第35話

 俺──福井龍馬は、アイリスとの相談結果を設定上の都合により葵へ、「天枷の誤解を解くために中間テストの勉強会をしよう」との旨を伝える。


「そ、そんなに言うなら、仕方ないわね」


 そんなに言ってはいないと思うが。


 安定のツンデレ反応を頂いたところで、あとは葵に委ねることとしよう。


 ここで当事者である俺がなにもしないってのは気が引けるが、俺がなにかした方が迷惑なことはわかっている。なにもしないことが正解って事柄もあるんだ。果報は寝て待ての精神で葵からの朗報を待つことにしよう。


 しかし、そう簡単にいかないのが世の中ってもんだ。


 学校は昼休みに突入。いつも通りに屋上でぼっち飯を堪能しようと廊下を歩いていると、ひそひそ声がそよそよとこちらまで聞こえてくるではないか。


「あれが噂の──」


「風見をボコボコにして──」


「学園の二大美女と二股してるとか──」


 おい、待て。いつの間に二股していることになってんだ。


 噂は広まるどころか、膨れ上がる一方になってんじゃないか。


 本当に中間テストが始まると収まるのか……。


 これではいつものルートで屋上に行くこともできないな。


 こんだけ注目されてたら新島先生の屋上喫煙がバレてしまう。先生のためにも、ここは遠回りをして屋上に行くことにしよう。


「おい! 福井とやら!」


 遠回りしようとしたのが運のつき。


 バーンッと俺の目の前に現れたのは男子三人組。小、中、大の背の順に並んで俺の前に立ち塞がる。


「学園の二大美女である長谷川葵と天枷愛理と二股しているというのは本当なのか?」


「本当なのか?」


「本当なのか?」


 背の順とは逆に大、中、小の順番で言い放ってくる。


「うわー。変な奴等に絡まれたー」


 ついついと声に出ちまった。でも、そうだろ。同じ質問を三回してくるなんて変な奴等確定じゃん。


「我等は変な奴じゃない」


「じゃない」


「じゃない」


 なんでこの学校って変な奴が多いんだよ。偏差値はちょっとお高めのはずだろうに。あれか。勉強のやり過ぎでネジの一本でも飛んでいっちまったか。


「我等は学園の二大美女がファンクラブNo.1」


「3」


「5」


「奇数なんだ」


「No.2はおたふく風邪。No.4は親知らずを抜いたからいない」


 大人になるとめっちゃしんどいやつと、早めに治療しておいた方が良いやつ。


「そんなことよりも、福井龍馬! 噂は本当なのか!?」


「なのか!?」


「なのか!?」


 ビシッ、ビシッ、ビシッと指差してくる。なんだよこの息の合ったトリオ。漫画かよ。


「いや、噂に尾ひれが付いているだけだっての」


 言っても聞かないと思ったが、一応否定はしておこう。


「言い訳するな!」


「するな!」


「するな!」


 あ、うん。なんとなくわかってたから、なんとも思わない。


「尾ひれと言うことは、ほとんど真実も同じ」


 大きい奴が俺の胸ぐらを掴んで簡単に引っ張ってくる。


「学園の二大美女をたぶらかした罪。その身を持って償ってもらおう」


 こいつ、力めっちゃ強い。


「No.1は柔道と空手とボクシングとブレイキングダウンを習ってんだ」


「腕力最強だぜ」


「ブレイキングダウンを習うってなんだよ。あれは習うとかの概念じゃねぇだろうが」


 ハッタリかなんかだろうが、この力の強さは本物。


「おいおい。暴力はだめだろ。武力はなにも生まないぜ」


「産むのは二大美女の子ってか? 許さん!」


「どんな思考回路してんの!?」


 あかん。殴られる……!


「なにしてるの!?」


 もうダメだと思っているところで、救いの声が入った。


 俺を庇うように天枷が、柔道と空手とボクシングとブレイキングダウンを習っていたという二大美女ファンNo.1を睨みつける。


「あ、愛理タソ」


 この緊迫した状況でタソって……。もちろん、天枷は華麗にスルーしていた。


「キミたち……福井くんになにするつもりだったの?」


「それは……」


 グーにした拳を見つめ、慌ててパーにして後ろに隠すNo.1。


「暴力なんて許さないんだから」


 天枷には珍しく、強く相手を睨み付けていた。


「そうよ」


「あ、葵たん……」


 言いながら、後から現れた葵も二大美女ファンNo.1を睨みつける。


「龍馬になんかあったら許さないんだから」


 葵の睨み付けは相変わらず迫力があるな。


 しかし、No.1は怯むことなく二人に訴えかけるように言い放った。


「で、でも、こいつは葵たんと愛理タソに二股かけてるクソ野郎なんだぞ!」


「そうだそうだ!」


「二股野郎なんだ!」


「時には暴力も必要だ! こんなゲス野郎は一発殴らないといけないだろ!」


 やべー思想の奴がいるな、おい。噂だけで人を殴って良いとか狂ってやがるぜ。そんな奴に二大美女ファンNo.1を名乗る資格はない。


「噂だけ信じて殴って良いなんて、ありえないわよ!」


 流石は葵。俺と同じ思考で嬉しく思う。


「そんな人が──」


「わ、私の彼氏に暴力なんて許さないから!!」


 暴力よりも強力な言葉が廊下に響き渡る。爆弾のように破裂した天枷の耳を疑う言動は、廊下にいた人達はおろか、教室の中にいた連中をも引きずり出した。


「え、えっと……えいっ!」


 トドメは俺の左腕に抱きついて来る始末。


「うわ、うわわ、噂、噂は、ほと、ほと、ほんと……ほんとなんだきゃら!! 龍馬くんを殴ったら許しゃないきゃら!!」


「「はい?」」


 俺と葵の声が重なった。


 えっと、なにこの急展開。なにが起こっているのか全くわからないが、天枷の香りと、天枷の柔らかい感触で、なにも言えずにいる。


 女の子ってこんな感じなの? まって、童貞ぼっちには刺激が強すぎるんだが。動揺を通り越して、逆にゾーンに入ったんだが。


「そ、そうよ!」


 ガシッと葵が右腕に抱きついてくる。


「私の彼氏に暴力なんて絶対に許さないんだから!」


 葵の方はなんの動揺もなく平然と言ってくれる。


 いや、待って。なにが起こってんの?


「そ、そんな……二人は二股を了承して付き合ってるって言うのか?」


「「そ、そうだよ」」


「っ……うわあああああん!!」


「あ、No.1!」


「くそー、覚えとけよー」


 悪者らしいセリフを吐き散らして去って行く、二大美女はファンクラブの連中。二大美女ファンクラブが二大美女にやられるとは皮肉なもんだ。


 とか悠長なこと言ってる場合じゃねぇ。


 ザワザワザワザワ──


 廊下で二股付き合ってる宣言しちまったから、とんでもねぇ騒ぎになっちまったんだけども!

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