第40話

 葵の言う通りではあった。


 偏差値がちょっぴり高めの学校であるためか、中間テスト期間は俺達への噂は少しだけ収まった。ま、通りすがりに変人を見る目をされるのはご愛敬ってことで。


 それにしたって、中間テストまであともう少しだってのに、体育の授業をやるなんてどうかしてるぜ。いや、俺は勉強よりも体育が好きだから良いんだけどね。良いんだけど、中間テストの一週間前は部活禁止だって言っている学校が体育はするってのはちょっとばかし矛盾してんじゃないかと思うわけよ。


 そんな文句が出るのも、なぜか俺がハンドボールの授業の片付けを任されたからである。


 ぼっちの性能上、先生と組むことが多い。その結果、先生が「悪い福井。ついでに片付けを頼めるか! がっはっはっ」なんて白い歯をむき出しにした脳筋先生に言われるわけだ。ちくしょう、ぼっちのデメリットだぜ。


 ぶーぶーと文句を言いながらも、断ることができないヘタレを発動させて体育倉庫に道具を片づけることに。片づけるったって、そこら辺に適当に道具を置くだけだけどさ。


 さ。終わり、終わり。さっさと戻ろう。


「福井。ちょっとだけ良いか」


 体育倉庫に爽やかな風が吹いたかのような錯覚に陥る。


「風見……」


 目の前には随分と落ちた風見が、爽やかボイスは健在の声で現れた。


「え……なに……」


 体育倉庫にやって来たイケメンにドン引きした声が出てしまった。


 最近、風見がこちらを睨んでいたのはわかっているため、報復しに来たのではないかと思ってしまう。なにか身を守るもの……三角コーンでしばくしかない!


「これ、ありがとう」


「へ?」


 身構えているところで、なんとも丁寧に紙袋を渡してくる。その紙袋はハイブランドの紙袋であった。なんのプレゼントだよと警戒しながらも紙袋を受け取り中身を確認してみせる。


「あ、あー。服ね」


 紙袋の中身は遠足の時に貸した俺のイケメンスカンクと英語で書かれた服であった。


 律儀にハイブランドの紙袋に包んで返してくれるだなんて思いもしなかったな。風見のことだから捨ててると思ったわ。


「じゃ、じゃあ、確かに返したから」


 バレンタインデーに好きな男子にチョコをあげ終えた女子みたいな感じで、風見がそそくさと体育倉庫を出て行こうとする。


 ガッ!


「へ?」


 今度は風見が間抜けな声を出していた。


 ガッ! ガッ!!


 体育倉庫のドアを何度も何度も開けようとするが、ドアが開かない様子。


「うそだろ、おい」


 俺は嫌な予感がして、風見とバトンタッチでドアを開けようとする。


 ガッ! ガッ!! ガッ!!!


「まじかよ……」


 閉じ込められた。


 おいおいおいおい。待て待て待て待て。お約束のイベントなのに相手が悪役のイケメンってどういう了見だ、おい。こういうイベントは女の子が相手って相場が決まってんだろうが。


「鍵を閉められたみたいだな」


 風見は落ち着いた様子でそこら辺のマットに座った。


 くそ、座る仕草がイケメン過ぎるだろ、この野郎。


 え、まって。もしかしてさ、これって俺がヒロインってこと?


 ざまぁしたイケメンと二人っきりのシチュエーション。改心したイケメンに落とさされる乙女ゲー定番?のイベント。


 俺はいつからヒロインじゃないと錯覚していた。男だってヒロインになれる時代。もしかして俺は風見に攻略されてしまうのかもしれない


 あああああああああああああ!


「噂、本当なのか?」


 俺の野獣な脳内が爆発しているところを爽やかな疑問が打ち消した。


「長谷川と天枷と付き合っているって」


 こっちのふざけた思考とは裏腹に、風見は至って真剣に聞いてくる。


「まじだったらどうするよ」


 警戒するように一歩引いて返すと、風見は罰が悪そうにした。


「悪かったよ。その、色々と……反省してる」


 それというのは人のことをバカにしたり、パシッたりしたことを言っているのだろう。今までそういう奴は沢山見て来たから別に気にしてはなかったが、自分の口からちゃんと謝る奴ってのは初めて見たかもしれない。基本的にこういう奴って報復する奴が多いもんな。


「風見も噂を気にするタイプか?」


 謝ってきた礼儀に対し、ちゃんと会話をすることにしよう。


「いや、基本的には噂なんて気にしちゃいないが、その……」


 言いにくそうに口ごもり、ボソリと衝撃的な一言を放つ。


「長谷川のことが、好き、なんだよ……」


「おま、え? 葵が好きなの? 天枷じゃなくて?」


「なんで天枷が出て来るんだよ。そりゃ、天枷は美人だけど、俺は一年の頃から長谷川に惚れてんだよ」


「そう……だったんか……」


 明らかに天枷フラグだっただろ! と声を大にして言いたいが、思い返せば葵のことが好きだったフラグが立っていたか……。


「別に福井と長谷川が付き合っているとか、天枷と二股してるとか、俺がなにか言えた義理じゃないし、言う資格がないってのはわかってる。だけど、チャンスがあれば俺だって動くってことは言っておきたくてな」


「俺から葵を奪うってこと?」


「そうなるな」


 はっきりと宣言されてしまったところで、ガチャリと体育倉庫のドアが開いた。


「悪い、福井……って、風見もいたのか。すまん。自分で頼んでおいて、鍵をかけてしまったよ。がっはっはっ!」


 ちょっとばかし緊迫の状況を和ましてくれる脳筋先生の横を通り過ぎながら風見が言い放つ。


「俺も本性がバレて動きやすくなってるからな。もう、守るもんがないから攻めるだけさ。取られないようにゆめゆめ気をつけておくんだな」


 そう言い残して風見は去って行った。


「はぁ……これ以上問題を増やしてくれるなよ……」

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