第39話
放課後になった教室内には俺と葵、天枷以外の人の姿は見当たらなかった。
それというのも、今日は放課後を告げるチャイムと同時にみんな帰ってしまったからだ。
今日からテスト一週間前ということもあり、みんな素直に帰って行った。いや、図書室とかカフェで勉強会を開いているのやも知れぬが、これは好都合。安全地帯である二年六組にて俺達三人の勉強会を開始できる。
ただ、少しばかり不安なことがあった。教室を出て行く時、風見がこちらを睨んでいたのだ。
もしや復讐を考えているのではないかと内心冷や汗ものよ。
その時はまたその時で対策を考えるが、頼む風見よ。これ以上問題を増やさせないでくれ。
そう願うばかりだ。
「そこはね──」
「あ、なるほど」
しかしまぁ、目の前で学園の二大美女の葵と天枷が勉強をしている光景は、なんとも目の保養になるなぁ。ただ勉強をしているだけなのに、これがまたどうしてこうも俺の心を癒してくれるのだろうか。それに、この安全地帯にいれば他のやばい連中も来ないだろうし。安心して二人が勉強をしているのを見られるってもんだ。
めちゃくちゃやばい状況だからこそ、こういった砂漠のオアシスみたいな癒しの時間は必要だよな。
「龍馬。さっきから手が動いてないじゃない」
「今、目だけを集中させているから」
「なんで目だけを集中させてんのよ。脳を使いなさい」
「脳は休憩中だ」
「なにを言っているのよ。どうせわかんないところでもあるんでしょ? どこよ、教えてあげるから言いなさい」
「嫌だ。そしたら葵が勉強を教えてくるから言わない」
「なんのための勉強会よ」
はぁとため息を吐いた後、葵は察したように天枷に聞こえないほどの小声で言ってくる。
「天枷さんへの誤解を解きたいのね?」
「勉強したくないだけ」
こちらの真意を伝えると、睨まれてしまった。
「二人っきりにしてあげるから、さっさと誤解を解きなさい」
「り」
これ以上は葵に怒られそうなので、素直に従うことにする。
「ちょっとトイレに行ってくるわ。ついでに飲み物も買ってくるけど、二人共、なにかいる?」
なんともナチュラルな発言をする葵。アイリスの時にも欲しいな、そのピュアナチュラル。
「あ、私、紅茶お願いできるかな」
「俺はコーラ」
「了解。じゃ、ちょっと待っててね」
最後にパチンとウィンク一つ投げてくる。
そういえばあいつって子供の頃にウィンクの練習していたな。今度いじってやろうかしら。
「……」
「……」
あ、はい。二人っきりになると沈黙になってしまいました。
そりゃ、ね。最近はドタバタ劇のおかげで遠足の件が忘れがちだけども、俺が天枷に公開告白していることが事の発端だからね。
「天枷……」
「私さ」
沈黙に耐えられずに彼女の名前を呼んだところで天枷が俺の声を被せてかき消した。
「勘違いしてる、よね」
天枷は恥ずかしさを押し殺すように口を動かしてくれた。
「遠足の日、福井くんが勢い余ってみんなの前で私に告白したんだと思ってた。周りの人達もそういう風に思ってるから間違いないって思ってた。だけど、本当は違うよね?」
まさか、向こうから話題提供をしてくるとは思いもしなかった。
ここは正直に0から説明させてもらうとするか。
「遠足の時、風見が暴れ散らかしていただろ。それで天枷に怪我させようとしたから、『
そして風見。お前の好きな奴を暴露してごめん。でも、これも俺をバカにした罰ということで受け止めてくれ。
「風見くんが?」
んーと疑問の念を浮かべながら天枷はそのままの顔で言って来る。
「風見くんが私を好きってことはないと思うけど……」
「そうなの?」
「多分だけど、風見くんの好きな人って……」
あ、だめだめこれは私の想像だしと言って、回答を止めた。
「とにかく、福井くんはそういう意味で言ったってことだよね」
「ああ」
肯定すると、天枷はかぁぁと顔を赤くする。
「私、なんか福井くんにとんでもなく恥ずかしいことを言った気がするんだけど」
「いや、そりゃあんな反応にもなるから、別に恥ずかしいことでもなんでもないよ」
「それに、私、勘違いして彼女面しちゃったよ」
「それも俺を助けるためだろ」
「もしかして、私って痛い奴?」
「めでたい奴」
「がーん」
あ、しまった。痛い奴の反対語がわからずに皮肉になってしまった。
「ふ、ふふふ……そうだよね。そりゃ、勝手に告白されたと思って、よくわかんない遠回しなことぬかした挙句に彼女面ってめでたい奴だよね」
「や、やや! ちがっ!」
「こうなったら汚名返上だよ!」
なんか勝手に切り替えてきやがった。
「私、気が付いちゃったもんね」
「なにに?」
「福井くんが長谷川さんのことが好きなことに!」
ビシッと指さしてくる天枷は、難事件を解決した名探偵みたいな自身満々な顔をして俺の心境を暴いてくる。
「幼馴染で家が隣同士。これで恋にならないはずがない!」
「この設定の幼馴染ってのは大体負けヒロインなイメージがあるんだが」
「ふふふ。言い訳だねぇ福井くん」
「なんの?」
「ウソで固めた恋人設定なのに、ふたりは律儀にラブラブな恋人同士で登校して来ている。これがなによりの証拠なのだよ、ワトソンくん」
「ワトソンくんは助手だろ。なんで追い詰めている方に呼びかけた」
「それは福井くんが長谷川さんを好きな証拠! なにより、長谷川さんと密着していた時の福井くんの顔はデレデレで、念願叶って付き合えた初心な男子の顔をしていたよ!」
「俺、そんな顔してた?」
「そりゃもう、こんな顔をしてたよ」
天枷自身がデレた顔を見してくれる。
うん。今日はこの天枷のデレ顔を見れたから良く眠れそうだ。
つうか、美少女のデレ顔最高だな、おい。
「ネタは上がっているのだよワトソンくん。さぁ一思いに吐いちまいな」
自分が勘違いしていた恥ずかしさを隠すよう、少しからかい風に言ってくる。
天枷には色々と誤解を生じて迷惑をかけているため、俺の心の内を告白しても良いと思えた。
「正直にわかんないってのが正解かな。俺は葵に感謝している。自分の親よりも感謝しているのは葵だ。葵がいなかったら今の俺はいない。それほどまでに葵という存在は大きい。この感謝の感情を恋と呼ぶんなら俺は葵へ恋をしていると思うけど、感謝=恋ってのは違う気がするだろ」
こちらのなまじまじな回答に天枷は面食らった顔をしていた。
まさかいきなりこんなに語るとは思いもしなかっただろう。
だけど、天枷は優しい顔をして返してくれる。
「まだわかんないって言うのなら、私が一緒に福井くんの気持ちを探してあげるよ」
「一緒に探す?」
首を捻ると、彼女はスマホを俺に見してくれる。
「連絡先交換してるでしょ。いつでも相談してあげる」
えっと、これってのはもしかして……。
葵は天枷との仲を相談してくれて。天枷は葵との仲を相談してくれるってことか?
なんだよ、この贅沢で複雑な絡み合い。
「今は私達への噂と中間テストでそういうのは難しいかもだけど、落ち着いたらさ、一緒に探そ、福井くんの気持ちを」
到底、断れる雰囲気ではなく、俺は天枷に素直に頷くしかできなかった。
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