第36話

 慌ただしく遠回りをし、逃げるように屋上へとやって来た。


「ぜぇ、はぁ……」


「騒がしいな。校内で鬼ごっこでもしていたのか?」


 ぷはぁとタバコの煙を吐きながら、こちらに話しかけてくる担任の新島先生。


「なんだ、福井。りーと長谷川を連れてハーレム鬼ごっこか?」


「なんだよ、その男がひたすらに好きそうなネーミングセンス」


「鬼ごっこは結構だが、校内を走るのは厳禁だぞ」


「校内は禁煙だぞ」


「まじですみません」


 いつものノリで新島と絡んでいるところで、ハッとなる。


 無我夢中で逃げていたから気が付かなかったが、葵と天枷が一緒なのを忘れていた。


「せ、先生。すみません。葵と天枷を連れて……」


 俺と先生の秘密を簡単に二人にバラしてしまった。


「……」


 先生は電子タバコのスイッチを切り、天枷を睨みつける。


「りー」


「はい」


 緊張が走る。


 彼女達の関係性は先生と生徒であると同時に顧問と選手。そこには色々と複雑な思想が流れていることだろう。


「まじですみません。見逃してください。この夏のレギュラー確約するから許して、ごめんちゃい」


 あ、はい。単純な思想の欲が流れてやがった。


 先生。なんでそんなにクールで仕事できる雰囲気をまといながらヘタレ発言できるんですか。才能ですよ。


「先生。その必要はありません」


「もしかして処刑宣告? え、待って。たばこ吸えないと死ぬ病気なんだけども」


 たばこを吸って健康を害するのはわかるが、たばこを吸わないと死ぬ病気って、もはや依存症だろ、この人。


「レギュラーは自分の実力で勝ち取りますから」


 天枷めっちゃかっこいいな、おい。


「よくぞ言ったりー。それでこそ、我がバスケ部のエースだ」


 トントンとカッコいい顧問が信頼していた優秀なバスケットボールプレイヤーへ返答するセリフ自体は素敵なシュチュエーションなんだが、その言葉に含まれる『よっしゃたばこ吸える♪』という裏が見えて失望しかない。


「そして長谷川」


「え、私?」


 面舵いっぱいで先生が葵に絡むもんだから、葵がちょっとびっくりしていた。


「まじでこのこと黙っててください。お願いします」


 キリッと眼力強く葵に言ってのけると、「は、はい」と葵は頷くことしかできなかった。


 そりゃあの眼力で言われちゃそんな反応にもなるわな。


「福井。屋上の件は私とお前の秘密だったがな、先生は嬉しいぞ。ぼっちだった福井がここに人を呼ぶなんてな。ここは大いに使うが良い。たばこ臭いのはご愛嬌ってことで。あっはっはっ!」


