが、葵は無言であった。


 そのまま脱衣所を出て行って自室へと入って行った。


『きゃああああああーーーーーー!!!!!!』


 彼女の部屋から大きな悲鳴が上がると、バンッと勢い良く扉が開いた。着替えを済ました葵がドスドスと涙目で俺へと詰め寄る。


「ちょっと! なんでそうやって隠れて裸を見てくんのよ!! 見たいなら見せてあげるんだから堂々と言いなさいよ!!」


「ま、待て、葵。お前、焦り過ぎてわけわかんないこと言いだしてんぞ」


「待てるかっ! こちとら裸を見られたのよ! 責任取りなさいよ!!」


「責任ったって……」


 やべーな。ラッキースケベの遭遇できたらなぁとか軽く考えていて、本当にラッキースケベに遭遇したらどうしたら良いかわかんない。


「どう責任取るのよ!? あんたの扶養に入れてくれるっての!? 入るわよ! ばかっ!」


「悪かった。悪かったから、その独特の言い回しはやめてくれ」


「があああああああ!」


 葵の雄叫びが家中に響き渡った。



 ブロオオオオオオ。


 脱衣所に響き渡るドライヤーの音。


「お客様。痒いところはございませんか?」


「歯痒いわね」


「本当に申し訳ございません」


 俺のラッキースケベの罪は葵の髪を乾かすことで許されることとなった。


 本当にそれで良いのかと疑問だが、長い髪は乾かすのが面倒とのこと。誰かにやってもられると助かるらしい。ロングヘアは大変なんだな。ありがとうございます、世のロングヘアのみなさま。


「でも、なんでわざわざ私の家に来たのよ」


 もう裸を見られたことはそんなに怒ってないようで、首を傾げて聞いてくる。


「待ち合わせの約束なんてしてなかったからな。いつもみたいに葵を迎えに行ったんだよ。ピンポン押しても誰も出ないから、もう葵は出たのかと思ってな」


「ふぅん。私が先に行ったと思って確認しに入ったわけね」


「……ごめん」


「お互い様よ。お互い、家の合鍵を持っているわけだし、こういうのがいつか来るとは思っていたわよ」


「なんだ。さっきのウソみたいな反応だな」


「そりゃ、いきなりは驚くわよ。あんただって逆の立場なら驚くでしょ?」


「多分。葵と同じ反応になると思う」


「でしょ。だから、まぁ、焦って色々言ったのは忘れてよ」


「それって、扶養に入るとかなんとか?」


 からかうように言うと、「だから忘れろ」と怒られてしまう。


「ごめん、葵。昔みたいに軽々しく入るべきじゃなかったな」


「良いわよ。むしろ、昔みたいに入って来なさい。そっちの方が嬉しいわよ」


 素で言っているみたいで、脱衣所の鏡越しに見える葵の顔は徐々に赤くなっていっている。


「は、はい。おしまい。ありがとう」


「もう良いのか?」


「良いのよ。すぐ準備するから私の部屋で待ってて。一緒に行きましょう」


 そうやって俺を脱衣所から追い出されてしまうので、素直に葵の部屋で待つことにした。


 そのあと、三十分程してから葵の準備が整ったみたいなので、俺達は一緒に家を出てデート場所へと向かった。

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