第37話
「お疲れ様でした」
学校では慌しかったが、バイトは特になにもなく、無事に終了してくれた。
エプロンを脱ぎ、バイト先のマスターへ挨拶をする。
レジ締めをしていたマスターが視線をこちらに向けて、にっこりと微笑んでくれる。
「お疲れ様、龍馬くん」
「マスター。この間はアウトドアの極意をご教授いただいてありがとうございました」
「僕のアドバイスが役に立ったのなら良かった。遠足は楽しかったかい?」
「あー……」
こちらの微妙な反応にマスターは疑問の声を出す。
「なにかあった?」
「まぁ、色々とありまして」
「色々?」
「なんと言いますか、遠足でも色々あって、その後の学校生活も色々とあり、言葉にすると長くなるというか……」
たはは、と苦笑いを浮かべると、マスターがなにかを察したような顔をしてくれる。
「なにもなかったよりかは全然良かったじゃないか。それも一つの思い出さ」
流石はマスター。大人というか、なんというかな感性を持ってらっしゃる。
「色々とあって大変そうだが、龍馬くんはもうすぐ中間テストなんだっけ?」
「はい。でも、別に関係ないですよ。全然シフト入れます」
「だめだめ。そりゃシフトに入ってくれれば僕も嬉しいけど、高校生の本文はあくまでも学業だ。それを疎かにしちゃだめだよ」
マスター。なんて学生思いの良い人なんだ。こういう人の下で働くと自然とこの人のために働きたいって思えるよな。
「中間テストの間は、大学生の瑞稀ちゃんに入ってもらうから安心しなよ」
「わかりました」
大学生は一年で二回しかテストがないから羨ましいなぁと思いつつ、再度、「お疲れ様でした」をしてカフェを後にした。
徐々に夜の気温も暖かくなって来ている今日この頃。
頬をなぞる夜の風が心地よい。
これからどんどん気温は上がっていくだろう。梅雨という壁を乗り越えた先にある夏。陽キャも陰キャもぼっちも大好きな夏休みがやってくる。
夏が来るだけでなんだかわくわくしてくるよな。
「──とか悠長なことを言ってる場合じゃねぇんだな、これが」
俺はダッシュで家に帰り、夕飯とシャワーを済まし、自室にて恋愛指南アプリを開いた。
「なぁ、アイリス、なんでこんなことになったと思う?」
すっかりお馴染みになったアイリスへ、今回の噂の件を相談する。
「なぁ、なんで? なんでこんなことになったと思う? なぁ、なぁ、なぁ」
アイリスへ詰め寄ってやる。相談相手に詰め寄るような真似は礼儀に反するが、こいつの中身は葵だ。こいつもまた、噂の尾ひれを真実として爆発させた張本人。詰め寄るくらいは良いだろう。
『それは……』
流石のアイリスも、今回ばかりはいつもの毒舌ツンデレ発言を抑えているようだ。
『天枷さんの意図はわかんないわよ。ただ、龍馬を陥れるためにあんな発言をしたわけじゃないってのはわかるわ。女の子は嫌いな男の子なんて助けようとしない。少なからず龍馬に好意があるってこと、よ……あうう……』
つらつらと自分の考えを語ったあとに、頭を深く抱えて項垂れていた。
『天枷さんって、もしかして本当に龍馬のこと好きなんじゃ……』
「いや、好きとかって話じゃないだろ」
アイリスの呟きを拾ってやる。
『な、なんでそんなこと言い切れるのよ』
「天枷は俺が告ったと思ってるんだろ? 好きだったらとっくに返事してくれてるだろ」
『あ、そっか』
「好きとか嫌いとかじゃなくて、単純に悪いことをしている奴がいるから止めたかった。ただ、止め方がわからなくて、どうしようってところで、咄嗟にあんな行動に出たって風に見えるが」
『そ、そうね。ええ、そうに違いないわ』
「それに、その理屈で天枷が俺のことを好きってんなら、葵が俺のことを好きってことの証明になるぞ」
『はへっ!?』
随分とまぁ酷く驚いたもんだ。
『にゃ、にゃ、にゃんでぇぇ?』
ギョッとした声を上げるアイリスを見ていると、ついついイタズラ心が芽生えてしまう。
「だって、『女の子は嫌いな男の子なんて助けようとしない。少なからず龍馬に好意があるってこと』なんだろ?」
『はわわわわ……』
金髪ツインテールAIが血相を変えて慌てふためく。これが本物のAIならばどれほど完成度が高いんだと思えてしまう。
『ちがっ……ちがわなっ、にゃ、そうじゃ……』
えらく動揺しているな。頭から煙が上がってやがる。そういう演出?
