第43話

 葵をデートに誘った日の夜。


 今日はバイトが休みだったので、放課後は家でポケーっと過ごしていると、いつの間にか日が沈んでいて夜になっていた。


 こうやって今という貴重な時間を無駄に過ごしていると、なんだかやるせない気持ちになる。


 しかし、なにをして良いかがわからないため、またやることがない時はこうやってポケーっとしてしまうのだろう。人間はなんとも怠惰な生き物だ。


 ちょっぴり自己嫌悪に陥っているところで、そういえば天枷に報告をしないといけないのだろうかと疑問に思う。


 あれだけこちらにプレッシャーをかけて来ていたのだから察してはいるだろうが、何分、席が離れているためにこちらの会話は聞こえてなかっただろう。


「報告いるかぁ?」


 電話して来いだなんて言ってくれていたし、別に俺から天枷に電話しても良いのだろう。


 だけどやっぱり緊張する。学園の二大美女にこちらから電話だなんておこがましいなんて思ってしまう。


 そう考えると、葵と気兼ねなく話せるというのはなんとも恵まれた関係性なんだと思う。もっとありがたみを持って接しないといけない気になるな。


「ええい。ままよ」


 相手を呼び出すための機械音が緊張を促進させる。


 うう、やっぱり女の子に電話するっていうのは緊張するなぁ。


「……あ、うん。出ない」


 緊張して損したというか、安心したというか。


 このなんとも言えないスカをくらった感情で、恋ナビAIのアプリをタップした。


 いつもならすぐにアイリスが出てくるのだが、今日はやけにローディングが長い。


 あいつ、油断してんな。


『あら。随分とご無沙汰だったわね』


 ようやくと俺の画面に金髪ツインテールのアイリスがご登場なさる。


「最近は中間テストで忙しかったからな」


『色々大変ねぇ』


 それはどの立場で言っているのやら。


『それで、中間テストも終わって暇だからアプリを起動したの? 私、あんたの暇つぶしの道具じゃないんだけど。色々と忙しいんだからね』


「ちげーよ」


 流石に正体がわかっているのにそんな性格の悪いことはしない。


『だったらなんの用?』


「今度幼馴染の葵とデートに行くんだけどアドバイスが欲しいと思って」


 性格の悪いことはしないが、正体がわかっていないフリをしてデートする本人にアドバイスをもらう、だなんて性根の腐ったことはするけどね。


『デッ!?』


 アイリスは目を見開き、動揺を始めた。


『あ、えと、あま、あまあま、天枷さんをほっぽいて幼馴染如きとデートなんててて、って!』


 まだその設定は生きていたのか。本当に設定に従順な奴だ。


「恋愛指南アプリだろ。デートのアドバイスくれよ」


『デートのアドバイスったって……』


 アイリスは困ったように髪の毛をくるくるとしていた。そりゃ自分のデートのアドバイスをデートの相手にするなんて恥ずかしいわな。


『ふ、普段通りで良いんじゃない?』


「普段通り、ねぇ」


 なんとも無難というか、アドバイスらしいアドバイスじゃないというか。


『べ、別に? 葵ちゃんもそこまで求めてないんじゃないかしら。いつも通りに接すれば上手くいくわよ』


 アイリスは顔を赤くして頭から湯気を出していた。これは演出なのか、葵が相当恥じらっているのか。どちらにせよ、性格の悪い質問をしてしまったと後悔してしまうな。


「ありがとな、アイリス。参考になったよ」


 性根の悪い俺の中の善意が、これ以上アイリスをつつくのはやめろと言うために、やめておいた。


『ふ、ふん。またなにかあったら相談しなさい。あと、天枷さんとの進展が少しでもあったら豆に報告すること』


 本当に設定が好きなやっちゃな。もうそこまで気にすることもないと思うが。


「わかってるっての」


 適当に返事をしてからアプリを閉じた。


「いつも通りねぇ」


 デート相手本人から頂いた貴重なアドバイスを口に出して復唱。それが葵本人が望むものならば、特に気負わずにいつもの自分でいれば良い。


「……ん?」


 持っていたスマホが震え出した。画面を見ると、天枷から折り返しの電話がやって来たみたいだ。


『ごめん福井くん。お風呂入ってた』


 なんともまぁ思春期男子には刺激の強い発言をなさる学園の二大美女様だ、


 同級生のお風呂とか、もう想像しただけで色んなところが破裂しちまう。


『あれだよね? デートの件だよね?』


「まぁな」


『ふふ。私の目力に負けてしまったねぇ』


 楽しそうに言ってくる。


 そうだよ。負けたよ。


『日にち決まったの?』


 だけどやっぱり、こちらの会話は聞こえてなかったみたいだ。


「次の休み」


 素直に日付を伝えると、『次の休みかぁ』としばらく考え込んだあとに、『うん』と弾むような声を出した。


『次の休みも午前練だから午後からなら行けるよ』


「よし、じゃあ午前中から行くとしよう」


『ええ、なんでそんな事言うのよぉ』


 電話越しで天枷が頬を膨らませているのが想像できてしまう。


 なんだか彼女をからかう彼氏というのを疑似体験できてちょっと嬉しい。


「冗談だよ。昼からにするさ」


『約束だからね』


 彼氏の体験版を終えて、彼女の要望通りに時間を設定してから電話を切る。


 天枷の奴、本当に来るんだな。


 デートを覗き見って少し罪悪感があるかもだが、葵も俺と天枷のを覗き見してたんだからお互い様か。

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