 そう言い残してご機嫌に先生は去って行った。


 良い先生のセリフなんだけど、その真意はたばこがこれからも吸える安堵なんだろうね。


 あー、なんだろう。秘密をバラして罰が悪く思ったのがばからしくなった。


「これで屋上は俺達三人の秘密になったってわけか」


「良いの? 龍馬と先生だけの秘密の場所だったのに」


「私達にも教えてくれて良かったの?」


「良いんだ。もともとここは俺が便所飯回避のために使っていたってだけだ。葵と天枷なら知ってくれてもなんら問題はない」


「龍馬の秘密。私、黙ってるから」


「私も。誰にも言わないよ」


「葵。天枷……あ、いや、うん。この件はどうでもいいわ」


 現実に戻った。


 ちょっと屋上で良い感じの風味を出しておけば現実逃避できるかと思ったけど、全然できない。


 現実に戻ると、あわあわと動揺が始まってしまう。


「なあお前ら! なんで俺の彼氏宣言なんてしちゃってんのよ!!」


 こちらの動揺がスイッチになったみたいで、葵も動揺しながらも答える。


「だ、だってしょーがないじゃない!」


「なにが!?」


「いきなり天枷さんが龍馬に彼氏宣言するんだもん!」


「わ、私!?」


 あたかも被害者面をしていた天枷だが、発端はこの子である。


「や、やや! あ、あれは、あの、その……福井くんを助けようとしただけだったんだよ!」


 まぁそうだよね。ちょっとだけ期待してた。ちょっとだけどね。


「助けようとして噂の尾ひれを真実として証明してどうすんだよ」


「ああ言えばもうあの人達から絡まれないと思って……」


「あんな爆弾を着火させたら違う人達に絡まれるっての」


「あうー。ご、ごめんなさいい」


「いや、天枷はなんにも悪くないから。悪いのは噂だから」


「でもでも、私が──」


 こちらが、あわあわと焦りに焦ったやり取りをしているところで、「二人共落ち着きなさい!」と葵がビシッと言ってのける。


「少し話を整理しましょう」


 なんでお前は急に冷静になったと言いたいが、ここは葵に場を仕切ってもらおう。


「そ、そうだな」


「うんうん」


 葵は気持ちを落ち着かせるためか、こほんとわざとらしく咳払いをし、ゆっくりと口を開いた。


「私と天枷さんは龍馬に付き合っている宣言をした。真実か否かは置いておき、周りからすると龍馬は私と天枷さんと二股している噂は本当になってしまったということよね?」


「そうなるな」


「そうなるよね」


「つまり……龍馬は二股クソ野郎ってことよ!」


 ビシッと葵の言葉のナイフが俺に突き刺さる。


「なんでわざわざ俺にトドメをさしたよ」


「ご、ごめんなさい」


 素直に謝れる系ツンデレ。それが葵だ。


「とにかくだ。済んだことは仕方ない。これから俺はジェネリックぼっちから、二股くそ野郎になっちまった」


「わぁ。昇格だねー」


 パチパチと天枷が純粋な瞳で拍手をしてくる。


「これって昇格なの?」


 葵に聞くと、「知らないわよ」と軽く流された。


「不幸中の幸いというか、明日から中間テスト一週間前になるわよね。この期間にわざわざ龍馬に絡むほど暇な人達はこの学校にはいないわ」


「ああいう連中はそんなの関係なさそうだが」


「……」


 意図せず葵を論破してしまった。


「だったら計画通り、ここは三人で中間テストの勉強会をしようよ」


 閃いたみたいに天枷が言い放つ。


「天枷。葵から聞いてた?」


「うん。長谷川さんと福井くんと三人でやろうって誘ってくれたよ。私も、色々と噂が流れてしんどかったから、噂の中心にいる二人と一緒に相談したかったし」


「そしたらまさかの展開に発展しちゃったけどね」


 やれやれと言わんばかりに肩をすくめる葵だが、お前も原因の一つだかんな。


「とにかく、しばらくの間、龍馬は一人でいないことね。さっきみたいに暴力を振るう人も現れるかもしれないし」


「流石に葵と天枷といれば暴力を振るう奴は現れないってか」


「そうそう。ここはさっきのミスを逆に利用して、三人で堂々といれば良いわよ」


「それは安心だし、ありがたいんだが、二人は良いのか?」


「私は部活もないし、家も隣なんだから問題もないわよ」


 葵がさも当然のように言ってくれると、「え!?」と天枷が大きく驚いた声を上げる。


「二人は幼馴染で、隣同士なの?」


 俺と葵を見比べながら聞いてくる。


「ああ」


「まぁね」


 なにかおかしなことでもあるのだろうかと互いに疑問に思いながら頷いた。


「幼馴染で隣同士で高校も一緒で仲良くて、付き合ってないの?」


 天枷の鋭い疑問に対し、どう答えるのが正解か。


 葵には感謝している。今もこうやって俺を助けようとしてくれている。(話がやたらと拗れてるけども)


 この感謝を恋と呼ぶのなら恋だが、やっぱりそれは違う気もするな。


「つ、付き合ってるわよ!」


「「え?」」


 俺と天枷の声が重なった。


「え、うそ、お、俺ら、え?」


 動揺を隠しきれずに、口がパクパクなっていると、葵がからかいに成功したみたいな顔して「ばーか」と吐き出した。


「あ、天枷さんもそういうことになってるじゃない」


「あ、そゆことね」


「なるほど。確かにそういう設定になっちゃったもんね」


 俺と天枷が納得すると、葵は手で顔を覆い、「もぅ、ほんと、ばか……」と悶えていた。


「恥ずかしいならそんなまどろっこしい言い方すんなよ」


「うっさいわよ、二股野郎」


「あれ、それは設定では?」


「うっさい」


「否定しろよ」


「とにかく!」


「待て待て。否定から入ろうぜ」


「私はなんの問題もないってことよ! 天枷さんは!?」


 この幼馴染様はゴリ押しました。くそ、もういいや。


「う、うん。私も、テスト前は部活禁止だから、なんの問題もなく一緒できるよ」


 天枷からもOKの返事が貰えて、一旦は良いんだが。


「それで葵。中間が終わったらどうするんだ? いつまでも一緒ってわけにもいかないだろ」


「そうだね。私も部活があるし」


 俺と天枷は葵に視線を向けて答えをあおぐ。


 葵は自信満々に答えた。


「噂が収まっているのを願いましょう!」


 どうやらその先の計画は真っ白みたいだ。

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