『エラーデス。エラーデス。アプリヲキョウセイシューリョー』
ふざけたカタコトを並べると、画面が真っ暗になる。
「まじに強制終了しやがった」
あんにゃろ。都合が悪くなると強制終了しやがって。チートかっ。
なんて思いつつ、強制終了されたんじゃ仕方ない。そろそろ寝ようかと思っていると葵からLOINが入る。
『外の廊下に来て』
外の廊下って……玄関を開けた先の共用廊下のことだろうか。
こんな時間になぜそんなところに呼び出すのか疑問だが、こんな時間だからこそ、そこなんだろうと理解し、スリッパを履いて玄関を出た。
そこには廊下の柵から夜空を見上げる、アイリスと同じツインテールの葵の姿があった。
なにも言わずに隣に並ぶと、葵は夜空を見上げながら話しかけてくる。
「月が綺麗」
それって有名な文学的な告白のセリフではなかろうか。本を全然読まない俺でも知っている。
さてはこいつ、ついさっきアイリスの時にからかってやったのを根に持って、俺へ仕返しをしようとしているんじゃないだろうか。
残念だったな。葵。俺にその手は──
「……」
俺の目に映る葵の横顔は、本気で月が綺麗だと思っての発言なのだとこの時理解できた。
「今度、プラネタリウムでも行くか?」
「……へ?」
心底驚いた顔をした葵が、こちらを向いた。
「葵が、星が好きだったなんて知らなかったよ。長いこと幼馴染してんのに、まだまだ知らないことだらけだな」
「や、えっと、違くて。龍馬が来るのを待っていたら、自然と月が綺麗って思っただけで、別に好きとかじゃ……」
「そっか。じゃあ、やめとくか」
「だ、誰も行かないなんて言ってない」
「じゃあ今度行く?」
「……行く」
恥ずかしそうに頷いてくれる彼女に対して、ケタケタ笑いながら返してやる。
「やっぱり好きなんじゃねぇかよ」
「う、うっさいわね。なんだって良いでしょ。それより、プラネタリウム、約束だから」
「わかりましたよー」
そう返事をしたあとに首を傾げる。
「月が綺麗だから呼んでくれたのか?」
「ち、違うわよ」
「じゃあなに?」
「や、えと……昼休みのこと……」
「勉強会の件?」
「や、その、龍馬を助けたかったのに、勢い余って噂を証明するようなことをしちゃって、龍馬に迷惑かけたじゃない。だから謝っておこうと思って」
どうやら彼氏宣言をしたことを謝りたいみたいだな。そんなことを気にしていたのか。流石はツンデレ優等生葵。律儀な奴だ。
「謝ることなんてねぇよ。今回もいつもみたいに俺を助けようとしてくれたんだろ。本当にいつもありがとな」
葵は昔から俺を助けようとしてくれる。今回もその一つなため、彼女が謝るところなんてなに一つない。
「……」
いつもなら、「ふん。まぁそれもそうよね」なんて高飛車な態度を取るんだけど、今日は勝手が違った。
「……ねぇ、龍馬」
「ん?」
「私と、その、付き合ってるって噂されるの、どう思ってる?」
歯切り悪く、聞きにくそうなことをなんとか言えたって感じで聞いてくる。
「ガキの頃からその手の類のことは言われてんだ。今更だろ」
高校に入ってからは俺達が幼馴染ということは今まで知られてなかったが、小、中は、まぁからかわれたもんだ。
「俺と葵を周りがどう見ようが俺達は仲良しの幼馴染だ」
俺の答えに納得がいかなかったのか、葵上目遣いでこちらを見てくる。
「昔からとかじゃなくて、嬉しいか、嬉しくないかの二択で答えて」
「ええ、二択かよ」
「に、二択よ。それ以外ないから」
「そりゃ嬉しいだろうよ」
即答してやる。二択なら嬉しいになるだろう。嬉しくないはずがない。
即答すると、葵は回れ右をする。
「そっか。嬉しいのね。ふぅん」
「な、なんだよ」
含みのある言い方に、まぁたからかわれるのじゃないかと生唾を飲んだ。
「べっつに、なんでもなーい」
ニコッと微笑むとそのまま葵は家に帰って行った。
かと思うと、玄関からひょっこり顔を出して一言。
「おやすみ。龍馬」
「あ、ああ。おやすみ」
ひらひらと互いに手を振り合う。葵が先に家に入ったのを見たあと、もう一度月を見てみる。
「なるほど、本当に月が綺麗でやがる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます